[藤田正美]EUやアメリカも凌駕する6億人の巨大市場“ASEAN(東南アジア諸国連合)”〜日本の将来の鍵はASEANが左右する
Japan In-Depth副編集長(国際・外交担当)
藤田正美(ジャーナリスト)
執筆記事|プロフィール|Website|Twitter|Facebook
これほど熱心にASEAN諸国を回った政権はあるまい。就任して1年、安倍首相はASEAN10カ国をすべて訪問した。首相だけではない。麻生副総理は、今年正月のお屠蘇気分もそこそこにミャンマーを訪問している。また12月には日本・ASEAN特別首脳会議が東京で開かれた。
今年は日本がASEANと正式な関係を結んでから40年という節目の年だが、それだけが理由ではない。中国の圧力に対抗するためには、日本とASEAN諸国との連携が不可欠であるという政治的背景、さらにASEANの潜在成長力が日本経済や企業にとって重要であるという経済的背景がある。
ASEAN諸国のうち、ベトナム、フィリピン、インドネシア、マレーシアなど南シナ海に面している国は、中国と緊張関係にある。中国が「死活的利益」として南シナ海の南沙諸島などで領有権を主張しているからだ。中国が主張する領土を基準にすると、南シナ海の北半分は中国の領海ということになる。
中国にとって南シナ海が重要になっているのは、エネルギーをはじめとする資源の輸入が増えているからだ。中国の長い歴史の中で、初めて海を使った交易が大きな比重を占めるようになったと言ってもいい。中国海軍が空母機動部隊を編成しようとしているのも、それが理由である。また米軍の空母機動部隊を意識して、弾道対艦ミサイルを開発したのも東シナ海や南シナ海で米軍に勝手な行動をさせないというのが理由である。
南シナ海が中国にとって死活的利益なら、日本にとっても死活的利益であるはずだ。実際、第二次大戦で日本が南方に侵攻したのは、まさにそこが死活的利益だったからである。しかし現在の日本は南シナ海を「軍事的」に支配することはできない。したがって中国に対抗するには軍事力のバランスを取るのではなく、多国間での協力関係をつくるしかない。日本政府がフィリピンに巡視艇を供与したのも、ベトナムと南シナ海情勢を協議するのもそういった伏線のもとで行われている。
ASEAN諸国との緊密な連携がなければ、日本は安定したシーレーンを確保することが、難しくなる可能性もある。アメリカとの連携も重要だが、南シナ海については何と言ってもASEAN諸国との関係が最重要だ。
経済的にASEANの重要性が高まっている。日本企業は中国にすでに2万社以上が進出しているが、ASEAN諸国には10カ国全部会わせても6000社程度だ。今週火曜日の日経新聞には「日本企業のM&A、東南アで最高に」という記事が出ていた。12月16日の時点で、日本企業がASEANで行ったM&Aは8163億円。昨年に比べると3.8倍を超えている。M&Aだけではもちろんない。直接投資も、JETROの調査では9月までで昨年1年間の投資額を上回った。
2015年、ASEANは共同体市場をつくることを目標としている。共同体ということになると、ASEANの中に工場をもつことが有利になるわけで、その意味でも日本企業の進出がさらに進むだろう。
それにASEANは全部合計すると6億人を超える大市場なのだ。中国やインドは別格としても6億人という数は、EUやアメリカよりも大きい。日本政府がこのASEANという地域でどう存在感を高めるか、企業がASEANにどう技術移転などをしながら信頼関係を築いていくか。それによって日本の将来像は大きく左右されるかもしれない。
【あわせて読みたい】
- 国際社会の●●ランキング〜ロシアが1位で日本が57位(藤田正美・ジャーナリスト/元ニューズウィーク日本版編集長)
- 2180年代に日本の人口1000万人以下?〜人口増加の米国でさえ積極的な移民制度、どうする日本。(蟹瀬誠一・国際ジャーナリスト/明治大学国際日本学部教授)
- 東京ハーヴェスト〜生産者と消費者の心が通じ合う日(安倍宏行・ジャーナリスト)
- 朝活ブームの背景〜「自分の価値を高めたい」というニーズに応えるビジネス(安倍宏行・ジャーナリスト)
- 未熟で知名度の低い金正恩の宣伝に日本のテレビメディアを利用する北朝鮮〜北朝鮮の対日メディア工作に応じてしまう日本の一部テレビの不可解(朴斗鎮・コリア国際研究所所長)
- 米国の「弱さ」を突いた中国の防空識別圏〜尖閣諸島の領空をも含んだ「挑発」(藤田正美・ジャーナリスト/元ニューズウィーク日本版編集長)
- 宮家邦彦の外交・安保カレンダー
- ユーロ圏が抱える根本矛盾〜銀行を一元的に管理する仕組みは可能か(藤田正美・ジャーナリスト/元ニューズウィーク日本版編集長)