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経済  投稿日:2016/11/20

『日本解凍法案大綱―同族会社の少数株、買います!』2章 墨田のおばちゃん その2

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牛島信(弁護士)

高野はいらだたしい気持ちをかくさず、音を立てて目の前の真っ白なウェッジウッドのコーヒーカップを横にずらした。大木は淡々と話を続ける。

「株主から買ってくれと頼まれても、会社には買う義務はない。

しかし、その株主が誰々に売りたい、もしその誰々が会社として気に入らないのなら他の誰かを指定してくれ、と言って請求して来れば、結局会社は買うしかない。正確には、会社自身か第三者を買い手に指名するってことだ」

「えらく手のこんだ話だな」

「ああ、株は大事だからな。公私混同って話は別にしても、一人でもオーナーに反対する株主がいると会社の経営が混乱するもとだ。

それだけじゃない。ここまではまだまだ始まりの話だ。その第三者との間で値段の交渉ってことになる。だから手間がかかることになる」

「え、そんなことまで」

「そりゃそうさ。売り手はいくらいくらはするはずだと思う。買い手は安いほうがいい。なんの売り買いでも同じだ」

大木は再び窓の外側に目をやると、冷めた紅茶をいかにもうまそうに飲み干した。

大木の事務所はビルの45階にあって、はるか下に首相官邸が見える。地震のときには揺れる。だが、入居したとき家主に聞いたところによれば、このビルほど安全なビルは日本中にないということだった。12年前のことだった。眼下の景色はもう現在の官邸になっていた。主が誰だったかのか、おぼえてなどいない。多分、小泉内閣か。いま眼下に見おろす首相官邸の主は、それから6人目、安倍晋三氏である。

大木の話を聞き終わってみても、高野にはなにがなんだかよくわからなかった。

大木は言った。

「上場会社の株はマーケットで値段が決る。日によって上がったり下がったりするし、一日のうちでも上げ下げがある。誰が買うにしても売るにしても、一定の値段が出てくる。それが株式市場ってものだ。誰だって1円だって高く売りたい、安く買いたい、ってのが本音だからな。

ところが、非上場会社の株には値段がついていない。市場がないからだ。

しかし、いくらの値段かが上場株のようにわからないだけで、売買するとなれば値段がついてくる。値段を決めなきゃ、売買なんてできはしない。

世の中で同族会社の株が売買されるのは会社全体が売買されるときだ。会社を支配するだけの株、過半数の株ってことだな」

ここで大木は一息いれた。高野は懸命な顔つきで大木を見つめている。いつもそうした素直な男だった。長い間柄なのだ。

「ただし何ごとにも例外はある。その例外ってのが同族会社の少数株主の株の譲渡だ。非上場会社のことだ。だが、そんな少数株の売買なんてことになれば、ま、会社の言いなりだ。会社かオーナー社長以外には買い手がつかないからな。

会社全体を売るとなれば売買は相対で決めるものだから、まったくの自由だ。本当に利害のない関係での相対なら、税務署の文句なんてない。

だけど、少数株ってことになると哀れを極める。

前にいくらいくらで取引されたことがある。それで決まりだ。

それだって、オーナー社長が買ってくれるという場合のことだ。

オーナー社長でもなければ、非上場会社だから、誰も少数株に価値があるなんておもっていないさ。非上場の株ってのは過半数なきゃ話にならないのさ。まともには売れない。

まともっていうのは、会社の本当の価値だ。

もし会社が上場していたらいくらの値段がつくかってことだな。

もちろん、細かいことを言い出せば、たとえば或るまとまった数を程度もっていて、もう少しで過半数になるということもある。何人か分をまとめて初めて過半数ということもある。できれば100%がまとまるといい。大企業が非上場の子会社を売るっていうのもよくあることだ。

会社を売るってことは株を売るってことだ。

いずれにしても会社の値段だ。経営権といってもいい。資産と利益を生み出す力が評価の対象になる。

要は、会社を支配することのできる割合の株式の数かどうか、だ。

過半数なら株主総会で取締役を選ぶことができるから、まちがいなく支配権がある。経営権を取れるってことだ。

だが、株が分散していることもある。

たいていは一族が過半数を押さえているものだ。そうでなければいつも経営権の争いになって、結局会社がつぶれるから、どちらかが金を出して相手の株を買うことになる。

そういう一族を同族という。さっきも言った6親等内の血族か3親等内の姻族のことだ。

妙に広い。知らない人間たちと同族ってことに税務署にされてしまう。

だから悲劇が起きる」

「なあ」

高野が口を開いた。

「悲劇が起きるって、つまり相続を放棄すればいいんじゃないのか?

相続ってのは、放棄するのは自由なんだろう?」

大木はにべもない。

「放棄ってのは、ぜんぶ放棄するか全部相続するか、どっちかしかない。

この株は要りません、でも自宅は残したいんですってわけにはいかない」

「そうか。

でも、待てよ。相続したばっかりに借金ができちゃたまらんという人のためには限定承認て制度があったじゃないか」

「ああ、ある。詳しいな。

限定承認てのは、相続財産で足りてる分しか払いません、てやつだ」

「それはダメってことだな。税務署が株を途方もない評価にしたら、税金で破産だ。

俺にとっても他人ごとじゃない。会社名義の自宅がなくなってしまう。

そこには年老いた母親と長男夫婦、つまり俺たち、それに俺たちの子ども2人が何十年も住んでいる。俺の子どもだから母親にとっては孫だ。あいつらまだ大学生だぞ。生まれ、育った我が家だよ。それが、株を相続したためになくなってしまうなんて残酷なこと、どうして起きなくっちゃいけないんだ」

「あの碑文谷の家だろう。

なつかしいな。

なんとも気の毒なことだ。

だが、税務署にいわせれば『あなたはそれだけの価値のある財産を相続したんですよ』ってことだ。

もっともオマエは金持っているから、お母さんの相続の際の相続税なんて簡単に払えるだろうよ」 

大木は職業柄そうした話に接する機会が多い。だから高ぶった調子は少しもない。

高野が反論を試みる。

「金があろうとなかろうと、理由のない金は1円だって払いたくない。

第一、オマエの声はちっとも気の毒そうな声に聞こえないがな。ま、弁護士だからな。

医者がいちいち人が死んだからって涙を流していたら、仕事にならんだろうからな。

でも、無茶苦茶な話じゃないか。

なんにも悪いことしてないのに、母親が死んだからってなにもかもなくなるなんて。なんで自宅から追い出さなきゃいけないんだ?

税務署が言うのは勝手さ。それは税金取るのが役目だから仕方がないとしたって、なんだい、最高裁判所ってのは不当な権力行使から国民を守るためにあるんじゃなかったのかい?

それが、税務署の言うとおりだなんて。

それって、文明国か?え?」

高野は興奮気味だった。

(第3章その1に続く。第1その1その2その3

第2章その1、も合わせてお読みください。毎週土曜日11時掲載予定)

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この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ1975年:東京大学法学部卒業1977~1979年:検事(東京地方検察庁他)1979~1985年:弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事。)1985年~:牛島法律事務所開設2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更(現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士51名(内3名が外国弁護士)<専門分野>企業合併・買収、一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。

牛島総合法律事務所「少数株主対策チーム」 URL: http://unlistedstock.jp/

 

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牛島信

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