映画を通して世論を知る。配信で見ておきたい『ソウルの春』と『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
【まとめ】
・『ソウルの春』は、韓国の歴史的な1979年の軍事クーデターをテーマに、民主化運動の希望と挫折を描いた作品。
・『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、分断するアメリカを描いた作品で、現在の社会問題を考える視点を与える。
・両作品は、それぞれの国が直面する政治的・社会的課題を反映し、観客に深い考察を促す内容となっている。
政治を考える上で重要な映画が2本ストリーミング配信されている。
1979年12月に韓国で発生した軍事クーデーターをテーマにした『ソウルの春』(配信サイトにてレンタルもしくは購入)と、アメリカの内戦を描いた『シビル・ウォー』(Amazon Prime独占配信)だ。
筆者は両作品を劇場鑑賞したが、エンドクレジットが終わって会場が明るくなっても、水を打ったように静まり返っていたのが印象的だった。
これらの作品はどんな内容で、どういった社会的意味を持つのだろう。
■ 人々の怒りを買い歴史的ヒットを記録した『ソウルの春』
『ソウルの春』という作品を初めて知ったのは、韓国を拠点に活躍されていた映画ライター土田真樹氏(故人)に強く勧められたからだった。「韓国中が興奮している。人の心を動かす作品が公開されました。日本公開されたら絶対に観てほしい」映画をこよなく愛する同氏だが、『ソウルの春』については、一層、熱量高く勧められたのを覚えている。
それから数ヶ月後、日本でも公開を迎えた。国内のプロモーションは比較的地味で、筆者の地元でもミニシアター上映にとどまったが、会場は満席で観客は一様に真剣な眼差しを向けていた。
そんな『ソウルの春』はどんな内容なのだろうか。
同作は、1979年10月26日に独裁者だった朴正煕(パク・チョンヒ)大統領が暗殺され軍事独裁が終わった直後、韓国国内で民主化への期待が高まる中で発生した軍事クーデターを描いている。
▲写真「ソウルの春」より
© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT AND HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.
韓国の歴史に明るい人なら誰でも、このクーデターが成功し、韓国は再び民主化から遠ざかったことを知っているだろう。だが「12・12軍事反乱」に関しては徹底的に隠されてきたため、韓国国民すら実際に何が起きていたのか知らない人が多いという。
同作は、これまで決して語られることのなかった反乱軍と鎮圧軍の一夜の攻防の様子を、全斗煥(チョン・ドゥファン)と、全斗煥を制圧し民主化に向けて戦う一人の軍人 イ・テシンを中心として語られている。
▲写真「ソウルの春」より
© 2023 PLUS M ENTERTAINMENT AND HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.
歴史を振り返れば、軍事クーデターを起こしたのちに大統領になったチョン・ドゥファンは経済を活性化したことで一定の評価を得ているが、『ソウルの春』でその部分が語れることはない。チョン・ドゥファンは私利私欲と権力のためにクーデターを起こし、国と国民のよりよい未来のために立ち上がるイ・テシンの裏をかく。イ・テシンはヒロイックに描かれており、悪に敗れて闇に葬られる姿は極めて悲劇的で怒りを覚えずにはいられない。
この作品を見て、感情を揺さぶられない人はいないだろう。強い怒りと感動が、瞬く間に人々の中で共有され、国民の4人に1人を劇場に向かわせた。
1979年12月12日を実際に知っている人だけでなく、知らない若者も劇場鑑賞し、公開時はコロナ禍だったにも関わらず1300万人以上の観客動員数があったという。
筆者は、韓国の人々は愛国心が強い印象を持っているが、『ソウルの春』はどれほど団結力を強めたのだろうか。
隣国の歴史を知るためにも、本作は是非ともチェックしておきたい。現在、配信サービスなどでレンタルや購入が可能だ。
■ 圧倒的没入感で観客を戦場に送り込む『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』の映画体験を忘れることはないだろう。あまりの恐ろしさに呼吸が早まり、指先が小刻みに震えた。恐怖のトリガーが何なのか分からず、しばし考え込んでしまった。それほどに強烈だった。
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』のあらすじは、こうだ。任期3期目に突入した独裁的な大統領の方針に反発した19の州が分離独立し、アメリカ国内では内戦が勃発。大統領は14ヶ月にわたってメディアのインタビューに応じていないため、数人のジャーナリストがホワイトハウスに向い、独占インタビューを狙う。近未来の話であり、かつ現実とは若干設定が異なるが、トランプ時期大統領を彷彿とさせる風貌の男性を冒頭で登場させたことで、製作時に「もしトラ」を想定した設定だったのだろうと感じさせられた。
▲写真 「シビル・ウォー」で大統領役のニック・オファーマン 出典 Murray Close / Getty Images
ワシントンを目指すジャーナリストの一行は、武装市民の過激な行動を目撃し、時に標的にされる。もっとも印象的だったのは、武装市民に銃を向けられ「どっちのアメリカ人だ」と問われるシーンだ。答え次第で命を落とすのがわかっているため、画面の中だけでなく、劇場内にも緊迫した空気が流れた。筆者はかつてアメリカに6年ほど住み、ビザ発行元が倒産したのをきっかけに帰国を迫られた経験がある。弁護士から「アジア人が11人のみのその土地ではあなたたちは目立つからすぐに帰国してほしい。見つかって強制送還になったら再入国は難しい」と連絡を受けたこともある。この経験から、ある日突然追われる立場になってしまったり、その土地にいることすら許されなかったりする恐怖を少しは理解しているつもりだ。
そのため、問題のシーンは人ごとに感じられなかった。アメリカが分断され、過激派が増えれば筆者は殺されるかもしれない。そう考えると、分断を産む可能性は排除する必要があると強く感じた。
だが、時間の経過とともに疑問が湧いてきた。
本作は、まるでドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲いたら分断が広がり内戦につながるかのようにまとめているが、そんなことは起こるのだろうか。
ドナルド・トランプ氏が大統領だった4年間は、左派が主張するような恐怖政治だったわけではない。むしろ、バイデン・ハリス政権の4年間の方が問題は山積みで、私が住んでいたカリフォルニアもフロリダもかつてのような活気はない。治安は悪化の一途を辿り、人々はインフレで苦しんでいる。
大統領選挙中、アメリカも日本も、いわゆる左派メディアはトランプ氏を批判するコメントを中心とした偏向報道が目立ち、SNSでは嘘を織り交ぜて恐怖心を煽る投稿で溢れていた。しかし、結果からもわかる通り、大部分の世論は真逆の動きをしていたのだ。
メガホンを握ったアレックス・ガーラント監督は中道左派で、トランプ時期大統領を「不誠実」だと否定的に話し、国に分断をもたらす存在だと感じているようだ。しかし、だからと言って、トランプ氏を彷彿させる風貌の男性を、分断を招いた大統領として演じさせ映画の最後に射殺させるのはいかがなものだろう。恐怖を煽っているとは考えられないだろうか。
2024年の大統領選挙は、共和党とメディアとの戦い、とも言われた。歴史的選挙を包括的に理解する上でも、『シビル・ウォー アメリカ最後の日』はチェックしておきたい。現在、Amazon Primeで独占配信中だ。
トップ写真)「ソウルの春」より
出典)『ソウルの春』
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