ICC赤根所長に米制裁 仏は「非難」、日本は「大変残念」
安倍宏行(Japan In-depth編集長・ジャーナリスト)
【本稿のポイント】
・フランスは「非難」し制裁の撤回を求め、EUは「深く遺憾」と表明した。日本政府は「大変残念」。当事国でありながら、最も弱い言葉だった。
・制裁の重さは米国内の資産凍結ではない。二次制裁を恐れた日本の銀行が、日本国内の預金口座を止めてしまう可能性にある。
・議連は政府に5項目を求めている。首相の言葉、米政府への直接の申し入れ、有志国との共同行動――いま動かなければ間に合わない。
2026年8月18日、米財務省外国資産管理室(OFAC)が、国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子所長とアブドライ・セイ上級法廷弁護士を制裁対象に指定した。米国内の資産は凍結され、米国の金融システムからも遮断される。日本人が長を務める国際司法機関のトップが、同盟国から制裁を科された。
翌19日、日本政府が出した外務報道官談話は「今回の措置は大変残念です」。抗議も撤回の要求もない。同じ日、超党派の「人権外交を超党派で考える議員連盟」は「最も強い言葉で非難する」との緊急声明を出した。この落差は何を意味するのか。議連顧問で元検察官の弁護士・山尾志桜里氏に聞いた。
▶ 本編動画(Japan In-depthチャンネル)=https://www.youtube.com/live/NgCIjfIHEJU
■ なぜ日本政府の反応は「大変残念」だけだったのか
国際的な場で「残念」と述べることは、非難したことにはならない。談話が使ったのは「アンフォーチュネト(unfortunate)」であり、遺憾を意味する「リグレット(regret)」ですらない。相手に何かを伝える意思を含まない、最も弱い言葉だ、と山尾氏は指摘する。
主語もない。米国の主体的な行為であるにもかかわらず、当事者が存在しない不幸であるかのように語られている。
赤根所長は2026年1月7日に高市総理大臣を表敬している。その場で総理は、日本人の所長が活躍していることを誇らしいと述べ、しっかり支援すると語った、と山尾氏は明かす。誇りとして語るのであれば、窮地では全力で守らなければ「いいとこ取り」になる。
各国と並べると、その弱さは一目でわかる。フランスのヨーロッパ・外務省は、ICCとその職員に対する「あらゆる形態の脅迫や強制措置を非難します」とし、大統領令に基づく制裁の撤回を米国に求めた。EUのカラス上級代表は「深く遺憾(deeply regrets)」と表明し、ICCを断固支持すると述べた。ICC自身は「あからさまな攻撃」であり「法の支配を損なう」と反発した。
非難(フランス)、遺憾(EU)、そして残念(日本)。所長を送り出した当事国の言葉が、最も弱い。しかも日本の対応が出たのは、制裁から丸一日以上たった19日の夜だった。
ただし山尾氏は、抗議しなかったこと自体を責めているのではないと明言する。安全保障を米国に依存する現実を前提としたうえで、米国を名指ししなくても「ICCを断固支持する」という言い方の幅はあった。それを詰めた跡が見えない、というのが批判の中身である。
■ ICC制裁は、日本国内の銀行口座に及ぶのか
根拠は2025年2月の大統領令14203である。指定の権限は国務長官に委ねられている。今回もルビオ国務長官の声明で発表された。OFAC(米国財務省・外国資産管理室) は9月17日までの取引の巻き戻しを認める一般許可を出した。
制裁の中身は三つある。米国内資産の凍結。本人と家族の入国不可。そして制裁対象者に物品やサービスを提供した個人・法人が対象になり得る二次制裁である。米国民が故意に違反すれば最大100万ドルの罰金、20年以下の身柄拘束もあり得る、と山尾氏は説明する。
金融も決済もITも、その多くを米国企業が握る。クレジットカードは使えず、送金はドルや米国企業を経由する。資産が凍結されるというより、生活が凍結されるのに近い。
そして、番組で最も重い指摘がここから出た。二次制裁を恐れた日本の銀行が、日本国内の口座からの引き出しや支払いを止めてしまう可能性がある。
これは米国の措置ではない。日本の銀行が、日本国内で行う判断だ。各行はすでに方針を固めているはずだと山尾氏は見る。
どの銀行が、米国の国内法の脅しに屈して過剰な法令順守(オーバーコンプライアンス)に走るのか。それは預金者の資産を守るという銀行の使命に反しないのか。凍結するのであれば、どう説明するのか。「これを見ておきたい」。山尾氏はそう述べた。
政府が米国に何も申し入れないままであれば、この判断の重荷は、そのまま民間の銀行に降りてくる。
■ 日本はいま、何をすべきか
議連の緊急声明は、政府に五つを求めている。首相・外相による即時の抗議表明、米国政府への直接の申し入れ、赤根所長の職務継続への支援、有志国との共同行動、そして国内法制の検討加速である。
山尾氏は、いまからでも遅くないと言う。前日の発言と矛盾するわけではないのだから、総理は自分の言葉でICCの価値を語り、同胞を守ると言い添えることができる、と。
