トランプと露KGBの関係 その1
スコット・フィリップスキー(ジャーナリスト、プロデューサー)
【まとめ】
・今年4月、米財務省の報道発表で、2016年の大統領選挙戦期間中、トランプ選対本部がロシア諜報機関と直接繋がりがあったことが確定された。
・元KGBワシントン支局副局長 ユリ・シヴェッツ氏に単独インタビュー。
・トランプ前大統領がKGBと関係を持つに至ったきっかけなどを暴露。
今年4月15日、米財務省は、「財務省、米国の選挙に影響を与えようとするロシア政府に対する制裁を強化(Treasury Escalates Sanctions Against the Russian Government’s Attempts to Influence U.S. Elections)」と題するプレスリリースを公表した。(記事末に編集部注*)
そのリリースの中で、2016年の大統領選挙戦の期間中、トランプ選対本部がロシア諜報機関と直接繋がりがあったことが確定された。これは、アメリカ政府として初のことである。
2018年ヘルシンキ米露首脳会談の記者会見で、ドナルド・トランプ前大統領は米大統領選におけるロシアからの干渉はなかったと衝撃的に言い切り、アメリカの国家安全保障機関の評価を否定。さらに、ロシアとのつながりを深めることは戦略的、地政学的な利益があると述べ、ロシアへのさらなる関心を促すという、アメリカや連合国の利益に反するような主張を繰り返してきた。
▲写真 トランプ前米大統領とプーチン露大統領(2018年) 出典:Mikhail Svetlov/Getty Images
ロシアとの関係において散々叩かれてきたトランプ前大統領は、なぜロシアとの関係を断つことなく、執拗に関係性を続けることを主張していたのか?その不可解な言動の謎が、4年にわたるトランプ政権が終了した今年、ついに明らかになった。
1月に出版されニューヨークタイムズ紙のベストセラーに「American Kompromat 」(クレイグ・アンガー著)という本がある。タイトルの“Kompromat”とは、ロシア諜報世界の用語である“компромат(コンプロマット)”という言葉が使われている。これは、妥協させる材料のことで、政治家や有力者を脅迫し、操るために利用する情報、資料、写真などのことを指している。
▲図 American Kompromat,Craig Unger 出典:Penguin Random House
この本の中で、かつて米議会でも証言したことがある元KGBワシントン支局副局長 ユリ・シヴェッツ氏(67歳)が、トランプ前大統領がKGBと関係を持つに至ったきっかけや、やがてはソ連、そしてロシアのエージェントになるまでを、細かいプロセスとともに暴露している。興味深いのが、トランプ前大統領の初めてのミッションは、日本と関係していたという事実だ。今回、日本のメディアとして初めて、このシュヴェッツ氏に話を聞くことができた。
▲写真 ユリ・シヴェッツ氏(2021年5月) 提供:Scott Filipski
シュヴェッツ氏:「1987年秋。ソ連が崩壊する直前、冷戦の緊張が最も高い時期のことだ。モスクワ郊外にある外諜報の機関、KGBの国家保安委員会の第1総局本部で、自分が担当するケースに関連する情報を調べているとき、ニューヨークからの電報が目に入った 」
「アクティブ・メジャーズ(積極工作)の数年間にわたる活動の中で、もっとも成功した例だとして、熱烈に賞賛された分析レポートでした」
Q 筆者:「積極工作」とは?
シュヴェッツ氏:「積極工作とは、クレムリンが望ましい行動をとらせるように、ある明確な人々又は人口層を誘導させる情報を流すことだ。KGBにとって積極工作は全ての工作の中で最大の頂点だ。ただの情報収集と違って、政策方針や政策立案プロセスに影響を与えることが出来るからだ」
1987年8月の米国務省レポート「ソ連影響活動」によると積極工作は4つの項目で定義:偽情報と偽造利用、偽装組織、野党の共産党や左翼政党へ支援、そして 政治影響活動だ。
この時代特に目立った例はAIDSがペンタゴンの研究機関で武器とし て作られたというKGBフェイク・ニュースである。インドの新聞記事で発生し、世界中に普及される事になった。
ドナルド・トランプによる工作は1987年9月2日にアメリカの最も影響力がある3大新聞、NYタイムズ紙・ワシントンポスト紙、ボストングローブ紙に自費で全面意見広告を掲載することだった。
================================
1987年9月2日 全面意見広告の訳:
なぜアメリカが払う余裕のある国の国防衛費をカバーするのか?止めるべきだという公開書簡
アメリカ国民へ
何十年もアメリカが日本と他の国に利用されている。
今までもこの問題が続き、アメリカの石油供給のため重要ではない地域にもからわらず、日本と他国がほぼ完全に依存している石油供給の為 アメリカはペルシャ湾を防御している。自国の国益がアメリカに守られているのに、なぜアメリカの死者と数十億ドルの損失に対しての補償をしないのか。アメリカのお陰で存在しているサウジ・ アラビアは先週、巡視するためにサウジの掃海艇(残念ながら米国の掃海艇より高度技術である)の利用を拒否した。我々が必要としない石油を輸送する、自国船でもない船を財政協力なしで防御することによってアメリカの政治家が世界中に笑われている。
