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.社会  投稿日:2023/8/12

高校野球の弊害について(上)日本と世界の夏休み その2


林信吾(作家・ジャーナリスト

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・猛暑の時期のスポーツ大会に、批判や疑問の声が高まる。

・企業主催の高校生スポーツ大会をNHKが全試合中継しているのは問題。

・選手の安全がないがしろにされてよいとはどうしても思えない。

 

8月6日は広島原爆忌であったが、核兵器の問題についてはロシア・ウクライナ情勢とからめて、いずれ新たなシリーズを立ち上げることになるだろう。

 同日、阪神甲子園球場において、第105回全国高等学校野球選手権記念大会が開幕した。

 煩雑を避けるため、以下「高校野球」で統一させていただくが、もともと1915(大正4)年に全国中等学校野球大会として開催され、1948(昭和23)年の学制改革に伴い、高校野球となったもの。5年に一度、つまり回次の末尾が5か0となる年は記念大会と称されることになっており、今年度も該当する。

 今年は2023年なので、本来ならば第108回となるべきところなのだが、アジア太平洋戦争のせいで1941年から45(昭和16から20)までは開催中止となった。1941年は一試合も開催されず、事実上の中止だったが、この年は「第27回大会」とカウントされ、翌年からはノーカウントとなった。

 もう少し歴史を遡ると、1918(大正7)年には、米の値上げに対する抗議デモが各地で暴動化した、世に言う米騒動のせいで開催中止となったが、やはり第4回とカウントだけはされている。

 逆に記憶に新しいところでは、2020年も新型コロナ禍のせいで開催中止となったが、回次(第102回)だけは記録されている、という具合だ。

 なにはともあれ、日本高等学校野球連盟(=高野連)と朝日新聞社が主催するこの大会は、俗に甲子園と称され、夏の風物詩でもあり、最も注目度の高い高校生のスポーツ大会となっている。

 なにしろ、野球以外の高校生の大会でも「なんとか甲子園」と銘打ったものがたくさんあるくらいだ。

 前々から「俳句甲子園」「ダンス甲子園」くらいは、造詣まではないものの存在は知っていたが、検索してみたところ、実に40を超えることが分かった。

 「カーリング甲子園」「緑の甲子園(ゴルフ)」から、これはスポーツと呼んでよいか疑問だが「K1甲子園」というのもある。

 他にも囲碁、簿記、さらには「高校生クイズ大会」として有名だったイベントが、最近は「クイズ甲子園」と呼ばれているそうであるし、中には「ネイル甲子園」など校則は大丈夫か、と言いたくなるようなもの、吉本興業主催の「M1甲子園」さらには「笑顔甲子園」「和牛甲子園」まで。

 面白いから全部書き出そうかとも思ったが、さすがに原稿料泥棒の誹りを免れそうもないので、ここは「詳しくはWEBで」とさせていただく。それくらい多種多様だ。

 一方、猛暑の時期にスポーツ大会を開催することには、批判や疑問の声もまた、年々高まりつつある。

 地球温暖化という問題については、実は色々な考えを開陳する人がいるのだが、素朴な生活実感として、やはり日本の夏の暑さは年々厳しさを増している、と言わざるを得ない。

 昭和の時代、熱中症ではなく「日射病」という言い方でもって、真夏に屋外で運動することを危険視する向きはあったのだが、危機感は昨今の比ではなく、運動部など「練習中は水を飲むな」などと普通に言っていた。

 さらに言えば、日射病すなわち直射日光の危険性を言いながら、海水浴場では「XXXX大会」なるものまで開催されていたのである。伏せ字にした部分は、今では差別用語として排撃されてしまうからだが、要は日焼けの度合いを競うイベントで、肌が漆黒に見えるくらい日焼けした方が健康的であるという、今となっては信じがたい価値観が存在したわけだ。

 もちろんこれは過去の話で、21世紀の現在では、熱中症は時と場合で命に関わるという認識も広く浸透してきている。

 屋外スポーツだけではなく、総本山少林寺では、本堂にエアコンがないので、大学少林寺拳法部の夏合宿を取りやめて、冬のみとした。このこともまた、以前より猛暑が深刻になってきている事例のひとつだと、私には思える。

 高野連もこの問題について、さすがに無関心ではおられないようで、会場を冷房設備のある京セラドーム大阪に変えてはどうか、という案も取り沙汰されていると聞く。

 そもそもこの大会が阪神甲子園球場で開催されるようになったのは1924年からで、それ以前は豊中球場や鳴尾球場が使われていたし、阪急西宮球場が併用されたこともある。

 実際問題として、ここ数年、予選の段階から熱中症の事例が後を絶たない、第一回戦でも、外野を守っていた選手が足をつらせた。これなども脱水症状の可能性が高い。

 対応策として、今年から五回終了時点で10分間、筋肉を氷などで冷やす「クーリングタイム」が設けられているが、筋肉というのは急激に冷やすと硬化してよくないし、冷やした直後にまた猛暑の下でプレー再開となるのでは、効果のほども疑わしい。冷房設備のあるドーム球場での開催という案が取り沙汰されるのも、当然の成り行きだと思える。

 そうではあるのだけれど、全国の高校野球部員にとって「甲子園」というのは、単なる会場の名前にとどまらない特別の意味を持っている。その理由について、今さらくだくだしく説明する必要はないだろう。

 やはりここは、新たに「甲子園ドーム」を造るか、開催時期を変更するしかなさそうだ。

 他のスポーツに目を向けると、例えば高校サッカーは「新年の国立競技場」が決勝戦すなわち大会のハイライトであるが、予選はすでに始まっている。

 ご案内の通り、サッカーは野球よりもはるかに運動量が多いスポーツなので、前々から、試合中の給水などの対策が講じてはいるが、それでもなお、日程の見直しを求める声が聞かれるのが現実だ。

 もう一つ問題なのは、民間企業が主催する高校生のスポーツ大会を、NHKが全試合中継していること。

 なにが問題なのか、と思われた向きもあるやも知れないが、盛夏で他にあまりスポーツの大会がなく、なおかつ夏休み中なので多くの人をTVの前に釘付けにできる。

 もちろん、需要があるから中継が続けられるわけだが、そのために選手の安全がないがしろにされてよいとは、私にはどうしても思えない。

 現実に今年の大会で起きたことだが、NHKの中継に際して「熱中症アラート」と称する字幕が出て、外出を控えるようにと呼びかけていたのだが、肝心の画面では体調を崩した選手がチームメイトの肩を借りてひとまずベンチに戻るシーンが中継されていた。もはやブラックユーモアではないか。

 いすれにせよNHKで中継されることによって、高校野球が最も注目度の高い高校生のスポーツの大会となっていることは争えないだろう。

 私見ながら、そうであるがゆえに弊害も色々と生じているのではないか。

 具体的にどういうことかは、次回。

その1はこちら。

トップ写真:阪神甲子園球場 ⒸJapan In-depth編集部




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