バイデン外交の回顧と展望 私の取材 最終回 日本にとっての国難が浮かぶ
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・バイデン政権にイラン核合意を復活させる動き見えず。アラブ諸国にイスラエルとの和解の流れ。中東情勢はイスラエル優遇の動きに。
・北朝鮮の非核化は話題にならず。中国の中距離弾道ミサイルに対抗し、米政権内に「日本への配備」「日本が配備」の構想浮上
・憲法9条の制約による日米同盟の特殊性・片務性に米で「不公平」との不満くすぶる。尖閣危機が想定される中、浮かぶ日本の国難。
アメリカの対イラン政策については背景の説明が欠かせない。
イランに対するアメリカ国民の不信感や敵意は、日本人には想像できないほど根深いものがある。
1979年11月、カーター政権の時代にイランのイスラム原理主義勢力がテヘランのアメリカ大使館を襲い、アメリカ人外交官52人を拘束し、人質にとった。そのうえで数々の要求をアメリカ政府に突きつけた。
アメリカ政府はこの行動を国際テロとして抗議したが、人質は解放されず、なんとその後444日間も両手を縛られて、イラン側の声明を強制的に読まされ、その光景が全世界に流されるという状態が続いたのだった。
▲写真 イラン・テヘランでの米大使館人質事件 出典:Bettmann/Getty Images
それでも、民主党のオバマ政権はイランと安定した関係を作ろうとした。その結果が核合意だった。
しかしその後、共和党のトランプ政権はこのイラン核合意から離脱、これに対してバイデン氏は大統領選挙中から「自分が大統領になればイラン核合意をすぐ復活させる」と公約していた。
ところが、バイデン氏が大統領に就任してから1年近くが経ったが、イラン核合意を復活させる動きは出てきていない。そのため、民主党のリベラル派からは、「なぜ早くやらないのだ」という不満の声が出ている。
バイデン大統領が核合意を復活させようとしないのは、イランが譲歩する姿勢を見せていないからだ。6月には反米的姿勢をとる保守強硬派のライシという人物が新大統領に選ばれた。
▲写真 反米保守強硬派のライシ大統領(2021年6月6日 イラン・テヘラン) 出典:Majid Saeedi/Getty Images
アメリカ国内では、共和党だけではなく、民主党内部でも、イランに対して宥和的な態度をとるのはよくないという考え方が強くなっている。そのため、バイデン政権もイランへの警戒感を崩していない。
中東政策のもうひとつの焦点であるイスラエルとの関係はどうか。
オバマ政権時代には、アメリカはイスラエルとかなり距離を置いていた。当時のネタニヤフ首相とオバマ氏との相性がよくなかったこともその原因だった。ネタニヤフ氏は、オバマ政権時代、議会の多数を占めていた共和党の招きにより米議会で演説し、イラン核合意に対する反対意見を堂々と述べ、オバマ政権を批判した。
次のトランプ大統領は、オバマ政権の対イスラエル政策を転換し、イスラエルに対して目に見える形で接近した。エルサレムを正式にイスラエルの首都と認め、アメリカ大使館をテルアビブからエルサレムに移すなど、イスラエルの要望に沿い、パレスチナの要望を抑える形で中東政策を展開した。
一方、イランは「イスラエルは抹殺しなければならない」と述べるなど、強硬姿勢をとり続けており、それについていけないアラブ諸国も出てきた。このような状況を受け、アメリカの支援が大きな原動力となり、アラブ諸国の中にイスラエルとの和解の流れが出てきたのである。
その結果、トランプ政権末期の2020年に、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、スーダン、モロッコがイスラエルとの国交正常化で合意した。そして同年9月15日には、トランプ大統領の仲裁によって、イスラエルとUAE、バーレーンの間でアブラハム合意が結ばれ、イスラエルとの友好関係促進で合意した。(その後、スーダンとモロッコも合意に加わった)
▲写真 アブラハム合意調印式。(左から)バーレーンのザイヤーニ外相、イスラエルのネタニヤフ首相、トランプ米大統領、アラブ首長国連邦のアブドラ外相(2020年9月15日 米・ホワイトハウス) 出典:Alex Wong/Getty Images
