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.経済  投稿日:2024/3/2

「テスラ・キラー」BYD、日本市場で攻勢強める


安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)

【まとめ】

・中国EV専業メーカーBYD、ミドルサイズSUV「ATTO 3」のマイナーチェンジ版発売開始。

・今年から毎年1車種以上日本市場に投入すると発表。

・PHEVモデルも豊富にあるBYD、今後日本へ投入する車種に注目。

 

BYDと聞いて何の会社か分かったあなたはかなりのカーマニアだ。カーマニアというのも死語かもしれないが、まぁ、ようするに車好きの方である。

BYD(ビーワイディー:中国の表記は比亜迪)は、中国のEVメーカー。2023年になんとあの米テスラを販売台数で追い抜き、EV販売台数世界NO.1の座を射止めたことでその名をとどろかせた。

といってもピンとこない人がほとんどだろう。

なにしろ、日本のEVのシェアは驚くほど低い。2023年のEVの国内販売台数(軽自動車含む)は前年比5割増の8万8535台。統計をさかのぼれる2009年以降過去最高となったのだが、乗用車全体に占める割合はたったの2.22%にとどまる。街中でEVが目につかないわけだ。

そのBYD、実は日本に上陸して早くも1年になる。その間、着々とマーケティング戦略を進めてきた。

3月1日、BYDの戦略車種でミドルサイズSUV「BYD ATTO 3(アットスリー)」のマイナーチェンジ発表会が、東京・品川であったので行ってきた。

最初に登壇したのは、ビーワイディージャパン株式会社代表取締役社長劉学亮氏。長身でスタイリッシュ。かつ、流ちょうな日本語を操り、迫力満点のプレゼンテーションはつとに有名だ。

▲写真 ビーワイディージャパン株式会社代表取締役社長劉学亮氏 ⓒJapan In-depth編集部

劉氏は世界各国のEVへの潮流を念頭に、「世界のすべての国で新たな事業展開が起きている」と強調、BYDの世界70超の国と地域における2023年のBEV+PHEV世界販売は、前年比62%増の302万台、2024年2月までの累計が650万台に達したことを報告した。日本国内のEV販売台数と比べたら、そのすごさがわかるだろう。あのテスラですら、2023年の販売台数は約180万台だったのだ。

劉氏は、「BYDは新エネルギーテクノロジーカンパニーとして世界をリードする」と宣言。なんとなれば、BYDという会社は、再生可能エネルギーの生産・貯蔵・利用を標ぼうし、太陽光発電+蓄電システムを軸とした環境エネルギー事業を展開しているのだ。この分野でもテスラとガチンコでぶつかっている。

次に登壇したBYD Auto Japan株式会社代表取締役社長の東福寺厚樹氏は、2025年末までに100店舗のディーラー網構築という目標に対し、今年3月2日時点で全国51拠点(開業準備室含む)、うち正規ディーラー22店舗を達成し「いいペース」でディーラー網構築が進んでいることを明らかにした。

また、国内の去年の累計販売台数が1446台(ATTO3 1198台、BYD DOLPHIN 248台)に達し、受注は2000台に届く見込みである事を明らかにした。この販売台数をどう評価しているのか聞かれた東福寺氏は、「やはり、(販売台数が)年3000台を超さないと街中で(BYDの車だと)分からないので、なんとか(その数字を)目指したい」と意欲を示した。

▲写真 BYD Auto Japan株式会社代表取締役社長の東福寺厚樹氏 ⓒJapan In-depth編集部

その上で、新型車を毎年1車種以上、継続的に導入する考えも示した。これまでに投入された、電動SUV「ATTO 3」(2022年)、コンパクトモデル「BYD DOLPHINE(ドルフィン)」の2車種に加え、今年半ばにはハイエンドEVセダン「BYD SEAL(シール)」を発売する予定だ。

毎年1車種以上とはぶち上げたものだが、本国ではすでにBYDの商品展開は「BYD」ブランドの中核となる「王朝(Dynasty)」シリーズ、若者向けの「海洋(Ocean)」シリーズの2シリーズを中心に、「騰勢(DENZA:デンツァ)」、「方程豹(Fangchengbao:ファンチョンバオ)」、「仰望(YangWang:ヤンワン)」などの高級ブランドもあり、幅広いラインアップを誇る。日本に投入しようと思えばいつでもできるわけで、あながち実現不可能な戦略でもない。むしろ現実味を帯びているといえよう。

■ 次に投入するのはPHEV?

