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.社会  投稿日:2023/10/31

ジョブズが求めた禅、「今」への可能性~福井・永平寺から禅、ウェルビーイング、AIを考える~


津山恵子(ジャーナリスト)

「津山恵子のニューヨーク裏窓日記」

【まとめ】

・スティーブ・ジョブズ13回忌に「ZENの聖地から世界の安寧を願う ZEN×Well-beingダイアログ」と題したイベントが開催。

・福井県観光連盟・観光地域づくりマネージャー佐竹正範氏が企画、地元企業などが支援。

・多くの人の「知」の集合が意味をなすかもしれない。今、「私たち自身」が限りなく大きな意味を帯びてくる。

 

禅に傾注していた故スティーブ・ジョブズは、福井県にある曹洞宗の総本山、永平寺を訪れるのを夢見ていた-。ジョブズの13回忌にあたる10月6日(米国時間10月5日)、ファンやビジネスパーソン約40人が福井県・永平寺町に全国から集まった。

題して「ZENの聖地から世界の安寧を願う ZEN×Well-beingダイアログ」。話題は禅から人工知能(AI)の将来にまで広がり、外は霧雨の中、思わぬ熱い展開をみせた。

▲写真 永平寺(筆者撮影)

そもそも、ジョブズはなぜ、禅に惹かれたのか。

彼は自作コンピュータを作る前、永平寺からサンフランシスコに移り住んだ禅僧、乙川弘文(おとがわ・こうぶん、1938-2002)に出会った。そして「生涯の師」と仰いだ。ジョブズは生まれてすぐに養子に出され、大学は中退し、ヒッピーとしてインドを放浪したりする。複雑な生き様を経て、禅の教えに惹かれていった。弘文は、ジョブズと妻ローレン・パウエルの結婚式まで司った。

「ジョブズは孤独だったけど、孤独などどうでもいい、と教えたのが弘文だ」

▲写真 ニューヨーク近代美術館でピクサー展の立ち上げに出席したスティーブ・ジョブスとローレン・パウエル(2005年12月13日米国・ニューヨーク)出典:Photo by Brian Ach/WireImage

1980年代からシリコンバレーに住み、ジョブズと親しくなった写真家、小平尚典氏は、イベントでこう話した。弘文が、ジョブズについて語った貴重なビデオでは、ジョブズが裸足、穴だらけのジーンズという姿で、初代APPLE Ⅰのボードを見せにきた様子をも語っている。

弘文が伝えた禅は、サンフランシスコからパーソナルコンピュータが世に出るきっかけになったともいえる」と小平氏。

禅を知り、たどり着いた先は「テクノロジーと人間のあいだを取り持った」(「あの日、ジョブズは」片山恭一著、WAC刊)。アップルの世界だ。iMac、iPhone、iPad-。世界の人々は、今やジョブズの小宇宙を肌身離さず持ち歩いている。1人の人間が残したものとしては、驚くべき現象だ。

▲写真 シリコンバレーでジョブズと親交を深めた写真家、小平尚典氏は「ジョブズは乙川弘文氏に救われた」と話した(筆者撮影)

そのジョブズが、弘文が修行した永平寺参りを望んでいた。それは北陸・福井の奥深くにある。

福井県観光連盟・観光地域づくりマネージャー、佐竹正範氏は、今年がジョブズの13回忌であることに目をつけ、「ダイアログ」を企画した。福井県後援ではなく、地元企業などの支援で開いた実験的なイベントだ。また、ウェルビーイング関連イベントは、今やブームだが、福井県は「日本一幸福な県」に5回選ばれた(一般財団法人日本総合研究所編「全47都道府県幸福度ランキング」で2014、16、18、20、22年にトップ)。

福井から発信できるメッセージが果たしてあるのか。

「新型コロナウイルスのパンデミックを経て、社会は、ウェルビーイングは、どう変わっていくのか。幸せになるための希望や真理について考えていく機会にしたい」

とイベントの冒頭、佐竹氏は狙いを話す。参加者らが、うなずいた。

▲写真 「ZEN×Well-beingダイアログ」の仕掛け人となった佐竹正範氏(右)筆者撮影

「そこにある禅」と題した最初の話は、滋賀県・曹洞宗清水山長谷院堂司の村田浩道氏から。

彼によると、ジョブズの名言「Stay hungry, stay foolish」は、禅の影響を受けた言葉といわれる。ジョブズが弘文に「永平寺に行きたい」と伝えたところ、弘文は「ここにないものは、永平寺にもない」とたしなめた。Stay hungryあるいはfoolishな行いを愚直にまっすぐ続ける、そうすると、自分にしかできない、それしかあり得ない生き方がどこでも見つかるという教えだった。

禅というと坐禅など厳しい修行の印象があるが、修行と悟りは一体であると村田氏。大切なのは「そこにある禅を見つける」ということだと説く。ジョブズは、シリコンバレーでそれを見出したに違いない。