当初バイデン政権は、イスラエル優遇の色彩が強いアブラハム合意を認めないのではないかとの見方もあった。ところが2021年9月15日のアブラハム合意1周年に当たり、ブリンケン国務長官が当事国が参加するオンライン会議を主催し、「トランプ前政権が成功させた国交正常化に向けた取り組みを、バイデン政権は受け継いでいく」と述べた。
こうした発言からも、イスラエルとの距離を置き、パレスチナの要望に最大限の配慮をするという民主党リベラル派の伝統的な中東政策は転換されつつあるようにみえる。中東情勢は大きな流れとしては、イスラエルを優遇する方向に動いていくとみられている。
2021年5月10日からの11日間、パレスチナのテロ組織「ハマス」とイスラエルの戦争が勃発した。ハマスは4,000発のミサイルやロケットを発射したが、イスラエルはミサイル防衛システム「アイアンドーム」(鉄のドーム)によって90%を撃ち落とし、死者は12人にとどまったという。これに対して、パレスチナ側は百数十人もの死者が出た。
▲写真 ガザ地区北部からイスラエルに向けて発射されたロケット弾を撃ち落とすイスラエルのミサイル防衛システム「アイアンドーム」(2021年5月14日 ガザ地区から撮影)。 出典:Fatima Shbair/Getty Images
このイスラエルの圧勝によって、イスラエルがさらに強く認知されるようになった。結局、バイデン政権においても、大きな流れとしては、イスラエルとの関係を重視し、イランへの警戒を保ちながら慎重に政策を進めていくというトランプ政権時代の中東政策は維持されるのではないか。
ただし、アメリカ政府の政策全体における中東問題の比重は減少してきている。バイデン政権には中東にエネルギーを注ぎ込む余裕はなく、また中東の石油への依存度が低下しているからだ。
北朝鮮との関係に関しては、2019年の米朝会談が決裂して以来進展はない。バイデン政権において、北朝鮮問題はそれほど切迫した課題とはとらえられていないようだ。北朝鮮の非核化がワシントンで話題になることはほとんどない。
アメリカの対日政策は、共和党、民主党問わず一見、安定しているようにみえる。しかし、いくつかの重要な問題点もある。
4月に訪米した菅前総理はバイデン大統領と日米首脳会談を行い、共同声明でも「日本が防衛力を強化していく決意をした」と述べたが、日本側が防衛力強化に向けた具体的なアクションをとっていないことを私は懸念している。
私が長年アメリカの動向を考察していて感じるのは、日米同盟の特殊性である。アメリカが他国と結んでいる同盟と異なり、日米同盟は双務性に欠ける。例えば、米軍が太平洋のどこかで攻撃された場合や台湾有事の際に、日本がどう動くかは明確ではない。
憲法9条の制約によって、日米同盟はフル稼働できない状況にある。トランプ前大統領が「日米同盟は不公平だ」と語ったように、アメリカには本音の部分でそうした不満がくすぶっている。
一方、アメリカはソ連(ロシア)と2019年まで中距離核戦力(INF)全廃条約を結んでいたために、地上配備の中距離ミサイルをほとんど保有していないが、中国は中距離弾道ミサイルを約2,000基、北朝鮮も数百基を保有している。
▲写真 中国人民軍の中距離弾道ミサイル(DF-21) 出典:Andy Wong – Pool /Getty Images
この危険な不均衡に対してアメリカの防衛実務の担当者の間では、アメリカが中距離弾道ミサイルを日本などに配備するか、あるいは日本に自主的に配備することを求めるという構想が検討されている。しかし、日本の政治情勢を考えると、現在それを提起することは難しい。
いずれにせよ、中国による尖閣侵攻といった危機が想定される中で、日本が日米同盟の特殊性、片務性を抱えたまま、現状を維持し続けることは難しくなってきているといえよう。バイデン外交の回顧と展望という作業の末にどうしても浮かんでくるのは日本にとっての国難なのである。
(終わり。その1、その2、その3、その4、その5、その6。全7回)
**この記事は公益財団法人の国策研究会の月刊機関誌「新国策」2021年12月号に掲載された古森義久氏の同研究会での講演の記録の転載です。
トップ写真:懇談する岸田首相とバイデン米大統領(2021年11月2日 英・グラ スゴー) 出典:内閣広報室/外務省ホームページ
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。