当然、会見で話題になったのは今後どのモデルを日本市場に投入するかだ。BYDはEVだけでなくPHEVも持っている。この辺がBYDの目ざといところだ。EV専業メーカーが軒並み苦戦しているのは、PHEVを持っていないからだ。

HEVやPHEVはガソリンエンジン車がEVに移行するまでの「つなぎの技術」と40年以上前から言われており、そんなものに投資するのはムダだ、ということでテスラなどは最初から開発しなかった。それがここにきて足を引っ張ることにもなりかねないのだ。アメリカでもしトランプ氏が大統領に返り咲いたら、EVへの補助金がカットされる可能性が高い。そうなるとEV頼みの一本足打法のメーカーは厳しくなる、というわけだ。

何を隠そう、日産も1990年後半には、HV車が発売寸前まで開発済みだった。しかし、業績が急速に悪くなり、ルノーの資本を受け入れることになり、かの「コスト・カッター」カルロス・ゴーンが日産に乗り込んできて、大ナタを振るった際、HV車の開発がストップされた経緯がある。

話を戻してBYDだが、2023年の世界販売台数は約300万台。EVとPHEVの比率は半々で、近年のPHEVの伸びが顕著だ。政府のEV補助金打ち切りにより、割安なPHEVがユーザーに支持された結果だ。

ガソリンエンジンとモーターを搭載するPHEVはバッテリーがEVより小さくてすみ、その分コストが安い。2023年2月に発売した、「秦PLUS DM-i 冠軍版」は、なんと同型車のガソリンエンジン車と同じ200万円を切る価格を設定し、人気が沸騰した。こうした価格競争力のあるPHEVが日本に投入されたらどうなるか?今、BYDは慎重に日本市場の動向を見極めている。

そこでヒントになるのは、2023年は日産の軽EV「サクラ」が爆発的に売れた年だということだ。軽自動車というのは日本オリジナルの規格だが、サクラ人気の背景には、軽だから、というよりは、約250万円という価格がユーザーに受け入れられたことにあると思われる。つまり、価格がガソリン車と比べて同等なら、ユーザーはEVもしくはPHEVを選ぶのではないか。自然災害が多い日本において、大容量のバッテリーを積むEVやPHEVは、非常用電源としても評価され始めているだけに、BYDのPEHVは市場に受け入れられる余地が大きいと思う。

■ ミニバン、SUVでも

BYDが誇るのは価格競争力だけではない。日本における高級ミニバン、中型SUV人気には根強いものがあるが、去年のジャパンモビリティショー2023のBYDブースで見た2モデルが、気になっている。

ひとつは、BYDとメルセデス・ベンツの合弁会社が展開する「DENZA」(デンツァ)シリーズのミニバン「D9」だ。パワートレーンにEVとPHEVを擁する。見てわかる通り、威風堂々としたエクステリア。応接室のように重厚感あるインテリアなど、日本で大人気のトヨタ・アルファード/ベルファイアの強力なライバルとなりうる。

▲写真 「デンツァ」D9 中国ではEVとPHEVの2つがある。ジャパンモビリティショー2023にて ⓒJapan In-depth編集部

もう一つのモデルは、「仰望」(ヤンワン)シリーズの高級SUV「U8」だ。こちらも日本車のライバルと言えば、トヨタのランドクルーザー、ハリアーあたりだろうか。むしろ、ランドローバー、ポルシェ、アウディ、BMW、メルセデスベンツ、クライスラーなど欧米勢と競合するような気がする。

▲写真 「ヤンワン」オフロードSUV「U8」 ジャパンモビリティショー2023にて ⓒJapan In-depth編集部

■ 「ATTO 3」マイナーチェンジ

順番が最後になってしまったが、今回発表されたのは既に2023年1月から販売されているミドルサイズEV「BYD ATTO 3」のマイナーチェンジモデルだ。販売価格450万円(消費税込み)、3月1日より全国のBYD精機ディーラーで販売を開始した。

2022年に中国で発売を開始、オーストラリア、タイなどアジア太平洋地域及び欧州でも発売されているBYDの世界戦略EVだ。バッテリーはリン酸鉄リチウムイオンで、航続距離470km(WLTC値)。

▲写真 「BYD ATTO 3」外装色:コスモスブラック ⓒJapan In-depth編集部

主な変更点は、ハードでは大型タッチスクリーン(12.8インチ→15.6インチ)、BYD Storeから、「Amazon Music」、「検索ブラウザー」、「カラオケ」の3つのアプリが取得できる。別売りマイクで車内でカラオケを楽しむことができるという。長距離ドライブ中にカラオケを歌うか?と聞かれれば、NOだが、いやまてよ、もしかしたらアリかもな、と思ってしまった。(笑) 眠け防止にもなるし、案外いいかもしれない。

▲写真 「BYD ATTO 3」の巨大タッチスクリーン。存在感がすごい ⓒJapan In-depth編集部

かつてある自動車ジャーナリストは、「中国製のEVは売れない」、と断言していた。確かに年間登録台数1500台弱ではとても売れたとは言えない。しかし、全く無名のメーカーが、EV2車種だけで、販売店網もほとんどないに等しいのに、1年間でこれだけ売れた、ともいえるのではないか。

世界でBYD製EVが300万台売れているということは、既に中国製EVは世界で認知されているということだ。日本のお家芸であるHV、PHEVでもその座を奪いかねない勢いのBYDを日本メーカーはもっと警戒したほうがいい。

トップ写真:ビーワイディージャパン株式会社代表取締役社長劉学亮氏(左)、BYD Auto Japan株式会社代表取締役社長の東福寺厚樹氏(右)ⓒJapan In-depth編集部




この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員

1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。

1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。

1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。

2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。

安倍宏行

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