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.国際  投稿日:2022/3/28

「トランプ大統領なら戦争は起きなかった」という妄想 「プーチンの戦争」をめぐって その4


林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録

【まとめ】

・トランプ前大統領が、ウクライナ侵攻は私が大統領なら起きなかったとロシア侵攻の報を受けてコメントした。

・元外務省主任分析官である佐藤優氏がこのコメントを是認した。

・米国がトランプ前大統領のままだったら、ウクライナを軍事的に助けることなどせず、プーチン大統領の思惑通り4日で片がついたのではないか。

 

「私は21世紀の米国大統領で、任期中にロシアが他国に侵攻しなかった唯一の大統領だ。私が大統領ならこれ(ロシアによるウクライナ侵攻)は起きなかった」

……2月26日、侵攻の報を受けてトランプ前大統領は、このようにコメントした(朝日新聞デジタルなどによる)。

ちなみに侵攻が起きる前、彼がどのようなことを言っていたか。2月22日、侵攻が起きる前々日のラジオ放送で述べたのは、

「(ウクライナの親ロシア派武装勢力が実効支配する地域を独立国として承認した)プーチンは途方もなく賢い。彼は軍を動かして地域の平和を維持すると言っている。最強の平和維持軍だ。我々もメキシコ国境で同じ事ができる」

これである。24日には侵攻が現実のものとなったが、途端に掌を返し、

「ロシアによるウクライナへの攻撃は、決して許してはならない残虐行為である」

と非難した。これに続く発言が、冒頭で紹介したものである。

よく言うよ、と私などは呆れる他はなかったが、我が国の高名な論客が、この発言を是認したことには、開いた口が塞がらなかった。

その人とは、元外務省主任分析官である著述家の佐藤優氏で、3月2日付のPRESIDENT Onlineに『もしもアメリカがトランプ大統領のままなら、ロシアのウクライナ侵攻は起こらなかった』と題する記事を寄稿している。前述の発言を、

「トランプ氏の見方は、意外と事柄の本質を突いていると言えます」

などと、肯定どころかほとんど賞賛しているのだが、その論拠がひどい。

「〈俺だったらすぐプーチンに電話をかけて、直ちにディールする〉と言いたいのでしょう。きちんと取引していればこんな事態に至らなかったという指摘は、トランプ氏の言う通りです」

「トランプ氏ならばモスクワに飛んで行ってプーチン大統領と会談し、〈ロシアがウクライナに軍事介入するならば、アメリカも軍を送る。アメリカ第一主義はひと休みだ〉と行ってプーチン大統領を脅した上で、取り引きを持ちかけ、戦争を回避したと思います」

所詮は「たら、れば」の話だと言われればそれまでだが、すべては佐藤氏の勝手な思い込みで、それ以上でも以下でもない。さらにひどいのが、

「プーチンは(バイデン政権の)情けないアフガン撤退を見て、無慈悲なウクライナ侵攻を決断したことは疑いない」

というトランプ前大統領(以下は〈トランプ氏〉で統一させていただく)の発言で、あろうことか佐藤氏はこれまでも肯定している。

あのねえ……いや、もとい、これは真面目な話だ。

米軍をアフガニスタンから撤退させると正式決定したのは、一体どこの誰だったか。自分が大統領として決定を下した時は、

「これで多くの米兵の命が救われた」

などとドヤ顔で演説しておきながら、選挙に負けて「外野」に回ったら、撤退が実施された際も

「これは撤退ではなく逃亡だ」

などと言い放ち、挙げ句の果ては今次のウクライナ侵攻もバイデン政権の責任だと言わんばかり。まったくもって、トランプ氏もたいがいだが、こんな愚論に追従する「論客」にも困ったものである。

2014年に、プーチン大統領がクリミア半島を実質併合するという暴挙に出た際、時の米国オバマ政権は強く非難し、プーチン大統領や側近たちが米国内に保有する資産を凍結するなどの制裁を実施したが、軍事介入はしないと明言していた。

