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.国際  投稿日:2017/2/9

トランプ政権に秋波送るインドネシア


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・インドネシアは世界最大のイスラム人口擁する

・オバマ政権とは良好な関係だった

・他のイスラム教国との懸け橋に、との思いトランプ政権に届くか不透明

 

■とりあえず静観の構え

ドナルド・トランプ米新大統領が中東などのイスラム教圏からイスラム教徒の入国を規制する大統領令を提出したことを受けて、世界最大のイスラム人口を擁するインドネシアは、自国民への直接の影響は少ないと政府が静観を求める一方で、「同じイスラム教徒として宗教による差別は許せない」と抗議する組織があるなど、複雑な対応を見せている。

特に良好だったオバマ前大統領との関係から「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」を掲げる米新政権の真意を図りかねながらも、良好な関係を維持したいとの強い意向がジョコ・ウィドド政権にあるからだ。

2月4日、ジャカルタ中心部にある米国大使館前で小規模ながらトランプ新政権が出したイスラム圏7か国からの入国を制限する大統領令に反対するイスラム教徒ら市民団体の抗議デモがあった。デモ隊はトランプ大統領の顔写真に「独裁者」などと書き、「宗教による差別は許されない」などと抗議の声をあげた。

市民レベルではこうした反対運動が一部ではあるものの、ジョコ大統領は「インドネシア、インドネシア人への直接の影響は極めて少ない」との見方を示し国民に平静を呼びかけながらも「正義と平等の原則は守られなくてはならない」として今後の米政権の出方を注視していく姿勢も併せて明らにしている。一方でインドネシア外務省は在米大使館を通じて米国在住インドネシア人に対して「平静を保って行動するように」との注意喚起も出している。

■インドネシアの理解者だったオバマ氏

2012年10月に誕生したジョコ大統領は国政レベルの政治手腕のない庶民派大統領として発足当初から米オバマ政権との良好な関係を構築した。その背景には幼少期にジャカルタ滞在経験があり、メンテン地区にあるメンテン第一小学校に1969年から1971年まで通学し、バソ(肉団子)が好物と公言するオバマ前大統領の個人的なインドネシアへの思い入れもあった。よきインドネシア理解者でもあったオバマ大統領とインドネシアはテロとの戦い、中国が覇権を一方的に唱えた南シナ海問題、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加問題などで常に歩調を合わせてきた。

一部ネットでは生い立ちや生活環境、さらには顔つきまでのジョコ大統領とオバマ大統領は似ていると指摘され、初の首脳会談ではオバマ大統領がインドネシア語で簡単な挨拶をするなど、近年になくインドネシア米関係は蜜月時代を迎えていた。

■初めは静観も今は首脳会談模索

ところがトランプ新政権が誕生し、外交儀礼として新政権を歓迎する意向を示しながらもジョコ政権内部には「外交問題の基軸がどこにあるのかを見極めるまで慎重な姿勢が必要」と静観していた。

トランプ大統領が対メキシコで強硬姿勢を示し、続いて入国制限を受けたイスラム圏7か国にインドネシアが含まれなかったことで、「これまでの良好な関係維持が可能」との判断に至り、トランプ大統領との初の首脳会談早期開催に向けて外交日程の調整を始めているという。

■米とイスラム教国、教徒との懸け橋役に

こうした中インドネシア国会第一委員会のスカムタ議員は「これまでオバマ政権下の米政府とインドネシアの良好な関係を維持し、さらに発展させるためにインドネシアは重要な役割を果たしうる」としてイスラム諸国、特に今回入国制限の対象となった中東の国家などと米政府の橋渡し役をインドネシアは果たすべきだとの考えを示した。

こうした考えの根底には ①インドネシアはイスラム教徒の人口で世界最大だがイスラム教国ではない ②米とは政治経済軍事社会などあらゆる面で関係が良好 ③イスラム協力機構(OIC)や石油輸出国機構(OPEC)など米国不参加だが、中東諸国が参加する国際組織にインドネシアは参加している、などインドネシア政府が考える立場が反映されている。

またトランプ大統領が関係する企業と提携関係にあり1月20日の大統領就任式にも参列するなどビジネス上とはいえ良好な関係を維持している実業家のハリー・タヌスディビヨ氏も「インドネシア米国両国の橋渡し役」に積極的な姿勢を示している、とロイター通信は伝えている。

このようにインドネシア側はトランプ新政権に対しこれまでの関係維持、新たな橋渡し役という役割などで期待を抱いている。しかしこうした思いが果たしてトランプ政権の思惑と一致するかどうかは極めて不明確である。「そもそもそうした橋渡し役を米政権が必要としているのか、そして必要とするとしてもそれをインドネシアに期待するのか、まったく五里霧中状態」(インドネシア現地紙記者)というのが現状で、これまでのところはインドネシア側の「一方的片思い」状態が続いている。

ジョコ政権は「あらゆる機会、チャンネルを通してインドネシアの思いを伝えていきたい」というが、トランプ政権の理解を得るために送り続けているこうした「秋波」が果たして片思いの相手トランプ大統領に届くのか、届いた結果「思いは遂げられるのか」または「袖にされるのか」、インドネシアは今そんな複雑な心境といえるだろう。

トップ画像:ジョコ・ウィドド大統領 ©大塚智彦(撮影2017年1月23日)


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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