【自民党総裁選挙】3 林芳正氏「政策分析」と「人事評価」
西村健(NPO法人日本公共利益研究所代表)
【まとめ】
・林候補の政策の特徴は、「格差の是正」、現実的な外交、EBPM(証拠に基づく政策形成)についての重要性に言及したこと。
・具体的な政策は、小選挙区制度の検証、現行の1府12省庁体制の検証、検証合区解消にむけた理解促進など。
・課題は、将来の日本社会をどういったものにしたいのかが見えないこと。
宏池会のプリンス?岸田首相の「後継者」? ピアノも奏でる天才?「ギインズ」のボーカル?政界の119番?困った時のヨシマサ?高級官僚より有能?親中~知中~媚中派?
信頼回復、共感を得られる「仁」の政治を掲げ、満を持して林さんが出馬した。長らく参議院議員を務め、閣僚としても実績を重ねてきた。
現在の日本経済の停滞を打開し、社会の閉塞を変えられるリーダーになれるかが問われている。
◆ 林芳正氏とは
昭和36年1月19日、山口県生まれ。父の義郎さんが衆議院議員、厚生大臣、大蔵大臣。祖父の佳介さんも衆議院議員、佳介さんの祖父(高祖父)の平四郎さんも衆議院議員・貴族院議員。お母様は宇部興産社長の娘。おじさんたちにも山口放送社長、山口合同ガス社長、おばさんの結婚した広瀬家はテレビ朝日会長の道貞さん、富士紡績の貞雄さん、経産省事務次官で大分県知事の勝貞さんという「華麗なる一族」の星のもとに生まれる。
下関市立文関小学校を卒業。下関市立日新中学校、県立下関西高校を卒業。1984年、東京大学法学部卒業。三井物産株式会社入社。ハーバード大学ケネディ行政大学院修了、サンデン交通、山口合同ガスを経て父親の林義郎さんの政策担当秘書に。参議院議員通常選挙で初当選。2021年に参院から衆院にくら替えし、衆議院議員に。福田内閣においては防衛大臣、麻生内閣においては内閣府特命担当大臣(経済財政政策担当)、第二次安倍内閣では農林水産大臣と文部科学大臣、岸田内閣では外務大臣、官房長官を務めるなど閣僚を歴任。肩書は総理にふさわしいものとなっている。
◆ 林芳正氏の政策の特徴
▲写真【出典】林さん政策
「3つの安心」をキーワードとして挙げて、格差の是正や生活環境の改善、国土強じん化、それに外交・安全保障を公約の柱としている。エネルギー価格の抑制などの物価高騰対策、最低賃金の引き上げ、非正規雇用の正規化やチャイルドペナルティの解消といった雇用・労働環境の改革、価格転嫁や人手不足に苦しむ中小企業・小規模事業者支援拡充、安全性の確保を大前提とした原子炉の再稼働、次世代革新炉の開発・建設、成長戦略として漫画やアニメなどコンテンツ産業の強化に取り組んで日本の稼ぐ力を高めることなどである。
第一に、「中道」をいくリベラルかつ穏健な政策が並ぶこと。明確に「格差の是正」を謳っている。
・エネルギー価格の抑制などの物価高騰対策、最低賃金の引き上げを行い、国民生活の安定を図ります。
・トイレ環境の整備、温かい食事の提供、段ボールベッドの備蓄など、災害時の避難所の抜本改善を図ります。
【出典】林さん政策
人に優しい」という意味が政治の世界ではよく語られるが、それを具体的に落とし込んでいる。また、賃上げ政策、成長と分配の好循環、新しい資本主義で成果のあった岸田政権を経済政策としては継続している。
第二に、現実的な外交であること。実績が明らかにするように長期的な戦略をもとに、どのように進めていくか。リアリティスティックさが際立つ。
・法の支配に基づく、自由で開かれた国際秩序の維持・強化に向けて、積極的な外交を展開します。
・中国による牛肉や水産物などの食品の輸入規制について最大限の外交を行い、即時撤廃を求めます。
・防衛力の抜本的強化を図り、日米同盟の抑止力・対処力を高め、東シナ海等における国益を保持します。
・経済安全保障の観点から、経済的威圧等からの企業の保護、サプライチェーンの強靱化や技術開発を進めます。
