日本経済を元気にする経済政策 今こそ議論すべきではないか?
神津多可思(公益社団法人 日本証券アナリスト協会専務理事)
「神津多可思の金融経済を読む」
【まとめ】
・コロナ禍から回復する需要に供給が追いつかず、インフレ圧力高まる欧米先進国。
・日本の需要回復は弱く、歴史的に下限の実質金利で資金調達できても経済成長につながらない。
・AI、DX、グリーン化…コロナ禍後の日本経済が本当に元気を取り戻す金融・財政政策の議論を。
欧米先進国の経済政策では、インフレ率の上昇加速を回避する姿勢がはっきりしてきた。日本では、まだインフレ率がはっきり高くはなっておらず、そうした変化はない。
欧米諸国の経済では、コロナ禍から回復する需要に対し、供給がなかなか追い付かないことがインフレ圧力の高まりの原因の1つとなっている。
これに対して日本では、これまでのところ需要の回復がそれほど強くなく、したがって金利引き上げによる需要の抑制を欧米諸国のように急がなくても良い。
しかし他方で、これまでの経済政策で日本経済が元気を取り戻すことができていないことも事実だ。日本を取り巻くグローバルな環境が大きく変化しようとしている今、コロナ禍後の経済政策のあり方を改めて議論してみてはどうだろうか。
■ どうして欧米のインフレ圧力は高まっているのか?
インフレ率は、短期的には、マクロ経済の需要と供給のバランスが需要超過、あるいは同じことだが供給不足となっていると上昇する。これまでのコロナ禍の下で、需要は明らかに抑制されてきた。感染者数の減少傾向は世界的にはまだ確認されていないが、欧米先進国ではコロナとともに生きていく新しい日常へと舵が切られている。これまで経済を支えるために大型の財政支出が組まれてきた上に、正常化に伴って消費や投資がさらに出てくる。
他方、供給の方は、なかなかコロナ禍前に戻らない。それが、構造的な要因によるものなのか、あるいは今後、時間が経てば解消するものなのか、まだ議論ははっきりしない。
コロナ禍を契機に、家庭内での労働をどう家族で分担するのかが見直されているといったような根本的な変化が起こっているのだとすると、労働者がコロナ禍前のように職場に戻ることはないかもしれない。そうなると、一部の供給不足も解消しない。
もう1つのインフレ要因として、いわゆるグリーン化がある。これは、これまで無視してきた地球環境破壊のコストが、にわかに意識されるようになったためのコスト増と言える。したがって構造的なものであり、時間が経ってもなかなか解消しないだろう。
その上、今回のロシアによるウクライナ侵攻によって、グローバルなサプライチェーン分断はますますはっきりしてきている。経済活動の効率化を最優先に大幅なコスト引き下げを実現してきたこれまでのグローバル化が変節点に差し掛かっている。これも供給を抑制する要因となる。
このように、コロナ禍の下で抑制されていた需要がいよいよ解放されようとしているのに対し、供給側では様々な構造的な要因が作用し、需要と供給のギャップが速やかには解消しない。これが欧米諸国でインフレ圧力を生んでいる。
写真)ショッピング街で買い物をする人たち(2022年3月31日 米・サンフランシスコ)
出典)Photo by Justin Sullivan/Getty Images
■ 日本のインフレ圧力
他方、日本では、需要の戻りは欧米先進国に比べて弱そうだ。国内の需要と供給のギャップにおいても、元々、供給圧力が強かった面がある。したがって、欧米ほどにインフレ圧力は高まっていない。
インフレ率が実際に上昇し、それが賃金上昇に反映され、さらにそれがサービス料金などに反映されるという循環が始まると、インフレには弾みが着く。
先般、米国で利上げが行われ、2020年以来のゼロ金利が解除されたが、これも40年振りと言われる高いインフレの下で、そのような弾みを挫くためのアクションと言える。日本ではまだまだそうした状況には至っていない。
しかし、全く用心する必要がないかというと、そういうことでもない。大方の情勢判断は、携帯料金の引き下げの裏が出るといった特殊要因もあり、日本銀行が目標としている2%の消費者物価上昇率が一時的には実現するかもしれないが、それは長続きしないというものだ。