鎌倉マインドフルネス・ラボ社長、宍戸幹央氏は、マインドフルネス(あるがままの状態を知覚する)関連の企業研修・人材育成などを支援している経験から語る。

「ChatGPTが登場したが、(AIが取り沙汰されるからこそ)禅の心がますます大切になってくる。自我を削ぎ落としていくことこそが禅。だから、ambition(野望)のような雑念に振り回されるよりも、願いや内側から湧き上がってくるaspirationが大事。今、今という時に心をこめて生きていくのがZEN×Well-beingではないか

禅の教えが、企業研修などに生かされているとなると、今日的あるいは将来的な可能性を感じさせる。

イベントの後半は、「地域社会」「コミュニティ」「命」「信仰」「テクノロジー」など異なる分野とウェルビーイングとの関連を考えるグループ対話。ランダムに集まった参加者どうしがつながり、真剣な対話が、対面で集まった意味をさらに深める。

イベントが、一つの結論を得たわけではない。しかし、この日参加者は、様々なキーワードを心に会場を去った。

「出会い」や「ご縁」というキーワードは対話中、度々浮かび上がった。

東京から参加した橋本英重氏(ビジネスコンサル会社ミッドメディア社長)はイベント後、こう話してくれた。

「今回の感想は、『出逢い』という無形物は無限だということ。そして、この無限こそが、人間を人間たらしめたのではないかということです。人間も生きものの一部で、生きることに向き合う個人として、仲間と共に、生きて死んでいく、そういうことを、しっかりとappreciate(かみしめる)みたいなことが、ウェルビーイングなのではないかと考えました」

永平寺町「駅前宿舎 禪」を経営する酒井和美さんは、元町会議員で、町の歴史や宗教に詳しい。地元代表として、他県の人を交えたこのイベントに手応えを感じたようだ。

「福井の地元イベントは、ふんわりしたものが多いが、このイベントは対話がポジティブで弾んだ。対話で大切なことは、その人の人生がグッと感じられるような重たい言葉や、偶然あった発言が、刺激、思考を加速させること、閉じていた引き出しが開くことだと思う」

▲写真 イベントは永平寺の広間「傘松閣(さんしょうかく)」を模した広間で開かれた(筆者撮影)

企画した佐竹氏は、こう総括する。

「今回招待制にしたが、もっと集まってもらえるはずだったし、構成ももっと練り込みたかった」とし、得点すれば「70点ぐらい」とした。しかし、冒頭彼は「幸せになるための希望や真理について考える機会にしたい」と言った。取材した私は、誰もが驚くほど活発に対話し、真剣に考えているのを目撃した。結論は異なっても、ストンと何かが胸の中で落ちる思い、そんなものを共有していたのも間違いない。

前出の鎌倉マインドフルネス・ラボ社長、宍戸氏もこう語った。

「禅とウェルビーイングの文脈で、永平寺町の町おこしも考える企画だった。禅は日本の文化でありながら、海外の人が注目し、彼らをインスパイアしている。それは日本人にとっても大事なことで、これが単発のイベントに終わらず、どう次につなげていくかが大切です」

イベントの最後には、参加者全員でiPhoneではなく、「wePhone」を作った。ジョブズやビル・ゲイツはかつて、コンピュータが「一家に一台、1人に一台」存在する世界を目指した。それを今、40人が考え出したアプリでwePhoneを生み出すという試み。一人一人が折り紙にアプリのアイデアを書いて、iPhoneのような細長い台紙に貼り付けた。

▲写真 参加者40人がそれぞれにアプリのアイデアを出し合った「wePhone」(筆者撮影)

「WEはつまり全生物を意味していて、人間中心ではない世界を考える」「ペットの幸せを考えるアプリ」「人々を幸せにするようなことをすれば、幸せになる」「生活禅の世界」―など尽きることなくウェルビーイングのための新アプリが誕生した。ものの10分ほどの間だ。私は「Me」というアプリを作った。自分の過去を振り返ると人との「ご縁」に生かされていることを知る。その積み重ねを記録し、自分と他者の結びつきを確認するアプリだ。

確かに今の不安な時代、人々はジョブズのようなビジョナリーを求めているのかもしれない。しかし、それはもはや1人の人物や、特定のテクノロジーではないのかもしれない。AIが私たちの営みを一部肩代わりしてくれる今、浮いた時間を人類としての「知」を強化することに使える。多くの人の「知」の集合が意味をなすかもしれない。今、「私たち自身」が限りなく大きな意味を帯びてくる。

トップ写真:バナーに使われたのは、小平氏が2003年、銀座のApple Store開店時に撮影したジョブズ氏。珍しく笑っている(筆者撮影)




この記事を書いた人
津山恵子ジャーナリスト

ニューヨーク在住ジャーナリスト。移民が多いクィーンズ区に住み、米国の社会、政治についてアエラ、Business Insider Japanなどに執筆。Facebookのマーク・ザッカーバーグ、ノーベル平和賞受賞のマララ・ユスフザイなどに単独インタビュー。元共同通信記者。

津山恵子

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