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.国際  投稿日:2025/5/16

移民政策における欧州の転換点:英国とフランスの「質」を求める動き


Ulala(著述家)

フランスUlalaの視点」

 

【まとめ】

・欧州の移民政策、人道主義から経済的貢献や社会統合を重視する方向へ。

・大量の移民流入による治安悪化で、市民の生活が脅かされている。

・日本も移民受け入れを増やすならば、治安や社会保障への影響を考慮する必要がある。

 

 

この数年、ヨーロッパ各国の移民政策が大きく変わっている。例えば英国では、労働党のキア・スターマー首相が発表した「移民制度の厳格化に向けた白書」によれば、熟練労働者を含む移民に対するビザや永住権の取得条件が厳格化された。この計画では、労働ビザ、家族再会ビザ、学生ビザなど、あらゆる種類のビザに対する条件が強化され、国境管理を「取り戻す」ことが目指されている。特に、熟練労働者に対しては、学士号と同等のレベルの学位を証明することが求められるようになった。言語能力についても、技術労働者ビザの場合欧州言語共通参照枠(CEFR)のB1レベルからB2レベルに引き上げられる。永住権についても、従来の5年間の滞在から10年間の滞在が必要となるなど、大幅な変更があったのだ。

これは、英国に限った話ではない。同様にフランスでも、単なる受け入れから、より質の高い移民を求める方向へと政策が転換している。この背景には、治安の悪化や社会保障への負担、国民の不安が大きくなったことがある。

■英国とフランスが移民に対して「質」を求める動きになった背景

かつて、ヨーロッパ諸国、特にドイツやフランスといった国は、人道主義的な観点から、比較的寛容な姿勢で難民や移民を受け入れてきた。特に、ドイツは長らくヨーロッパにおける最大の難民受け入れ国であった。

しかし、シリア危機をはじめとする国際情勢の変化に伴い、大量の難民や移民が欧州に流入したことで受け入れ国の社会統合や社会保障制度に大きな課題をもたらし、その結果、ドイツ、イギリス、フランスなどの国では、治安の悪化や文化的摩擦が原因での問題がおこった。特に治安の悪化は、国民の間に不安を広げ、ヨーロッパ各国で排他的な思想を持つ極右政党の支持率を押し上げる大きな要因の一つとなったのだ。

英国における今回の政策転換も、反移民を掲げる「リフォームUK」党からの圧力に対応する側面がある。フランスも同様だ。この何年かで、反移民を掲げてきた歴史を持つフランスの代表的な極右政党である国民連合(RN)が支持率を大きく伸ばし、移民問題に関する国民投票を望む声が70%に上るなど、国民の間に移民政策に対する懸念が広がっていることが見て取れる。

こうした状況を受けて、ヨーロッパの各国は移民政策の見直しを進めているところだ。以前はEU最大の難民受け入れ国であったドイツは、複数の攻撃事件への対応などから移民政策の引き締めを断行している。具体的には、国境管理の強化、非正規滞在難民の送還、他のEU国から入国した移民への財政援助制限、外国人犯罪者の追放容易化といった措置だ。

このようにドイツが門戸を狭めた結果、以前は安定していたフランスへの難民申請数が急増し、2025年2月にはフランスがEU内で最も多い13065件の難民申請を受け取る国となった。これはスペインやドイツを上回る数字である。

このように難民申請が増加した背景には、フランスが他の欧州国と比較して宿泊施設がない難民申請者への社会保障給付が手厚いこと(月額426ユーロ)や、非正規滞在者でも医療費が無償となる医療扶助(AME)が存在すること、さらには地位に関わらず全ての人に緊急宿泊施設を提供する原則があることなどが、高い難民申請数の一因として指摘されている。

人道的な配慮に基づいた制度は、結果として難民申請者にとって魅力的な要因(「呼び水」効果)となってきており、多くの難民希望者がやってくる原因にもなっているのだ。

しかし、このように魅力的な条件が理由で難民申請者が増加しても、それは決して国の利益になるわけではない。また、例え 難民申請をしたとしても、当然のことながら全員が受け入れられるわけではない。受け入れられなかった希望者は強制送還となるが、そこにももちろん費用はかかるのだ。難民申請希望者の人数が増加すれば増加するほど、支出負担が増え、治安が悪化するリスクの側面も大きい。

例えば、フランスがいかに多くの宿泊施設を用意しても急増した難民申請希望者 の数には追い付けない状況となっているため、パリの路上で宿泊施設が割り当てられるのをまっている人たちも多く存在するのだが、そんな路上で生活していた難民申請希望者450人が3カ月以上、パリ中心部にある劇場「ゲイテ・リリック」を不法占拠したことがあった。不法占拠された劇場はもちろん運営ができない状態が続き大問題となったのだ。このように、次々とやってくる難民申請希望により市民の生活が脅かされることが増えていることも事実なのである。

