人生100年時代の目線 その4 介護保険4半世紀、新たなビジネスモデルの構築
渋川智明(東北公益文科大学名誉教授)
渋川智明の「タイブレーク社会を生きる」
【まとめ】
・4月から訪問介護の「身体介護」、「生活援助」等の介護報酬が減額、「訪問介護」の倒産は最多更新。
・在宅重視の原点を思い起こし、草の根介護を枯らせずに灯を守りたい。
・地域包括ケアシステム理念の明確化と、施設・在宅介護の有機的連携や適正配分、国や自治体の政策的制度支援が必要。
■ 介護報酬1.59%アップも、身体介護や生活援助報酬は減額
2000年4月にスタートした公的介護保険は、来年度にはや4半世紀を迎える。安定的な制度の確立と、利用者のニーズに応える新たなビジネスモデルの構築が急務だ。
3年ごとの制度見直しで今年4月からサービス提供事業者に支払われる介護報酬が改定され、コロナ禍の福祉職員の離職・人手不足や経費の高騰に対応して処遇改善を目標に1.59%アップした。しかし特別養護老人ホームなど施設系の基本報酬は上がった一方で、ホームヘルパーが要介護認定者の自宅を訪問して介護ケアをする訪問介護の「身体介護」、「生活援助」などの介護報酬は減額されている。
その根拠となったのは厚生労働省の「介護事業経営実態調査」だ。同調査によると、訪問介護系は利益率が7.8%、特養など施設介護系は赤字、事業平均が2.4%で、訪問介護は平均を上回ったことから減額が実施された。
■ 草の根介護グループから反発・反対の声
こうした政策にNPO法人「高齢社会を良くする女性の会」等の多くの団体から、「経営実態が異なる」といった反対意見が相次いでいる。資本力のある事業者が運営するサービス付き高齢者住宅などに併設された訪問介護事業者は一括受注で利益効率が高い一方で、NPO法人や小規模事業者は各家庭が離れていてもヘルパーが一戸ずつ訪問を行っているため利益効率が低いのである。
介護保険の在宅介護は業務形態も幅広く、訪問介護やデイサービスのほか、ボランティア的に家庭料理を弁当にして宅配や配食をするグループも多い。自宅で暮らす高齢者からは「地域の顔を知ったヘルパーなどに気軽にサービスを頼める」と信頼されているものの小規模経営で資金力は乏しい。コロナ禍や経費高、物価高、人手不足による人件費高の問題などが深刻になっているのだ。
介護保険がスタートする前は在宅、施設介護とも社会福祉法人などに事業の参入が規制されていたため、サービス提供事業者が不足していた。介護保険法が策定されると、在宅介護は株式会社やNPO法人など法人格のある指定事業者に新たに参入が認められた。これに応じて地域の主婦ボランティアグループなどがNPO法人を設立して参入し、また株式会社も、新たに起業・創業した小規模事業者が多かった。
近年、介護ビジネス市場の規模拡大に伴って外国のファンドや、国内の生・損保企業など大企業の異業種参入のM&A(買収・合併)が続いている。そこへこの訪問介護の報酬減額が追い打ちをかけ、「訪問介護」の倒産は最多を更新した。
東京商工リサーチの調べ(www.tsr-net.co.jp)では以下のデータが示されている。
〈2023年の「老人福祉・介護事業」の倒産は122件で過去2番目を記録した。このうち、「訪問介護事業者」の倒産は過去最多を大幅に上回る67件に達した。
また、倒産以外でも事業を停止した介護事業者の休廃業・解散が510件と過去最多を記録、介護事業者の苦境が広がっている。人手不足や競合激化、業績のジリ貧や先行きが見通せない小規模事業者を中心に、年間600社強が市場から退出している〉
【※本調査対象の「老人福祉・介護事業」は、有料老人ホーム、通所・短期入所介護事業、訪問介護事業などを含む。※調査開始年は、倒産が介護保険制度の始まった2000年、休廃業・解散は2010年。】=以上引用
■ 介護保険料大都市部は月額6500円以上にアップ
3年ごとの介護保険制度の見直しで今年4月に介護保険料が改定された。
首都圏や政令指定市、県庁所在市、東京23区など人口密集都市は高齢者が多いため、介護サービス提供者も、利用者も多い。サービスを受ける機会が増えるとも言えるが、介護保険料アップの原因ともなる。
自治体によって、介護保険用に積み立てていた調整交付金の取り崩し時期や額、要介護認定者を認定する割合の高低などは異なる。保険料も所得段階で高低差が付けられている。
