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.国際  投稿日:2024/12/12

尹大統領、緊急談話で弾劾・捜査に正面から応じると言明


 斗鎮(コリア国際研究所所長)

2024・12・12

【まとめ】

・尹大統領は緊急談話にて野党が憲政秩序を乱しているとし、非常戒厳宣布権行使の正当性を主張。 

・専門家は、尹大統領の戒厳権発動が憲法の要件を満たすことは難しいと見られるが、大統領の戒厳宣布と権限行使が内乱罪の要件に該当しないと述べた。

  ・弾劾訴追案の表決は、投票数が憲法上の議決要件である「在籍議員3分の2(200票)」を越えなかった。これは「案件否決」であり「投票不成立」ではなく、再び発議することはできない。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が12月12日、午前9時42分から10時11分まで29分間の緊急談話を発表し「過去2年半の間、巨大野党は国民が選んだ大統領を認めずに引きずり下ろすために退陣と弾劾扇動を止めなかった」としたうえで、去る12月3日の非常戒厳が「大韓民国の憲政秩序と国体を壊そうとするのではなく、国民に亡国の危機状況を知らせて憲政秩序と国を守り、それを回復するためにしたこと」と主張した。尹大統領は「非常戒厳宣布権行使は司法審査の対象にならない統治行為」と主張し、「私を弾劾するか捜査するかにかかわらず、これに対抗するだろう」と話した。

1、尹大統領が戒厳令の背景と狙いを説明した要点

尹大統領は、談話の冒頭で「今、野党は非常戒厳宣布が内乱罪に当たるとして狂乱の剣舞を踊っているとし、本当にそうですか?果たして今大韓民国で国政麻痺と国憲の乱れを繰り広げている勢力は誰ですか?」と問いかけ要旨次のように語った。

要点
・大統領選以後現在まで178回に達する大統領退陣、弾劾集会が開かれ、弾劾乱発で国政を麻痺させてきた。そればかりか違憲的特検法案を27回も発議しながら政治扇動攻勢を加えてきた。
・国会が自由民主主義憲政秩序を破壊する怪物になっている。
・野党は、国家の安全と社会の安全まで脅かしている。例えば中国人がドローンを飛ばし釜山に停泊中だった米空母を撮影していたが、彼らのスマートホンとノートブックからは最低2年以上韓国の軍事施設を撮影した写真が出てきた。しかし現在のスパイ法では裁けないために、刑法のスパイ罪条項を修正しようとしたら野党が頑強に反対した。
・野党は、民主労総のスパイ事件でも北朝鮮の側につきながら政府のあら捜しを行い、国を台無しにした。どの国の政党でありどの国の国会かわからない。
・野党は、検察と警察の来年度特警費、特活費予算を0ウォンに削り、麻薬犯罪を始めとした犯罪捜査の予算を大幅に削減した。そのうえで国会議員の報酬は引き上げた。この集団こそ国を滅ぼそうとする反国家集団ではないのか?
・昨年北朝鮮からのハッキングがあり、すべての政府機関の点検を行ったが、選挙管理委員会(選管委)だけは点検を拒否した。しかし、選挙管理委員会の不正が摘発されたことで監査と捜査を受け入れ、一部の点検を認めたが、そのセキュリティは深刻な状態だった。例えば暗証番号は、12345のようなものだった。
・こうした状態なので今回国防防長官に選管委電算システムを点検させた。
・戒厳令は国民に野党の反国家的罪悪を知らせるため発布したものである。
・国会に秩序維持兵力投入したのは国会解散、機能麻痺させようとしたものではない。だから実弾武装させない少数の兵力を送り、国会議決後すぐさま兵力を撤収させた。どだい2時間ポッチの内乱など有り得るのか?
・非常戒厳は国防長官とだけ議論し内閣には宣布直前に知らせた。
・弾劾は、野党代表(李在明)の有罪宣告を避け、早期大統領選を行おうとするものだ。
・弾劾であれ捜査であれ、堂々と立ち向かう。
・非常戒厳宣布は司法審査対象ではない統治行為である。
・国憲紊乱勢力が国を支配すれば国を滅ぼすことになる。

2、イ・インホ憲法学教授、戒厳令発布は内乱ではない

 イ・インホ中央大学法学専門大学院憲法学教授は、尹大統領の戒厳権発動が、憲法の要件を満たすことは難しいと見られるが、大統領の戒厳宣布と権限行使が内乱罪の要件に該当しないと述べた。
李教授は、野党が引き続き「弾劾」と「内乱罪」で政治的攻撃を加えており、この渦中で国民の激情が政治状況を悪化させていると懸念を表した。そして「実体のない『内乱罪』議論で国論が分裂してはならない」と政治的有不利を離れ、憲法に基づいて昨今の政国混乱によるいくつかの争点を分析し、具体的に以下の7つの点を指摘した。


