無料会員募集中
.国際,.経済  投稿日:2026/8/27

経済回復への正念場を迎えるアルゼンチンと日本


執筆:福澤善文(コンサルタント/元早稲田大学講師)

【本稿のポイント】


 ・日本は高市首相のもとで積極財政・消費減税へと舵を切った一方、アルゼンチンはミレイ大統領のもとで大胆な緊縮財政を進めており、両国は対照的な処方箋で長年の経済課題に挑んでいる。

 ・ミレイ政権は歳出削減や規制緩和、国営企業の民営化を断行し、財政収支の黒字化やインフレ率の大幅な改善という成果を上げつつある。

 ・その一方で、電気代や交通運賃の高騰、実質賃金の伸び悩みなど、改革の痛みは中低所得者層を中心に重くのしかかっており、両国の政策の真価が問われるのはこれからだ。

日本では高市首相のもとで積極財政への転換が進み、アルゼンチンではミレイ大統領のもとで対照的な緊縮財政が成果を上げつつある。かつてノーベル経済学賞受賞者サイモン・クズネッツが「世界には先進国、発展途上国、日本、そしてアルゼンチンの4つの国がある」と評したこの2か国が、いま正反対の処方箋で経済再生に挑んでいる。その現状と課題を、コンサルタントで元早稲田大学講師の福澤善文氏が分析します。(Japan In-depth編集部)

積極財政に舵を切る日本、緊縮を貫くアルゼンチン

日本は、2025年10月に誕生した高市首相のもと、これまでの緊縮・均衡財政から積極財政へと舵を切り、消費減税など、これまでの政権とは違った政策で長年のデフレで苦しむこの国の経済の回復と経済成長を狙っている。しかしながら、党内、マスコミなどの抵抗勢力もあり、前途多難だ。地球の裏側を見ると、長年、経済の立て直しに大ナタを振るい、やっと光明を見出しつつある国がある。それはアルゼンチンだ。

日本とアルゼンチンと言えば、「世界には先進国、発展途上国、日本、そしてアルゼンチンの4つの国がある。」というノーベル経済学賞の受賞者、サイモン・クズネッツが1960年代に語った言葉を思いだす。クズネッツが当時、意図したのは、第二次大戦後、奇跡的な経済成長を遂げ、その当時、世界の注目の的になっていた日本、そして、かつては欧州の国と並ぶ先進国でありながら、その当時、先進国から転落の一途を辿っていたアルゼンチンの2か国は対照的であり、先進国、発展途上国のカテゴリーには入らない異質の国々だったということだ。

「南米のパリ」から転落したアルゼンチン

第一次大戦前は世界でも有数の富裕国の一つであり、首都ブエノスアイレスは南米のパリとも言われていたほどのアルゼンチンは、ポピュリズム政策による迷走やクーデターなどにより、1960年代以降、その経済は混乱し、先進国の地位から転げ落ちていった。2001年の同国の公的債務のデフォルトと預金封鎖による経済危機は記憶に新しい。その後、シェール資源(原油、ガス)などの産出国である同国は資源価格高で経済は多少持ち直したものの、慢性的な財政赤字と物価高、そして、対ドルのペソ安で経済危機を繰り返して、2023年12月には前年同月比で年率211.4%もの超ハイパーインフレに見舞われた。

ミレイ大統領の大胆な経済改革

2023年末に就任したハビエル・ミレイ大統領は今までにない大胆な経済改革を進めてきた。ミレイ大統領は就任直後に通貨ペソの大幅切り下げを行い、ペソの対ドルレートは366.5ペソ/ドルから800ペソ/ドルへとなった。そのため、農産物やオイルなどのアルゼンチンの国際競争力は回復した。直近ではペソ安は更に進み1500ペソ/ドルとなり、同国の貿易黒字は急増している。

同大統領は、この国の過度なお金の流れを止めるために徹底的な歳出削減により、大胆な大手術(緊縮財政)を断行してきた。具体的には省庁数を減らすことによる公務員の大量解雇、公共事業の停止、地方政府への補助金カットなどだ。更に、同大統領は労働制度などの様々な仕組みを簡素化して規制緩和を断行し、国営企業の民営化を推進してきた。その結果、2024年1月に財政収支は16年ぶりに黒字化を果たし、黒字の状況は続いている。そして、一時は対前年同月比年率200%台まで跳ね上がったインフレ率は、2026年7月には同約33.8%まで改善した。

改革の痛み――中低所得者層に重くのしかかる負担

しかしながら、一般国民の生活を改善できるほどまでには至っていない。更に、政府の補助金カットで電気代や交通機関の運賃などは急騰している。高止まりした物価に実質賃金も追い付かず国内の消費市場は冷え込んだままだ。改革による痛みの影響をもろに受ける国民、特に中低額所得者層の生活には改善の兆しは見えない。この国の改革の正念場はこれからだ。