大都市部では65歳以上の第一号被保険者基準月額は6500円以上となり、最も高くなったのは大阪市で月額9249円となった。周辺部では5000円台半ばが多い。
アップした原因は、介護報酬改定で介護職員の処遇改善のための介護報酬改定や、独居高齢者が多い地域で要介護者増と介護保険サービス利用額が増えたからなどと分析されている。介護保険スタート時の月額保険料が2911円だから、その急上昇ぶりが分かる。
介護保険料は、総費用の半額を公費が、27%を40歳以上第2号被保険者(月額6276円、雇用主との分担負担)、残りの23%を65歳以上第1号被保険者が負担する仕組みになっている。
額は自治体ごとに決められ、年金から天引きで強制聴取される。低年金者は納付する。差し押さえも増えている。
■ 地域包括ケアシステム理念の明確化
4半世紀を迎える公的介護保険だが、近年、地域包括ケアの重要性が強調される。分かりにくい用語だが、要は医療と介護の連携、高齢者が住み慣れた地域で自立して生活を営むことが出来るような体制・システムの確立と言うことだろう。
巨大企業の生・損保などが大手介護企業を買収、傘下に入れる本格参入が進む。有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅(サ高住)などが首都圏や大都市周辺に多く建設される。介護保険が適用される介護付き有料老人ホーム(特定施設入居者生活介護)は都道府県の指定事業者認定が必要だが、適用外の有料老人ホームもある。またサ高住は訪問介護併設型や外部からの介護保険導入型もある。介護保険が適用される特定施設入居者生活介護のサ高住タイプもある。他都市、自治体からの入居者は住所地特例で、移住前の自治体介護保険が適用される。
新聞広告などではこれらの違いや特性は分かりづらい。選択する場合は介護ケア付きか、介護相談などのサービスが中心なのかなど機能や、入居に際しての費用などもそれぞれタイプによって異なるので注意が必要だ。
大企業の異業種参入は雇用の安定や、最先端の経営方式、AIやDX(デジタル・トランスフォーメーション)、介護ロボットの導入なども期待される。
一方で地域に根を張り、在宅介護を支えてきた訪問介護事業者は倒産が増え、訪問介護報酬の減額で苦境に立つ。社会で守る介護保険の理念、在宅重視の原点を思い起こし、草の根介護を枯らせずに灯を守りたい。
誰しも、いずれ介護ケアが必要になる。そのために公的介護保険がある。
被保険者にとっては、元気な時には実質、掛け捨ての介護保険料も、困った時にニーズに合った対応がしてもらえるならば、保険料を強制徴収されても納得感がある。
要介護者にも軽度から重度までのランクがある。身体的ケアとともに認知症などへの対応も重要になる。また在宅でも身近に頼めるヘルパーがいて、経済的に可能なら、有料老人ホーム、サ高住などの居住施設も選べる。家族や本人の希望で、社会福祉法人や医療法人が経営する老人保健施設や特別養護老人ホーム、介護医療院などの施設介護が必要になる重度の要介護者もいるだろう。政策的な介護報酬改定や指定事業者の規模、経営形態の調整は必要だろう。
4半世紀を迎える介護保険には、地域包括ケアシステム理念の明確化と、施設・在宅介護の有機的連携や適正配分、そのための国や自治体の政策的制度支援が何より必要になる。
トップ写真:ストレッチを行う年配の女性と介護士 出典:gettyimages/Satoshi-K
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この記事を書いた人
渋川智明東北公益文科大学名誉教授
東北公益文科大学名誉教授。
早稲田大学卒業後、1971年、毎日新聞入社。東京本社社会部編集委員(厚生労働担当)。2005年、東北公
益文科大学公益学部(山形県酒田市)教授・公益学部長、大学院(山形県鶴岡市)公益学研究科長。
定年退職後、法政大学社会連帯大学院、目白大学生涯福祉大学院非常勤講師を経て現
在は専門学校・社会医学技術学院=東京都東小金井市=講師(非常勤・社会保障論)。
著書「福祉NPO」(岩波新書)、「介護保険活用ガイド」(保健同人社)、「賢い
患者になろう」(実業之日本社)「ソーシャルビジネスで地方創生」(ぎょうせい)=
以上単著、「認知症対策の新常識」(日東書院・共著)等。