そこで、より厳しい移民政策を提示することが不可欠となってきたのだ。

■フランスの現在の難民、移民、帰化政策

こうした背景のもと、フランスでは移民フローのコントロールを重視し、社会統合を前提としたより厳しい政策が導入された。2024年1月に公布された「移民法」(「移民をコントロールし、統合を改善するための法」)、その後の施行令、そしてブリュノ・ルタイヨ、内務大臣による帰化政策に関する通達などによって、多岐にわたる改革が進められている。主な政策変更は以下の通りだ。

・ 共和国原則遵守契約

 2024年7月17日以降、滞在許可を求める外国人は、個人の自由、表現・良心の自由、男女平等、尊厳の尊重、ライシテ、共和国の標語や象徴といった「フランス共和国の原則を尊重する旨の契約」に署名することが義務付け

  •  難民申請者の居住指定・追放

公共の秩序への脅威となる難民申請者に対して、居住指定が可能に。また、難民申請が最終的に却下された場合、知事は15日以内に強制退去命令(OQTF)が出すこととなっている

  •  非正規滞在者の正規化(限定的)

人手不足の業種で働く非正規滞在者に対し、例外的に正規化の道が開かれた。これは、知事の裁量による個別審査で、フランスに3年以上滞在し、過去24ヶ月間に12ヶ月以上働いていることなどが条件となる。ただし、これは2026年末までの実験的な措置であり、犯罪歴がある者は対象外

  •  非正規滞在の違法化

非正規滞在は再び違法行為とされ、最高3750ユーロの罰金が科される可能性がある

  •  犯罪者の追放容易化

3年以上の懲役刑に相当する罪で有罪判決を受けた外国人、例えば家庭内暴力や公職者への暴力といった犯罪に対する追放が容易化

  •  社会保障給付・住宅手当の条件厳格化

家族手当などの社会保障給付や住宅手当(APL)の受給には、非労働者は5年間、それ以外の者は30ヶ月(APLは3ヶ月)のフランスでの滞在期間が条件として追加。ただし、外国人留学生、難民、滞在許可証保持者はこれらの制限から除外

  •  家族再会の条件厳格化

家族再会の条件も厳しくなり、申請者の滞在期間が24ヶ月(従来18ヶ月)に延長。そのほか、安定的かつ十分な収入と健康保険の加入が必須となり、配偶者の最低年齢も21歳(従来18歳)に引き上げられた

  •  病気外国人への滞在許可制限

病気を理由とする滞在許可は、原則として「出身国に適切な治療がない場合」に限定され、十分な資力があると判断された場合は健康保険の適用外となる可能性がある

  •  帰化政策の厳格化

ルタイヨ内務大臣は、フランスへの帰化条件を厳格化し、「同化」とフランスへの「帰属意識」を重要な判断基準とする方針を明確にした。 2026年1月1日からは、「市民文化」および「フランス史」の知識を測る「市民試験」が導入される予定。 これは、基本的なフランスの歴史、制度(原則や象徴)に関する知識を問うものとなる見込みだ。 フランス語能力(B1レベル)の証明は引き続き必要となる。さらに、帰化には経済的な自立が強く求められるようになり、十分な収入があり、国の社会保障制度に過度に依存しないこと、無期雇用契約(CDI)または過去24ヶ月に一定期間の有期雇用契約(CDD)があるなど、職業的な統合が必須とされている

一方で、フランス経済、特に人手不足が深刻な分野(ホームヘルパー、建設、清掃など)では移民労働者が不可欠な存在であり、社会モデルを維持するためには年間25万人から3万人の移民労働者が必要だという提言もある。国民の間でも、経済ニーズに基づいた「選ばれた」移民には比較的高い支持があるという調査結果も出ており、移民政策は単なる制限ではなく、必要な人材を受け入れる側面も強化されているといえる。

■同じ道をたどる日本への示唆

ヨーロッパの移民政策は、かつての人道主義から、経済的貢献や社会統合を重視する方向へ変わってきている。現在は、不法滞在者、社会に問題を引き起こす人物(犯罪者など)、あるいは国の社会保障制度に過度に依存する人物は、もはや積極的に受け入れられないという意思をはっきり表明しており、国の価値観を共有できる人材を求める姿勢が明確だ。

日本も移民受け入れを増やすとした際、治安や社会保障への影響を考慮する必要がある。現在ヨーロッパが直面している多数の移民・難民流入に伴う治安や社会保障制度の圧迫している状況、および「質の追求」という方向への政策変換の経緯は、今後日本が移民受け入れを進めて同じ道をたどる可能性を考える上でも、参考となることは間違いない。

 

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トップ写真)小型ボートで英国の海岸に到着した移民@イングランド・ドーバー 2025年5月12日

出典)Photo by Carl Court/Getty Images)

 




この記事を書いた人
Ulalaライター・ブロガー

日本では大手メーカーでエンジニアとして勤務後、フランスに渡り、パリでWEB関係でプログラマー、システム管理者として勤務。現在は二人の子育ての傍ら、ブログの運営、著述家として活動中。ほとんど日本人がいない町で、フランス人社会にどっぷり入って生活している体験をふまえたフランスの生活、子育て、教育に関することを中心に書いてます。

Ulala

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