金正恩、李在明政権登場で対韓国主導権回復か(上)

朴斗鎮(コリア国際研究所所長)
【まとめ】
・李在明政権は発足直後から対北朝鮮政策を従北的かつ宥和路線へ大きく転換し、9・19軍事合意の復元を進めようとしている。
・民間団体による北朝鮮との接触も再び認可され、人道支援名目での交流が相次いで承認されるなど、南北関係の改善に積極的な姿勢を示している。
・一方、NATO首脳会議への出席を拒否するなど反米的な動きも見られ、米韓関係には緊張が生じ始めている。
韓国における李在明政権の登場は、朝ロ密着とともに、金正恩に一息つく絶好の機会を与えている。金正恩は今「南北敵対2国家路線」の枠内で、この政権の利用方法を検討中だ。
こうした金正恩の関心を引こうとする李在明大統領は、素早く対北朝鮮政策を従北的宥和に大転換するとともに反米的姿勢も明らかにした。
金正恩に迎合する李在明政権の従北・反米政策
1)「9・19軍事合意」の復元を急ぐ李在明政権
李在明政権の最初の国防長官に指名された安圭佰(アン・ギュベク)候補者(共に民主党議員)が6月27日、「北は我々の敵であり同胞」とし「9・19南北軍事合意問題も復元する必要がある」と明らかにし、北朝鮮有利の軍事状況の再現に乗り出した。安氏は1951年の5・16軍事クーデター以来64年ぶりの文民国防長官に指名された人物だ。
9・19軍事合意の復元は李在明大統領の大統領選挙公約事項である。李在明政権は発足直後、先制的に対北朝鮮拡声器放送を停止するなど南北間の緊張緩和のための措置を取った。北朝鮮もすぐに対韓国騒音放送を停止して呼応した。
ただ、9・19軍事合意の復元時期については「今すぐ復元するよりも、状況とさまざまな条件を総合しながら、どうすれば南北が最も平和に暮らせるか最適化する」とし、余地を残した。在韓米軍の役割調整の可能性と米国側の国防費増額要求については「大韓民国はもう昔のレベルの大韓民国でない」とし「堂々と自信を持って臨まなければいけない」と述べた。
しかし、北朝鮮は昨年、金正恩の「敵対的な二つの国家」宣言に基づき、軍事境界線(MDL)近隣に地雷を埋設するなど南北断絶措置を強行している。拡声器放送の停止は境界地帯の住民の苦痛を解消するという名分があったが、北朝鮮側が先に9・19合意破棄を宣言して韓国側に敵対的措置を継続する中、韓国政府がこれを先制的に復元するのは無理があるという指摘も出ている。安氏が9・19合意復元という方向を明確にしながらも時期については留保的な立場を表したのはこうした理由のためとみられる(中央日報日本語版2025.06.28 )。
2)拡声器放送を中止し北朝鮮との民間交流を相次ぎ承認
尹錫悦(ユン・ソクヨル)前政権が事実上禁じていた民間団体による北朝鮮側との接触も李在明政権が積極的に認めていることが6月25日分かった。前政権は「北朝鮮の挑発と南北関係の悪化」などを理由に2023年後半から民間による北朝鮮側との接触申請を認めてこなかったが、南北関係の改善を最優先課題に挙げる現政権が発足したことで方針が変わった。
統一部当局者は聯合ニュースの取材に対し、「民間レベルの北との意思疎通チャンネルの復旧が必要な状況だと判断し、関係機関との協議を通じて民間による北の住民との接触申請を積極的に検討することが決まった」と明らかにした。
統一部は6月19日、人道支援を目的とする民間団体の北朝鮮住民との接触申請2件を承認した。韓国政府が接触申請を承認したのは、昨年8月以来(当時は北朝鮮で洪水被害が発生し例外的に認められた)。統一部はその後も数件の申請を承認したという(聯合ニュース2025/6/25)。
こうした中で、仁川江華警察署は6月27日午前1時6分ごろ、仁川市江華郡下店面望月墩台で20-50代の米国人男性6人を逮捕したと発表した。6人が北朝鮮に1300本のペットボトルを流そうとしたところ、出動した警察官に逮捕された。2リットルサイズのペットボトルの中には米、1ドル紙幣、韓国映画が保存されたUSBメモリー、小さく巻かれた聖書などが入っていた。警察の関係者によると、ペットボトルの中に北朝鮮の体制を批判するビラは入っていなかったという。外国人が北朝鮮にペットボトルを送ろうとして逮捕されるのは異例だ。
3)NATO首脳会議出席拒否で反米色も
李在明大統領は、6月15~17日にカナダ・アルバータ州で開催された主要7ヵ国首脳会議(G7サミット)に、議長国であるカナダの招待を受け、オブザーバー資格で出席し、豪州や南アフリがなど数カ国と首脳会談を持ったが、トランプ米大統領との首脳会談は実現しなかった。この間、ブラジル大統領やフランス大統領から軽く扱われたとのニュースが報道されるなど、欧米が李在明大統領を警戒する様子なども報道された。
こうしたことから、6月24日に開催される北大西洋条約機構(NATO)首脳会議でのトランプとの会談が注目されていたが、李在明大統領は不参加を決め込んだ。NATOは、中国の脅威に関する議論を開始した2022年から、インド太平洋パートナー4ヵ国(IP4)を毎年首脳会議に招待してきた。
この不参加決定に対して与党「共に民主党」は、大統領室の決定を積極的に擁護した。「共に民主党」は、イスラエルのイラン攻撃やイランの核製造施設を直接打撃した米国を批判している。こうした立場は、北朝鮮の立場と軌を一にするもので、トランプ政権との溝を深めるものだ。
トップ写真)韓国の新大統領に選出された李在明氏 2025年6月4日 ソウル・韓国
出典)Photo by Ahn Young-Joon – Pool/Getty Images
あわせて読みたい
この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長
1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統

執筆記事一覧