しかし、上述のグローバル経済の供給面の構造的な変化の影響は日本経済にも波及する。その上、欧米が金融引き締め方向にある中で、日本の政策金利は動かないため、内外の金利差が開き、円安が進んでいる。それらが相俟って、インフレ圧力がじわじわ強まる可能性も否定はできない。
今般、利上げに踏み切った米国でも、昨年の秋口までは、インフレ圧力の高まりは一時的と言われていた。それが、半年の間で情勢判断は全く変わってしまった。日本は例外と安心ばかりもしていられないだろう。
■ 日本を元気にする経済政策
以上のようなインフレ対応のための金融政策は別にしても、日本の経済政策には、どうすれば経済を元気にできるかという宿題が残っている。
これまでの金融・財政政策は、金利を引き下げ、財政支出を拡大し、需要を刺激すれば、経済成長率が構造的にもっと高まるはずだという考え方で運営されてきたと言ってよい。しかし、2010年代のアベノミクスの時代を振り返っても、そういう金融・財政政策で、はっきりと日本経済の実力としての成長力が高まったとは言えない。日本経済に十分元気が戻ったようにも感じられない。
インフレ率がほぼ横這いの下で、企業が設備投資を考える標準的な期間である3〜5年の国債利回りはほぼゼロとなった。企業によって信用度の違いがあるので、実際に企業が資金を調達する際の実質金利はゼロではないが、基準がゼロなのだから、どの企業も歴史的に下限の実質金利で資金調達できていることになる。
しかし、長く企業を存続させようとする経営者にとって、一定以下の実質リターンしか生まないプロジェクトを実行することには抵抗があるはずだ。低リターンの下では、賃金も資金供給者に対する利払い・配当も抑制せざるを得ない。自らのビジネスが将来も成功していくという展望がなければ、従業員が気合を揃えて前向き活動することも難しい。
また、これまでの財政赤字は、基本的に年金、医療、介護などの社会保障制度の歳入と歳出がバランスしない、つまり制度的に歳入不足であることを主因に拡大してきた。もちろん、良い社会保障制度は国民にとって非常にありがたいものだ。しかし、そこに国費を集中的に投入することで、日本経済の成長率を高めることがどこまでできるだろうか。そもそも社会保障関係のサービスの供給は、基本的に規制分野で行われており、創造的なイノベーションがどんどん生まれるような仕組みにはなっていない。
これまで、デフレが日本経済不調の主たる原因だという、ある意味とても分かり易い整理の下で、需要の刺激に経済政策の焦点が当てられてきた。しかし、振り返れば、それでは十分うまくはいかなかったこともまた事実だ。
日本を取り巻くグローバルな環境が大きく変わろうとしている今、金融・財政の両面で、コロナ禍後の日本経済に本当に元気を取り戻す政策とは一体どういうものか、改めて議論することにも意味があるのではないか。
今日、AI、DX、グリーン化といったキーワードで経済の将来が語られない日はない。そうであれば、明日の日本経済の青写真もラフには描けそうな気がする。そういう意味の産業政策も重要だろう。そうした図面に沿って、日本経済を元気にする金融・財政政策のあり方を考えることはできないだろうか。
トップ写真)イメージ
出典)Photo by Takashi Aoyama/Getty Images
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この記事を書いた人
神津多可思日本証券アナリスト協会認定アナリスト
東京大学経済学部卒業。埼玉大学大学院博士課程後期修了、博士(経済学)。日本証券アナリスト協会認定アナリスト
1980年、日本銀行入行。営業局市場課長、調査統計局経済調査課長、考査局考査課長、金融融機構局審議役(国際関係)、バーゼル銀行監督委員会メンバー等を経て、2020年、リコー経済社会研究所主席研究員、2016年、(株)リコー執行役員、リコー経済社会研究所所長、2020年、同フェロー、リスクマネジメント・内部統制・法務担当、リコー経済社会研究所所長、2021年、公益社団法人日本証券アナリスト協会専務理事、現在に至る。
関西大学ソシオネットワーク戦略研究機構非常勤研究員、オーストラリア国立大学豪日研究センター研究員。ソシオフューチャー株式会社社外取締役、トランス・パシフィック・グループ株式会社顧問。主な著書、「『デフレ論』の誤謬」(2018年)、「日本経済 成長志向の誤謬」(2022年)、いずれも日本経済新聞出版社。