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.経済  投稿日:2024/2/1

Jパワー「大崎クールジェン」でカーボンネガティブを目指す


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

Jパワー・中国電力の大崎クールジェンプロジェクト、実証試験3段階を終了。

・2024年から石炭ガス化発電におけるバイオマス混合ガス化でカーボンネガティブ目指す。

・日本の最先端石炭火力発電技術を世界にアピールすべき。

 

UAEで開かれていた気候変動対策の国連の会議、COP28は去年12月13日に閉幕した。焦点の化石燃料については、COP26(2021年)のグラスゴー合意にある「段階的削減」(phase down)や、「段階的廃止」(phase out)ではなく、「脱却」(transition away)という表現で合意した。

▲写真 COP28 13日目の本会議で講演するCOP28議長のスルタン・アハメド・アル・ジャベル氏(23年12月13日 アラブ首長国連邦のドバイ)出典:Fadel Dawod/Getty Images

こうした国際的な議論が行われている中、国際エネルギー機関(IEA)によると、皮肉なことに2022年の世界の石炭需要は過去最高に達し、前年比4%増の84 億2,000万トン となった。2023年にはさらに増加し、約85億4000万トンに達する見込みだ。牽引しているのはアジアで、特に中国とインドが全体のなんと約7割を占めている。

では日本の石炭消費量はどのくらいかというと、2022年で1.8億トンだ。2012年度以降、東日本大震災で被災した石炭火力発電所の復旧や発電設備の新設等により石炭消費量が増加してはいるが、中国の約45億トン、インドの約12億トンとは比較にならないほど少ない。

当然のことながら、中国のCO₂排出量は世界1だ。2020年の世界のCO₂排出量を見れば一目瞭然、1位の中国が全世界の約3割を占めている。2位がアメリカ、3位がインドと続く。日本は5位で約3%だ。

▲図 世界の二酸化炭素排出量(2020年)出典:全国地球温暖化防止活動推進センター(EDMC/エネルギー・経済統計要覧2023年版による)

COPで日本は毎回のように、温暖化対策に後ろ向きな国だとして「化石賞」なるものを環境NGOの国際ネットワーク「気候行動ネットワーク」(CAN)から贈られている。日本のメディアがその度に報じるから知っている人も多いと思うが、世界の実態は上に述べたとおりだ。まるで日本だけが悪者であるかのような報道は公平ではない。

西村康稔前経済産業相は、去年12月6日の衆議院経済産業委員会で「電力の安定供給を頭に置きながら、石炭火力の発電比率をできるだけ引き下げていくのが基本だ」としながら、「急激に石炭火力を抑制することになれば、電力の安定供給に支障が生じかねない」と述べ、さらに「2050年に向けて、水素、アンモニア、特にアンモニアの混焼、最終的には専焼していくということでCO₂が出ないような形にしていく、あるいは、出てきたCO₂をCCS、CCUSで貯留をしたり再利用したりということで、脱炭素型の火力発電に置き換える取組を推進していきたい」と述べた。

化石賞については、「日本の技術、新しいテクノロジーを理解されていない方々が言っているのではないか」と述べ、「技術で、イノベーションで、カーボンニュートラルと経済成長、エネルギーの安定供給をしっかりと確保していきたい」とした。

日本が脱炭素に向け、さまざまな技術開発、イノベーションに取り組んでいることは、もっと広く知られるべきだろう。なぜなら、それらの技術が広まれば、世界全体のCO₂削減に貢献する可能性があるからだ。

脱炭素のかけ声のもと、再生可能エネルギーの導入が世界中で加速しているが、石炭火力はいまだ多くの国で重要な電力供給源だ。

その石炭火力、日本で発電効率の向上を図るため研究開発が古くから行われていることは意外と知られていない。その一端を紹介しよう。

 大崎クールジェンプロジェクト

「大崎クールジェンプロジェクト」というものがある。石炭ガス化燃料電池複合発電とCO₂分離回収技術を組み合わせた「革新的低炭素石炭火力発電」の実現を目指す実証事業である。そのプロジェクトを推進している大崎クールジェン株式会社は、中国電力株式会社と電源開発株式会社(以下、Jパワー)の出資により2009年7月に設立された。

「クールジェン」という呼称は、2009年に提言された国の政策「Cool Gen計画」から来ている。石炭火力発電から排出されるCO₂を大幅に削減し、ゼロエミッション石炭火力発電を実現することを目指した実証研究プロジェクト計画だ。実証試験は、経済産業省およびNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の支援のもと、2012年度から実施されている。

このプロジェクトを知ってから一度取材したいと思っていたが、チャンスがなかなかなかった。そして2018年に念願かない、ようやく訪問できた。(参考:エネルギーフロントライン:「石炭ガス化燃料電池複合発電実証事業」大崎クールジェン 環境に優しくエネルギー安全保障上も注目 2018.06.26)

大崎クールジェンは、「安芸の小京都」と呼ばれる竹原市の港からフェリーで30分ほどの広島県豊田郡大崎上島町にある。

▲写真 大崎上島へ向かうフェリーから大崎クールジェンを望む(2023年11月17日) ⒸJapan In-depth編集部

なにが「革新的」なのか。

まずはプロジェクトの概要を見てみよう。2018年に取材したときは第1段階だったが、今回(2023年11月)、2回目の取材の機会が訪れたので進捗を報告する。

▲図 大崎クールジェンプロジェクトの概要 出典:大崎クールジェン株式会社

第1段階は、「酸素吹石炭ガス化複合発電(IGCC:Integrated coal Gasification Combined Cycle)実証」だ。

IGCCの仕組みはまず、石炭をガス化炉で一酸化炭素(CO)と水素(H₂)を主成分とする石炭ガス化ガスを生成する。そのガスは熱回収ボイラで熱回収され、ガス精製設備で不純物と硫黄分を除去した後、ガスタービン燃焼器で燃焼することでガスタービンを駆動する。燃焼排ガスは排熱回収ボイラで熱回収した後、煙突から放出される。一方、熱回収により発生した蒸気で、蒸気タービンを駆動する。ガスタービンと蒸気タービンとの複合発電を行うことで、従来の微粉炭火力発電を上回る発電効率が達成可能となる。