 第一に、今の状況は、大統領と国会(正確には多数党である野党)がお互いの憲法的権限を極限に引き上げ、互いに打ち負かす乱闘を繰り広げている政治闘争の状況であり、憲法の危機でもない。政治で絶対的な善はない。それでも大統領と与・野は自分は善であり相手は悪と規定しながら極限で走っている。


 第二に、今回の戒厳発動の背景の中には、巨大野党の立法権暴走がある。野党は総選挙で得た多数票を武器にして、長官と検事はもちろん放送通信委員会委員長と監査院院長など高位政府官僚たちを手当たり次第弾劾訴追し、職務を停止させた。韓国政治史はもちろん、世界議政史で類例を見つけるのは難しい。さらに、法執行機関である検察・警察・監査院、そして大統領室の特殊活動費と特定業務経費を全額削減し、事実上機能無力化を試みた。予算議決権は国会の権限であるが、正常な権利行使とは言い難い。このような状況で行政部の首班である大統領が大きな危機を感知し、国家元首として持つ憲法上戒厳発動権カードを取り出した。だが、国会の反撃カードである戒厳解除要求権に妨げられ、憲法に従って大統領は戒厳カードを畳んだ。


 第三に、大統領の戒厳権発動は憲法の要件を満たすことが難しいものと見られる。憲法(77条)は、「戦時、事変またはそれに準じる国家非常事態」を戒厳の発動要件と規定している。その下位法である戒厳法は「社会秩序が極度に乱れて行政及び司法機能の遂行が著しく困難な場合」を非常戒厳の宣言要件としている。おそらく大統領は、野党の立法と予算暴走で行政と司法機能遂行が著しく困難な状況だと判断したのか分からないが、誤判の可能性が大きい。また戒厳軍が国会に侵入した行為は、戒厳権限の限界を超えたものと見られる余地がある。


 第四に、しかし、大統領の戒厳発動が要件を備えていない違憲的な行為だからといって、大統領を処罰しなければならないという論理は成立しない。戒厳の要件と行使に対する1次的判断は、権限を持つ大統領に属する。その判断が間違っている可能性があるが、ただその誤り(違憲性)を事後的に確認して権限行使を無効にする権限は憲法裁判所にある。しかし違憲無効だとしてもその権限行為者を処罰はしない。多くの法律が、憲法裁判所によって違憲無効と宣言されたとしても、法律制定行為者を処罰しない。違憲確認効力は、その権限行使の効力を排除するだけだ。万一戒厳発動で大統領を処罰しなければならないのなら、違憲法律を制定した国会議員たちも処罰されなければならないだろう。大統領であれ、国会議員であれ、違憲的権限行使を行いうるということを認めなければならず、その是正は、効力の排除であって、処罰ではない。


 第五に、大統領の戒厳宣布と権限行使は、内乱罪の要件に該当しない。刑法(87条)の内乱罪は、「大韓民国の領土全部または一部で国家権力を排除」するかそれに準じて「国権を混乱させる目的で暴動を起こした行為」だ。 大統領の権限行使に違憲性があったとしても、権限行使を「暴動」と見ることはできない。 このような観点から見ると、検察が大統領を内乱容疑の被疑者として立件したのは非常に早まった判断であり、大統領の正常な業務遂行を妨げる危険な措置だ。


 第六に、国会議長は大統領弾劾訴追案の表決結果に対して「議決数不足で投票不成立」を宣言した。しかしこれは小賢しい欺瞞策であり、憲法と国会法違反である。弾劾訴追案が、在籍議員過半数の発議で表決に入り、投票の結果投票数が合計195票で憲法上の議決要件である「在籍議員3分の2(200票)」を越えなかった。ならば、これは「案件否決」であり、「投票不成立」ではない。再び発議することはできない。


 第七に、大統領が去る7日、談話で「政局安定案を与党に一任」するとしたのは、任期を含む収拾方策を用意してほしいという趣旨で読まなければならない「収拾策の一任」であることであり、「国政運営の一任」ではない。憲法上、そうはならない。現在大統領は、闕位(欠位)や有故状態ではない。現在、誰も大統領の権限に代わることができない。ところが、与党代表が大統領退陣を言及し、「大統領が国政に関与しないだろう」と明らかにしたのは、不必要に別の憲法論議を引き起こす大きな失策だ。


今、大統領が直接事態を収拾しなければならない。主権者から委任を受けた大統領だけができることだ。戦争で敵の大将を尊重しないで興奮して判断力を失うのは、敗北への道だ。しかしまだ道がある。冷徹な判断で責任ある指導者の姿を最後まで見せなければならない。普通の一般市民は、政治的大妥協を通じた政局の安定を望んでいる。

冒頭写真)大統領府で国民に向けて演説をする尹大統領  12月7日、韓国ソウルにて
出典)South Korean Presidential Office via Getty Images


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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