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.国際,.政治  投稿日:2016/2/2

石原慎太郎氏と“アメリカ陰謀説”を論じる~「田中角栄元首相は米に嵌められた?」~


古森義久(ジャーナリスト/国際教養大学 客員教授)

「古森義久の内外透視」

元東京都知事で作家の石原慎太郎氏と田中角栄元首相や日米関係、日中関係について討論する機会を得た。1月31日午前7時半から同8時55分までのフジテレビの「新報道2001」というニュース討論番組がその舞台だった。

主役はもちろん石原氏で主要題材は同氏が最近、書き上げた小説「天才」だった。この書は故田中角栄氏の一生を一人称の「俺」で語っていくというユニークな内容だった。

「天才」は石原氏の文学作品であり、厳密にはフィクションである。だが中身は事実に沿う形で田中氏の立身出世や家族関係、政治活動、首相としての業績、そして田中氏を刑事被告人として裁判にかけ、有罪としたロッキード事件の展開を基にしていた。ちなみにこの書は波乱万丈の人間ドラマとしてものすごくおもしろい。さすが石原氏である。

しかしテレビ番組の「新報道2001」はこの書の内容を実際に起きた事実のように扱う形で討論を進めた。だから石原氏は「田中角栄氏はアメリカによりロッキード事件という罠ではめられ、つぶされた」という主張を繰り返した。その理由は「アメリカは1972年に田中首相がアメリカに先駆けて中国との国交を樹立したことを恨みにもった」ことだという。

この石原氏の主張を支持するようにアメリカ陰謀説の大家の孫崎亨元イラン大使が「田中角栄氏はキッシンジャーにやられたのです」と語る言葉が番組でも紹介された。さらにその理由としては「アメリカは当時、中国のエネルギー資源を狙っており、日本に先を越されて恨みを抱くようになった」という解説も流された。

ここまでくると、ワシントンで毎日新聞と産経新聞の特派員として通算20年以上活動し、中国でも北京に2年駐在した私自身の体験や考察とはどうしても外れてくる。その種のアメリカの陰謀がどうにも浮かんでこないのだ。まず「中国のエネルギー資源」についてはこの番組に出た台湾出身の金美麗氏が「中国は昔もいまも石油は不足で、外部から狙うようなエネルギー資源などなかったでしょう」と疑問を呈した。

肝心のアメリカについても政府機関が一体になって同盟相手の民主主義国家の民主的選挙で選ばれた首相を失脚させ、抹殺するという秘密工作が存在し、しかもその実態がいつまでも秘密のまま、という状態は考えられない。そんな田中角栄抹殺計画の具体的な証拠がどこにも見当たらないのだ。

アメリカ政府がCIA(中央情報局)などを使い、イラン、チリ、南ベトナムなどの、時の政権や元首を失脚させるという工作は存在した。対象はいずれもアメリカにとって敵性を持つ小さな国家や政権だった。日本のようなアメリカと連帯する主要民主主義国とはほど遠い存在の標的だった。しかもいずれの工作も後にその存在が発覚あるいは発表されていた。だがアメリカ政府の「田中角栄抹殺計画」はその時代から40年もが過ぎてもツユほどの気配も証拠もみせていないのだ。

だから私はこのテレビ番組でも「私自身が知らないだけなのかもしれないが」という但し書きをつけたうえで、そんな陰謀工作があったとは思えないという主張を繰り返したのだった。日本での国際情勢論義に特有な陰謀説の最近のエピソードだった。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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