第2段階は、「CO₂分離・回収型酸素吹石炭ガス化複合発電(IGCC)実証」だ。

石炭ガス化ガスの一部をCO₂分離回収設備へ送る。シフト反応器にて石炭ガス化ガス中の一酸化炭素(CO)を触媒を用いて蒸気(H₂O)と反応させ、二酸化炭素(CO₂)と水素(H₂)に変換し、CO₂のみ分離回収する。分離回収後の石炭ガス化ガスは水素(H₂)濃度が高い水素リッチガスとなり、ガスタービンへ送られ燃料として活用される。

国内で多い、石炭を粉状にして空気と混ぜボイラ内で燃焼させて発電する微粉炭火力発電の場合、燃焼後の排ガスから化学吸収法でCO₂を回収するが、酸素吹IGCCとCO₂分離回収の組合せの場合、体積が小さい高圧・高濃度のCO₂石炭ガスから燃焼前にCO₂を回収する物理吸収法を採用する。化学吸収法に比べ、分離回収コストを大幅に低減できるメリットがある。

▲図  酸素吹IGCCとCO₂分離回収の組合せ:物理吸収法による燃焼前吸収 出典:大崎クールジェン株式会社

そして、第3段階は、「CO分離・回収型酸素吹石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC:Integrated Coal Gasification Fuel Cell Combined Cycle)実証」だ。

固体酸化物形燃料電池(SOFC:Solid Oxide Fuel Cell)を用いた燃料電池モジュール1,200kW(600kW×2基)を並べ、CO₂分離回収後の水素リッチガスを供給して発電試験を行い、燃料電池モジュールの基本性能や運用性などについて検証を行った。

 プロジェクトの主な成果

上記3段階の実証試験で得られた成果は、以下の通り。SOxやNOx、ばいじんなどの排出量が低く、環境性能に優れることに加え、驚くべきはCO₂の回収効率が90%以上なことだ。純度も99%以上である。また、さまざまな種類の石炭を使うことができるので経済合理性に優れる。発電原価が微粉炭火力発電と同等になる見通しだ。

▲図 プロジェクトで得られた主な成果(2022年度末時点)出典:大崎クールジェン株式会社

また発電効率は、IGFC商用機+CO₂回収のケースで66%であり、超々臨界圧石炭火力発電(USC:Ultra Super Critical Power Plant)の最新鋭機の48%を上回る結果を得た。

▲図 プロジェクトで得られた主な成果(発電効率)2022年度末時点 出典:大崎クールジェン株式会社

▲写真 大崎クールジェンのプラント 敷地内から(2023年11月17日)ⒸJapan In-depth編集部

■ バイオマス混合ガス化技術開発

そして大崎クールジェンプロジェクトの挑戦は止まらない。

去年9月から、CO₂分離・回収型IGCCにおいて、バイオマス燃料などを石炭に混ぜてガス化する、バイオマス混合ガス化技術開発に取り組んでいる。目指すは「ネガティブエミッション」だ。ゼロエミッションならわかるが、聞き覚えのないこの言葉は何を意味するのか。

「ネガティブエミッション」とは、大気中のCO₂を減らすのではなく、除去することをいう。

今回はバイオマス燃料として、木質ペレットを炭化したブラックペレットを使用する。IGCCでバイオマス燃料を使用するのは世界初だ。バイオマス燃料は大気中からCO₂を取り込んでいるので、ガス化過程から分離・回収したCO₂を地中に埋めれば実質、大気からCO₂を取り除くことになるため、「ネガティブエミッション」と呼ばれるわけだ。

▲図 バイオマス混合ガス化によるCO₂ネガティブエミッション化 提供:大崎クールジェン株式会社

去年10月から実証試験がスタート、2024年にはバイオマス燃料の混合比率を5割にした場合の最適なシステムの見通しを得る計画だ。

大崎クールジェンプロジェクトの歴史は、2002年に始まったEAGLEパイロット試験(Jパワー若松研究所、北九州市、2002〜2014年度)で開発されたEAGLE炉にさかのぼる。それから20年余。いよいよ大崎クールジェンプロジェクトで得られた成果が商用化ステージ(JパワーのGENESIS松島計画)を目指すところに来た。あきらめることなくここまで到達した関係者の努力には頭が下がる思いだ。

石炭火力に注がれる世界の目は厳しい。しかし、冒頭に述べた通り、電力安定供給のために石炭火力に頼る国が多いのが世界の実情だ。電力のすべてを天候に左右される太陽光や風力などの再生可能エネルギーに頼るわけにはいかない。核融合などの未来技術の実用化もまだ先だ。

そうしたなか、石炭火力でもカーボンネガティブが実現できる大崎クールジェンの技術を世界の多くの火力発電所が採用したら、CO₂排出量を大幅に削減することができる。

既存技術を棄て新技術に傾倒することが、イコール効率的で地球環境にやさしいとは限らない。それは、近年のEV(電気自動車)一辺倒の風潮の見直し気運からも明らかだ。

日本は環境原理主義の陥穽に陥ることなく、優れた国産技術を積極的に世界にアピールする必要がある。

大崎クールジェンを取材し率直にそう、思う。

(了)

トップ写真:大崎クールジェン全景 提供:大崎クールジェン株式会社




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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