その後2016年に誕生したトランプ政権は、皆保険制度(世に言うオバマケア)、キューバとの関係改善、核軍縮など、前政権のレジェンドを覆すことに血道を上げたと言えるほどであったのだが、ロシアに対する「宥和政策」だけは、自身の「アメリカ第一主義」にかなうものとして引き継いだ。

いや、そればかりでなく、ウクライナのゼレンスキー大統領に対しては、軍事援助を餌にして「バイデン親子のスキャンダルを調べるよう」要求した。これが明るみに出て、2019年には職権乱用のかどで弾劾裁判にかけられている。

さらに2021年には、バイデン新大統領の当選が確定するのを阻止しようと、支持者が議会を襲撃した際、制止するどころか扇動したとして、2度目の弾劾裁判となった。彼は、

アメリカ合衆国開闢以来、任期中に2度も弾劾裁判にかけられた唯一の大統領

なのである。

話を戻して、プーチン大統領がウクライナ侵攻を決意したのは、クリミア半島をめぐる米国の対応を見て、ウクライナに本格的な軍事侵攻を行ってもNATOは動かない、と判断したからであることは、それこそ「疑いない」。これは私一人が言うことではなく、西側軍事筋のほぼ一致した見方でもある。

▲写真 ロシア南部ソチで開かれたバルダイ会議で発言するウラジーミル・プーチン大統領(2021年10月21日) 出典:Photo by Mikhail Svetlov/Getty Images

この間の経緯については、お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦(コンビ活動は当面休止し、当人はシンガポールに移住したようだ)が、YouTube大学と称する自身の動画の中で、非常に分かりやすく説明してくれている。

情報を収集し、分析・評価し、発信するというすべてのプロセスにおいて、外務省主任分析官という地位にあった人がお笑い芸人さんに後れを取ってしまうようなことだから、日本の外交が繰り返し醜態を演じるのも無理はない。いや、それこそ笑い事ではないが。

醜態というのは、ロシアとの関係では、佐藤氏自身も深く関わってきた北方領土返還交渉が典型で、彼の盟友であるところの鈴木宗男参議院議員(日本維新の会)など、

ゼレンスキー大統領が、親ロシア派の支配地域に自爆ドローンを飛ばしてプーチン大統領を挑発しなければ、戦争にはならなかった」(現代ビジネスWebにおける、田原総一朗氏との対談より抜粋)

などと発言し、炎上した。

もしや佐藤氏は、盟友や自身に対する批判の矛先を逸らすか鈍らせるべく、トランプ氏の尻馬に乗ってバイデン政権に罪をなすりつけようと……いや、いくら私でも、そこまでゲスの勘ぐりをするものではない。それどころか、佐藤氏の言も一から十まで間違っているわけではない、とさえ考えている。

ただし、結論部分が私と全く異なるので、これもまあ「たら、れば」であることは明記しておくが、米国がトランプ大統領のままで、ロシア側との電話会談がもたれたとしたら、戦争を回避できたのではなく、プーチン大統領の思惑通り4日で片がついたのではないか。

なにしろ、ウクライナ国境に展開したロシア軍は「最強の平和維持軍」「我々もメキシコ国境で同じ事ができる」と言ってのけた人なのだから。そればかりか、アメリカ第一主義に固執するあまり、NATO加盟国は米国の核の傘に頼って国防費の増額を怠っているといった「安全保障ただ乗り論」を展開し、脱退すら示唆した人なのだから。

そんなトランプ氏がウクライナを軍事的に助けたであろうなどとは全く考えられない。

その方がむしろ犠牲が少なくて済んだのではないか、という議論もあり得よう。

しかし、すでに双方に数千名もの犠牲者を出した上、ウクライナの一般市民の犠牲が日を追って拡大する中で、そのような議論を続けることに、私は何の意味も見いだすことはできない。そもそも犠牲者に失礼ではないか。

次回は、世界中からウクライナに集まっている義勇兵の問題について見る。

トップ写真:米フロリダ州オーランドで開かれた「保守政治行動会議(CPAC)」で演説をするトランプ前大統領(2022年2月26日) 出典:Photo by Joe Raedle/Getty Images




この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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