税収面ではどうだろう。アルゼンチンでは消費税による税収は重要だ。同国の消費税にあたる付加価値税(IVA)の基本税率は21%だ。一部の生鮮食料品や医療サービスには軽減税率が適用されるといっても10.5%だ。日本の消費税率と比べると遥かに高い。アルゼンチンでは、現金取引などの当局が捉えてない取引が多く、所得税の徴収が行き届かないため、この付加価値税こそが、政府が幅広く、明朗に徴収できる税金というわけだ。

真逆の処方箋、問われる両首脳の手腕

アルゼンチンの経済の病は深刻だ。ハイパーインフレを抑えるために同国が行ってきた政策は、日本の積極財政とは真逆だ。ミレイ大統領の国家支出の過激な削り落とし政策は、就任後2年という歳月を経て、マクロ経済改善と言う結果を出しつつある。しかしながら、改革による国民への負担は相当なものだ。これから経済改革の本番を迎える日本は、アルゼンチンとはまったく逆の政策で諸問題に立ち向かう。この2か国の政策は短期的には、結果を出せるものではないが、これからの世界経済に大きなインパクトを与えるものだ。ミレイ大統領と高市首相の手腕に期待がかかる。 以上

【よくある質問(FAQ)】

Q1:「積極財政」とはどのような政策を指しますか?
A:政府が歳出拡大や減税などを通じて、意図的に財政赤字を許容しながら経済成長を促す政策のことです。記事では、高市政権が消費減税などを通じてこれまでの緊縮・均衡財政から転換し、デフレ脱却と経済成長を目指す方針として紹介されています。

Q2:「付加価値税(IVA)」とはどのような税ですか?
A:アルゼンチンにおける消費税に相当する税で、記事によれば基本税率は21%、生鮮食料品や医療サービスなど一部品目への軽減税率でも10.5%と、日本の消費税率と比べて高い水準にあります。現金取引が多く所得税の徴収が難しいアルゼンチンにおいて、政府が広く確実に税収を得られる手段として位置づけられています。

Q3:アルゼンチンの「デフォルト」とはどのような出来事を指しますか?
A:国が対外債務の返済を行えなくなる債務不履行のことです。記事では、2001年にアルゼンチンが公的債務のデフォルトに陥り、預金封鎖を伴う深刻な経済危機を引き起こしたことが、その後の同国経済の混乱の一因として説明されています。

Q4:サイモン・クズネッツが語った「4つの国」とはどのような意味ですか?
A:ノーベル経済学賞受賞者のクズネッツが1960年代に語ったとされる言葉で、「世界には先進国、発展途上国、日本、そしてアルゼンチンの4つの国がある」というものです。記事では、戦後奇跡的な経済成長を遂げた日本と、先進国から転落しつつあったアルゼンチンが、いずれも既存のカテゴリーに当てはまらない特異な存在として対比的に紹介されています。

Q5:ミレイ大統領が行った「通貨切り下げ」とはどのようなものですか?
A:自国通貨の対外的な価値を政策的に引き下げることです。記事によれば、就任直後にペソの対ドルレートを366.5ペソ/ドルから800ペソ/ドルへと大幅に切り下げたことで、農産物や原油など輸出品の国際競争力が回復し、その後1500ペソ/ドルまでペソ安が進んで貿易黒字が急増したとされています。

(本稿のポイント、リード、FAQの文責:Japan In-depth編集部)

シリーズ・アーカイブの紹介


コンサルタント・福澤善文氏が、経済・財政政策を国際比較の視点から読み解くコラムです。

▶︎[福澤善文氏によるバックナンバーはこちら

トップ写真:Abelardo De La Espriella Takes Office As President Of Colombia
出典:Gabriel Aponte / 特派員 / Getty Images




この記事を書いた人
福澤善文コンサルタント/元早稲田大学講師

1976 年 慶應義塾大学卒、MBA取得(米国コロンビア大学院)。日本興業銀行ではニューヨーク支店、プロジェクトエンジニアリング部、中南米駐在員事務所などを経て、米州開発銀行に出向。その後、日本興業銀行外国為替部参事や三井物産戦略研究所海外情報室長、ロッテホールディングス戦略開発部長、ロッテ免税店JAPAN取締役などを歴任。現在はコンサルタント/アナリストとして活躍中。


過去に東京都立短期大学講師、米国ボストン大学客員教授、早稲田大学政治経済学部講師なども務める。著書は『重要性を増すパナマ運河』、『エンロン問題とアメリカ経済』をはじめ英文著書『Japanese Peculiarity depicted in‘Lost in Translation’』、『Looking Ahead』など多数。

福澤善文

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."