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スポーツ  投稿日:2016/9/21

幻を生きるか、現実を生きるか

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為末大(スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役)

がんを本人に告知するかどうかは非常に悩ましい。がんだと伝えることで自分の価値観と照らし合わせてどう生きるかを決めさせる場合も、知ってショックを受けて生きる日々よりは知らない幸せの方が大事じゃないかと告知しない場合もある。判断が難しいが、日本は比較的後者を選ぶ人も多いと聞く。

世の中はそうであるということと、そう認識されるという二つで成り立っていると私は考えている。そこにコップがあり、コップを認識する私がいることでコップが存在する。おいしいものを食べて幸せなのは、おいしい食事とおいしいと感じる自分によって成り立っている。おいしいと感じる自分がなければ食事は美味しくない。

社会にお叱りを受けたなと思う経験を振り返ると、この現実をぶっきらぼうに人前に突きつけた事例が多かったなと思う。例えば、ある競技ではトップ選手の競技開始年齢が10歳を切っている。反対に言えば10歳を超えて競技を開始しても残念ながら、トップ選手になる確率が極めて低くなる。もちろん0ではない。

もし15歳の子供が競技に魅了され15歳から競技をはじめたとして、どうしてもトップ選手になりたいと言った場合、なんとアドバイスするべきか。実際のデータを伏せるというやり方もあるだろうし、知らせた上で選ばせるというやり方もあると思う。では例えばすでに7年を費やした22歳だったらどうだろうか。

都合の悪すぎる現実というのが世の中にはあってそれを本気で考えちゃうと恐ろしすぎて、ついなかったことにしてしまいたくなる(現実にはいつか何とかしなきゃと思いながらずるずるいくのだと思うが)。あれ、もしかしてこれってこうなってしまいませんかと言い出した人は、戦犯扱いされる恐れがあるのでみんな薄々気づいているけれど誰のせいでもなく明るみに出るまでは静かに事態は進行していく。

プラセボ効果というものがある。現実の直視はこのプラセボ効果を無くしてしまう。スポーツ界ではこのプラセボを最大限に利用することがよくあって、つまり選手は一切現実を見ないで自分たちはやれると信じることで能力を引き出そうというものだ。実感として効果もあると思う。

現実の直視は、時にプラセボ効果を無くしてしまい、夢を壊してしまう。せっかく頑張っている人がいるのに、才能と努力では才能のほうが勝利に影響しています、しかも競技によっては幼少期の生育環境でほぼ決まるものもありますなんて言うと、そうではない人を傷つけることになる。一方で、プラセボ効果にも限度がある。例えばいくら日本は勝てると信じたところで、太平洋戦争は負けただろうし、信じたところでウサインボルトに勝てることは極めて確率が低い。プラセボ効果は気づくとなくなる。だから本当に身を滅ぼすまで行き切ってしまう可能性もある。

幻を生きる人が時にとてつもない結果を生み出す。現実を生きる人はいち早く準備をして難を逃れる。スポーツをやりながら前者でありたいと熱望しつつ、後者の人生しか生きられないのだろうなとも薄々感じていた。好きな言葉は”危険であると認識しているうちは安全である”だった。

為末大HPより)

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この記事を書いた人
為末大スポーツコメンテーター・(株)R.project取締役

1978年5月3日、広島県生まれ。『侍ハードラー』の異名で知られ、未だに破られていない男子400mハードルの日本 記録保持者2005年ヘルシンキ世界選手権で初めて日本人が世界大会トラック種目 で2度メダルを獲得するという快挙を達成。オリンピックはシドニー、アテネ、北京の3 大会に出場。2010年、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリート・ソサエティ」 を設立。現在、代表理事を務めている。さらに、2011年、地元広島で自身のランニン グクラブ「CHASKI(チャスキ)」を立ち上げ、子どもたちに運動と学習能力をアップす る陸上教室も開催している。また、東日本大震災発生直後、自身の公式サイトを通じ て「TEAM JAPAN」を立ち上げ、競技の枠を超えた多くのアスリートに参加を呼びか けるなど、幅広く活動している。 今後は「スポーツを通じて社会に貢献したい」と次なる目標に向かってスタートを切る。

為末大

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