何年間もずっと膨大な防御費用を負っていないおかげで日本は(アメリカが無償で続ける限り)好景気を生み、前例のない剰余がある力強い経済圏を立ち上げることが出来た。日本はドル高に対する円安を見事に保持された事に加えて、 アメリカが、日本と他国の途方もない防御費用を支出することによって、日本は世界経済の最前線に躍り出た。
最近、形勢が変わり円高になって日本人は苦情を訴え始めたので、わが国の政治家はこの不当な苦情に反応してる。
経済的に余裕がある日本と他国はきちんと資金を出し、我々の拡大の財政赤字を解消するべき時期がきた。アメリカの国益よりも圧倒的にこの国々の国益のためにアメリカが数千億ドルの価値がある国家の防衛を提供しているからだ。 アメリカが日本、サウジ・アラビアと他国の同盟国として与える防衛を払わせよう。アメリカが成立し育成した状況によって歴史上最も利益を生む国々から資金を取り、我々の 農民、病人、ホームレスを支えるべきだ。アメリカ人ではなく裕福な国に請求しよう。自国の自由を防御するために払える物凄い余裕がある国の防御費用の負担をなくしアメリカの財政赤字を解消し、減税してそして我が国の経済を成長させよう。我が素晴らしい国が笑われる事をもう許さないようにしよう。
広告END
================================
▲写真 The New York Times(1987年9月2日、ページA28) 出典:The New York Times
トランプが 94,000ドルをかけた全面意見広告の内容は、日本のペルシャ湾の石油ルートの安全を保障するアメリカを批判。 掲載したタイミングはトランプがちょうどクレムリンから招待されたロシアへの旅から帰ってきた直後。その夏、冷戦の緊張の絶頂時にドナルド・トランプ夫妻がアメリカの独立記念日に全ての経費がソ連政府に支払われる旅に出発した。それまでにトランプとKGBの関係を築くために数年間が費やされており、ロシアへの旅はその手間をかけた動力の集大成だった。
シュヴェッツ氏:「私たちは彼を手に入れた、手に入れたんだと盛り上がった。少なくとも影響力のあるエージェントになったと確信した。これは非常に貴重な役割で自費でアメリカの3大トップ新聞にKGBの積極工作を載せる事が出来る男がいる。これは夢を実現できたことであり、皆大喜びでした」
*編集部注
財務省のニュースリリースは、「米国財務省外国資産管理局(OFAC)は、ロシア政府の指導者の指示で2020年の米国大統領選挙に影響を与えようとした16団体および16個人に対し、制裁措置を強化した」ことを明らかにした。
ロシアの関与については、「ロシアは、政府関係者、偽情報発信源、企業などのシステムを利用して、米国の有権者に秘密裏に影響を与え、米国の政治家候補や米国の選挙プロセス・制度に関する誤った情報を広めた」とした。
また、ロシアおよびウクライナの政治コンサルタントであるコンスタンチン・キリムニクに関し、「2016年の米国大統領選挙キャンペーン中、キリムニクはロシア情報機関に世論調査や選挙戦略に関する機密情報を提供した。さらに、キリムニクは、ロシアではなくウクライナが2016年の米国大統領選挙に介入したというシナリオを推進しようとした」と断定した。キリムニクは、2016年当時トランプ陣営の選対元本部長だったポール・マナフォード被告と接触していた。
(その2につづく。全3回)
トップ写真:イメージ 出典:Misha Friedman/Getty
【訂正】2021年6月21日
本記事(初掲載日2021年6月20日)の本文中間違いがありました。お詫びして訂正いたします。(本文では既に訂正済み)
誤:Washington Post(1987年9月2日、ページA9) 出典:The New York Times
正:The New York Times(1987年9月2日、ページA28) 出典:The New York
【訂正】2021年6月22日
誤:ドナルド・トランプによる工作は1987年9月2日にアメリカの最も影響力がある3代新聞、NYタイムズ紙・ワシントンポスト紙、ボストングローブ紙に自費で全面意見広告を掲載することだった。
正:ドナルド・トランプによる工作は1987年9月2日にアメリカの最も影響力がある3大新聞、NYタイムズ紙・ワシントンポスト紙、ボストングローブ紙に自費で全面意見広告を掲載することだった。
あわせて読みたい
この記事を書いた人
スコット・フィリップスキージャーナリスト・プロデューサー
Scott Filipski。2021年モンテカルロテレビ祭、ベストニュースドキュメンタリー部門ノミネート。ZDFドイツ公共放送局プロデューサー現職。NHK、朝日テレビ、TBS、フジテレビ、などでフィールド・プロデューサー、レポーターを務める。「ネイティブを動かすプレミアム英会話」英語監修(2020年新潮社出版)。コロンビア大学卒業Magna Cum Laude受賞。