議連は総会を開き、外務省と法務省を呼んで各国の対応を確かめる方向だという。
赤根所長自身は、自分が制裁を受けないようにするために日本が物を言わないのは本末転倒だ、と繰り返し述べてきた。守るべきは自分の身ではなく、法の支配だ、と。
■ なぜ日本はICCを守らなければならないのか――東京裁判という原点
日本は全締約国中で最大の分担金拠出国であり、分担率は約15.4%、金額にして約36.9億円(2024年)にのぼる。
その根には東京裁判がある、というのが山尾氏の整理だ。勝った国が負けた国を裁く枠組みへの割り切れなさを抱えながらも結果は否定せず、その代わりに常設で中立な裁判所を目指した。約50年をかけてたどり着いたのがICCである。一度解体されれば、再建にも同じだけの時間がかかる。
ICCの声明によれば、18人の裁判官のうち9人、次席検察官2人の双方、前検察官、職員1人がすでに制裁対象だ。裁く側も訴追する側も止まりかけている。それでも山尾氏は風前の灯だとは見ない。締約国は125カ国にのぼる。
国際機関に送り出した日本人を守り切れるのか。それは国家の尊厳が試される場面だ。
番組では、米国内で動く三つの訴訟や、愛国と愛政府の違いまでが語られている。とりわけ、なぜICCは中国を裁かないのかという問いに山尾氏が管轄権の仕組みで答えるくだりは、結論だけを切り取っても伝わらない。ぜひ本編でご覧いただきたい。
▶ 本編動画(Japan In-depthチャンネル)=https://www.youtube.com/live/NgCIjfIHEJU
■番組で語られたそのほかの論点
・[07:25]〜 米国を名指ししなくても取り得た選択肢はあったか
・[11:02]〜 大統領令は万能ではない――米国内で動く3件の訴訟
・[24:02]〜 ICCは「ダブルスタンダード」なのか――管轄権と補完性の原則
・[27:19]〜 食料品消費税「検討加速」は公約だったのか
・[30:14]〜 択捉へのロシア要人訪問と、呼びつけられた日本大使
・[31:22]〜 中ロ合同演習、北朝鮮のミサイルと、ミドルパワー連携
・[45:06]〜 ICC初期の「アフリカ偏重」批判と、双方への逮捕状
・[48:08]〜 愛国と愛政府はどう違うか
・[51:04]〜 保守/リベラルの区分、SNSとオールドメディアの役割
・[58:31]〜 各党・各議員の発信の温度差
【よくある質問(FAQ)】
Q1.なぜ日本人の赤根智子ICC所長が米国の制裁対象になったのですか?
A.根拠は2025年2月の大統領令14203。米国の同意なく米国民や同盟国の国民を捜査・訴追する取り組みに直接関与したと判断された者を指定できる仕組みで、対象は外国人にも及ぶ。指定の権限は国務長官に委ねられている。
Q2.日本政府はどう対応したのですか?
A.2026年8月19日の外務報道官談話で「今回の措置は大変残念です」と表明した。抗議や撤回の要求は含まれていない。同日、超党派の人権外交議連は「最も強い言葉で非難する」との緊急声明を出している。
Q3.二次制裁とは何ですか。日本国内の銀行にも影響しますか?
A.制裁対象者に物品やサービスを提供した第三者も制裁対象になり得る仕組み。これを恐れ、法的な義務がない場面でも取引を止めてしまうことを過剰な法令順守(オーバーコンプライアンス)と呼ぶ。日本国内の預金の引き出しが止まる可能性が指摘されている。
Q4.ICCとICJは何が違うのですか?
A.ICC(国際刑事裁判所)は個人の刑事責任を裁く裁判所、ICJ(国際司法裁判所)は国と国の紛争を裁く国連の司法機関。どちらもオランダ・ハーグにあり、現在はいずれも日本人が所長を務めている。
Q5.日本はICCにどう関わっているのですか?
A.2007年10月に加盟。全締約国中で最大の分担金拠出国で、分担率は約15.4%、約36.9億円(2024年)。加盟以来、日本人裁判官が継続して選出されている。
関連リンク
・Japan In-depthチャンネル(YouTube)
https://www.youtube.com/@japanin-depth6970
トップ写真:山尾志桜里氏(2026年8月20日)ⒸJapan In-depth編集部
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この記事を書いた人
安倍宏行ジャーナリスト/元・フジテレビ報道局 解説委員
1955年東京生まれ。ジャーナリスト。慶応義塾大学経済学部、国際大学大学院卒。
1979年日産自動車入社。海外輸出・事業計画等。
1992年フジテレビ入社。総理官邸等政治経済キャップ、NY支局長、経済部長、ニュースジャパンキャスター、解説委員、BSフジプライムニュース解説キャスター。
2013年ウェブメディア“Japan in-depth”創刊。危機管理コンサルタント、ブランディングコンサルタント。












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