・能動的サイバー防御の実施にむけた法案を国会に提出し、サイバーセキュリティの抜本的強化を実現します。
【出典】林さん政策
保守派から中国へのスタンスで批判を受けることが多いが、政策記者会見でも「相手を知る事」の必要性を語り、反論。外交は感情を抑えつつ相手との信頼関係を結ぶこと、大人の関係の必要性を説明する。「北朝鮮のキム・ジョンウン(金正恩)総書記と条件を付けずに向き合う覚悟がある」とも語る。
第三に、政策からうかがえるスタンスである。EBPM(証拠に基づく政策形成)についての重要性を言及した点、長期的な視点の意味を伝える点、検証をもとに、対話し、進めていくプロセスを重視する点である。公共政策の専門家である筆者からすると、重要かつ必要な視点を提示していると思った。具体的な政策としては、小選挙区制度の検証、現行の1府12省庁体制の検証、検証合区解消にむけた理解促進など、対話に基づく民主主義の価値観を重視していることがうかがえるし、公正取引委員会の関与強化など公正な社会の構築の必要性を主張している。
課題は、将来の日本社会をどういったものにしたいのか、が見えないことだ。数年の政策は提示されている。「平和を作る国際環境づくり」「人にやさしい仁の政治」「ウェルビーイング向上社会」「公正で健全な政治」といった重視する価値観はうかがえる。しかし、日本の未来をどう構築していくのか、まさにビジョンが見えないのだ。多くの政策は省庁が進めていることの延長みたいなもので、いったいどんな日本を構築していきたいのか?よくわからなかった。今は昭和ではないし、平成でもない。「経済複雑性指標」を紹介し1位であることを示し、日本経済はOECD中位国レベル。なのだから、その現状認識をもとに、社会はどういった特徴があり、何が問題なのか、どういった複雑な構造なのか、政治にはどのような役割があるのか。そして、若し日の「東京卒業」という歌で歌った問題意識をどう地方創生に描くのか。一極集中についてもどう構想するか。もちろんこれらについて問題意識を持っているはず。なのに明らかにされていない点が、とても惜しい。
◆ 人事評価
筆者は人事評価の専門家として「政治家の人事評価」などを提起してきた。ここで、「首相の人事評価」を考えたい。総理大臣の「能力」「成果が出せる行動特性(コンピテンシー)」は以下になる。
◆1.未来の方向性を示せる、共有できる
◆2.組織マネジメントができる
◆3.決断・意思決定ができる
これをしっかりできれば十分なのだが、林さんをこの視点を細かく見ると以下のようになる。
▲図 筆者作成
「冷静に話し合いたい」「知らないことについて発言をするのは控えたい」という誠実な言動の数々、特に今回、「現在、自民党は「政治とカネ」の問題により、大変信頼を損ねる事態となっており、党員・党友のみなさまに多大なご迷惑、ご心配をおかけしましたことを深くお詫び申し上げます。」といった謝罪から始まった点に、政治家としての仁義・誠実さが際立つ。
林さんに期待したい。
トップ写真:林芳正氏(2024年9月12日東京都千代田区日本記者クラブ)出典:Takashi Aoyama/Getty Images
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この記事を書いた人
西村健人材育成コンサルタント/未来学者
経営コンサルタント/政策アナリスト/社会起業家
NPO法人日本公共利益研究所(JIPII:ジピー)代表、株式会社ターンアラウンド研究所代表取締役社長。
慶應義塾大学院修了後、アクセンチュア株式会社入社。その後、株式会社日本能率協会コンサルティング(JMAC)にて地方自治体の行財政改革、行政評価や人事評価の導入・運用、業務改善を支援。独立後、企業の組織改革、人的資本、人事評価、SDGs、新規事業企画の支援を進めている。
専門は、公共政策、人事評価やリーダーシップ、SDGs。