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.経済  投稿日:2014/8/9

[神津多可思]<人手不足を「成長のバネ」に>中小企業ではバブル余韻の残る90年代初めと同じぐらいの不足感


神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)

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6月の有効求人倍率は1.10倍にまで上昇した。それは、2008年のリーマン・ショック前はおろか、90年代後半に起こった銀行危機以前の高さである。

7月初めに発表された日銀短観をみても、企業の雇用についての判断を示す「雇用判断D.I.」では、回答した約1万社の中で、過剰と答えた企業よりも不足と答えた企業のほうが多かった。とくに中小企業での人手不足感が強く、中小企業に限ってみれば、バブルの余韻がまだ残る90年代初めと同じぐらいの不足感となっている。

つい先ごろまでは雇用の確保が問題であると盛んに議論されていた。しかし、ここに来てにわかに「雇用の天井」が意識され、それによる成長制約が盛んに指摘されている。

人口減少でも同じような議論の転換がある。南アジアやサハラ以南のアフリカなどで、かつて国連などが貧困の原因の1つとして指摘していたのは人口増加である。しかし、今の日本では、人口減少による貧困化が懸念されている。

労働力にせよ、人口にせよ、その増減そのものが常に良いとか悪いとかとは、本来、言えないはずだ。その時代や条件の違いによって、「良い人手不足」や「悪い人手不足」が存在する。良い労働力不足とはどんなものか。

製品の出荷が増えて機械設備の稼働率が上昇すると、設備そのものが増強され、設備投資が増える。労働市場から見ればそれが雇用増になるが、機械設備と違って高齢化社会では働き手の数に限界がある。したがって、十分な人手が確保できず、成長が制約される。これが心配論のロジックだ。

ここでまず思い起こすべきは「合理化」である。高度成長期には機械設備の数も増えたが、同時に合理化が間断なく進められた。その結果、労働者一人当たりの機械装備はどんどん充実し、それによって労働生産性も上昇した。そうした動きは、企業が人手不足を感じる中で進んだのである。

人手不足は設備投資の誘因となり、その設備投資がもたらす労働生産性の上昇は賃金上昇の根拠ともなる。そういう展開になれば、人手不足は成長の起点になる。

他方、現在の日本経済は、新興経済国の目覚ましい発展を受け、国内と海外の間でビジネスを切り分ける必要に直面している。世界中で盛んに行われている直接投資と輸送ネットワークの著しい進歩の結果、単純作業であれば地球上のさまざまな場所で行うことができるようになった。同じ作業であれば結局は賃金の安い場所に移る。世界的にはなお賃金水準の高い日本で、これまでと同じ作業を続けたくても、より廉価にできる場所が海外にあるなら、それはかなわない。

したがって、日本経済全体としては、労働人口が減っていく中で、今後も国内に残すことができるビジネス分野へと人的資本を集中させていく必要がある。労働需給がタイト化する中で、労働市場ではミスマッチ(雇い手と働き手のニーズの食い違い)の度合いも増している。

東北復興や東京オリンピック開催に関係した建設・土木分野での人手不足が注目されているが、グローバル化が進む中では、ミスマッチの分野がさらに広まる。

所得水準の高い先進国では、総じて高齢化が進んで行く。新興国では、相対的にはまだ所得水準は低いが、急速に上昇しつつある。そうしたことを念頭に置き、これからも日本経済がグローバル市場に提供し得る財・サービスの分野を特定しなければならない。

それと並行して、その分野に必要な能力を備えた人材を育て、その資本装備率を引き上げることで生産性を向上させ、一人当たりの所得をさらに増やしていく。それが人手不足を起点にした今後の良い循環のイメージだ。

これを現実のものとするためには、新しい経済環境にマッチした教育・訓練の体制を、学校、企業、社会の各ステージで創り出さなければならない。さらに企業経営においては、国内にどのような機能を残すか、はっきりと意思決定を行う必要に迫られる。当然、事前には答えが分からない問いだ。

しかし、日本経済全体として、これまでと同じ企業行動は続けられないことは、はっきりしている。政府の成長戦略においても、企業行動の変化を促すところに次第に力点が移ってきている。

 

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