朝鮮労働党8期30回書記局会議以降の異常兆候

コリア国際研究所所長 朴斗鎮
【まとめ】
・北朝鮮では今年に入り、金正恩の最側近趙甬元書記や李日煥書記らの姿が消える異常な兆候が見られる。
・地方組織の組織ぐるみの職権乱用・不正事件を受け、検閲部門が強化される中、李煕用検査委員長らが台頭している。
・幹部動向の異変は、不動と見られてきた金正恩体制の指導部構成に揺らぎが生じる可能性を示している。
北朝鮮では今年に入って軍事偏重路線に合わせた金正恩偶像化に拍車がかかっているが、これまでにない異常兆候も目につく。それは組織指導部を掌握する趙甬元(チョ・ヨンウォン)書紀と宣伝扇動部を担う李日煥(リ・イルファン)書記の姿が見えないことだ。趙甬元は、3月以降主要行事に姿をみせておらず、李日煥に至っては今年に入って姿を見せていない。特に趙甬元については、金正恩体制以来金正恩の最側近として、一度も地位に揺らぎがなかったため、その異変に注目が集まっている。
また金正恩の世話役として、あらゆるイベント場面で金正恩につきまとっていた玄松月(ヒョン・ソンウォル)党副部長の姿も見えない(不正事件が発覚したとの情報もある)。そして金正恩の妻の李雪主も姿を消して久しい。いま目立つのは、金正恩が娘のジュエを連れ歩く姿となっている。
こうした最側近の姿が見えなくなったのは、1月27日の党中央委員会第8期第30回書記局拡大会議で、地方幹部の権力乱用「不正事件」が糾弾され、党組織全体の検閲が強化されたタイミングと一致する。
職権乱用行為を糾弾した党書記局拡大会議
1月27日に開かれた党中央委員会第8期第30回書記局拡大会議では、地方組織の「組織ぐるみの不正事件」が摘発され大々的に取り上げられた。朝鮮中央通信はこの会議について「この会議は、最近、否定的な特権・特殊行為を働き、人民の尊厳と権益を甚だしく侵害する重大な事件が、南浦市温泉(オンチョン)郡と慈江道雩時(ウジ)郡で発生したことと関連して招集されたものだ」と報道した。この事件の報告は、組織担当書紀の趙甬元と規律部長兼書紀の金才龍(キム・ジェリョン)が共に行った。
金正恩総書記はこの会議で、これらの事件に怒りを露わにし「わが党が一番軽蔑する党内の腐敗とあらゆる規律違反行為を主動的に、積極的に制圧することに規律調査部門が基本標的を定め、厳格な規定と細則に基づいて「狙撃戦」、「追撃戦」、「捜索戦」、「掃討戦」を強力に展開すべきだと」言明したという。そして、この会議直後、雩時(ウジ)郡の農業監察機関監察院と安全部長など関連者については、直ちに処刑を命じたとの情報が確認されている。
地方組織の職権乱用が多発する背景
今回事件の特徴は、個別的幹部の問題ではなく、組織ぐるみの「不正腐敗」問題として処罰糾弾され処罰されたことにある。そこでの注目点は、金正恩が、昨年1月の最高人民会議で打ち出した「20×10政策」(毎年20の市・郡を選定して工場などの建設を行い、10年以内に全国約200の市・郡において住民の生活水準を向上させるという政策)過程で起こっていることだ。資金も資材もない中で、主観的願望の政策を遂行するには、党の地方組織が住民を絞るしかなかったと思われるが、こうした党組織に対する住民の不満が爆発し、金正恩が処罰するに至ったと見られる。
この「20×10政策」は、「国家第1主義(金正恩第1主義)」と、その対極にある「人民第1主義」をくっつけた矛盾する政策であったために、当初から多くの専門家が?をつけていた政策だった。
この職権乱用の不正事件に、趙甬元書紀や李日煥(リ・イルファン)書記などが何らかの形で関与していたとすれば、彼らは現在ある種の検閲を受けている可能性がある。韓国の統一部などは、党創建80周年や、年末から来年初頭にかけて開催が予想される第9回党大会に向けた「特別任務」に従事している可能性を指摘するが、これまでそうした例は殆どない。
検閲強化と李煕用の台頭
この人事で注目されたのは、検閲・規律部門が強化され、検査委員会委員長に平安北道党責任書記だった李煕用(リ・ヒヨン)が政治局委員・書記として抜擢されたことだ。最近、党指導部内で検閲が強化されているのではと推測されるのは、李煕用(リ・ヒヨン)検査委員会委員長と、金才龍(キム・ジェリョン)規律調査部長など検閲部門幹部の動きが目立つためである。彼らはこのところ、趙甬元や李日煥に代わり、朴泰成総理や金徳訓書紀と並んで、主要行事に金正恩とともに度々顔を出している。
*李煕用書記(党政治局委員)は、朝鮮労働党代表団団長として、2月24~28日にロシアを訪問。26日に「統一ロシア」のD・メドベージェフ委員長、27日にプーチン大統領と面会。25日には、「統一ロシア」との間で多面的な協力の拡大および深化・発展に関する2025年−2027年の議定書を調印した。
また指導部内のこのような状況を反映してか、金正恩が、金日成誕生記念日(4月15日)、錦繍山太陽宮殿への参拝を欠席しただけでなく、幹部だけで行った参拝写真も、後ろ姿だけの写真となっており、どういった幹部が参拝したか全くわからない状態となっている。こうしたことはこれまで一度もなかった異例の情景と言える。
これまで北朝鮮では、2011年1月に開かれた朝鮮労働党大会後の軍事パレードで、妹の与正、趙甬元、玄松月が金正恩と同じの黒革のコートに身を包んで登場したことから、この4人が不動の指導部と見られてきたが、今回の異常兆候は、それが揺らぐ可能性も示している。
トップ写真)北朝鮮の平壌で、露朝会談後の空港での出発式で手を振る北朝鮮の最高指導者金正恩ー2024年6月19日、平壌・北朝鮮
出典)Photo by Contributor/Getty Images
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この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

