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.経済  投稿日:2017/2/25

『日本解凍法案大綱』8章 成功報酬


牛島信(弁護士)

「大木。さっきも言ったけど、株を買ってくれという話が次々と舞い込んでいる。もっと来る。いっぱい来る。

買う金は俺が出す。

最高でも配当還元、つまり配当額の10年分で買うつもりだから、それは俺の資産でも十分だ。

その後で裁判になる。もっと高くなるだろう。そしたら差額は売主に戻す。

なんにしても弁護士の世話になる。しかし、弁護士を雇う金まではない」

大木の目が光った。高野は気づかない。

「そこで、オマエの事務所でやって欲しい。ただとはいわん。しかし、上手くいったときまで待ってほしいんだ」

「成功報酬で働けってことか」

「以前もあったじゃないか。あれだ。うまく行ったじゃないか」

何十年も前、大木がまだ若かったころ、大木はある破産会社の元オーナーに頼まれて散逸した財産の回収をしたことがあった。もちろん、破産会社の財産はすべて破産管財人という名の裁判所が選んだ弁護士の支配下にあった。その追求をすり抜けた財産が海外にあるので、それを回収したいという依頼だったのだ。そのときのことだった。その元オーナーは初めに費用分程度の金は出すが、原則、すべて成功報酬でやってくれと泣きついてきた。

そう頼まれた大木は、元オーナーがなぜそうしたいのか、その理由を知る必要があった。

弁護士として依頼者のためというだけではない。

そう約束すれば元オーナーのプロジェクトは大木のプロジェクトにもなるからだった。

大木の事務所では、ふだん時間制で報酬を請求する。弁護士が働けば、その時間に時間当たりの単価をかけるのだ。もちろん、経験や知識、なによりもどれだけ依頼者の役に立つかによって、弁護士の時間当たり単価はさまざまだ。

ビジネスの依頼者は金のために弁護士を頼む。会社の取り合いであれ、損害賠償の請求であれ金に直結している。勝てば金になる。負ければならない。しかし、訴訟が続いている間じゅう弁護士を時間制で雇っておける依頼者は限られている。どんな結果が予測されようと、毎月請求があるごとに払う。それが時間制なのだ。

そうではない依頼者のために働くにはどうすれば良いか。

その答えの一つが成功報酬なのだ。

アメリカでは、個人が企業を訴えるときには、初めには弁護士に1ドルも払わないで済むことがある。貧しい人々にとっては闇夜の光明だ。だが、勝てば3分の1から半分は成功報酬という名のもとに、弁護士が持って行ってしまう。和解をすれば手間をかけずにある程度の金になるとなれば、弁護士の側には和解をする誘惑が大きくなる。それどころか、初めから和解を狙って、原告となる人々を弁護士が探して回るという現象も起きてくる。

大木はそういう種類の弁護士ではない。時間制で払ってもらえるなら、それが一番事務所の経営としては良いのだ。精神衛生にもいい。

大木の事務所には弁護士だけでも80人を超える人数がいる。補助スタッフを加えると200人近い。もし依頼者が時間制で毎月きっちりとはらってくれるなら、大木の事務所の収入は月に5億を超えるだろう。だが、弁護士が時間をつかったらその分をすべて払うという依頼者は一部でしかない。

事務所の銀行口座からは毎月、個人ではとても賄えないほどの金額のお金が出て行く。ときどき大木はパートナーと呼ばれる共同経営者に冗談を言うことがあった。

「家賃は待ってくれない。従業員は決まった日におカネが入らないと生活できない。だから、エクイティ・パートナーは自分の取り分は最後になるのさ。ゼロもある。マイナスもある」

エクイティ・パートナーというのは、パートナーという共同経営者のなかでも出資をしているパートナーを指す。27人のパートナーのうち8人でしかない。株式会社の株主に似ている。出資をした幹部もいれば出資していない幹部もいるのだ。出資をしていれば、事務所の帳尻が黒字になれば、それを分け合う。利益の配分ということだ。あらかじめ決めた割合による。大きな報酬を事務所が得れば、パートナーの分け合う利益も多額になる。

実は、一度もマイナスはもちろんゼロになったこともない。大木の事務所のエクイティ・パートナーには年収1億を超す者もいる。それなりにみな潤っている。それでも、アントレプレナーとしての緊張感は強い。1年後の収入など、どこにも保証はない。未来についてなんの当てもない立場なのだ。

大木は依頼者にとってフェアだと思えば、時間制以外の報酬を躊躇しない。着手金と成功報酬というのがふつうだ。場合によっては着手金はゼロにして成功報酬だけにするしかない依頼者もある。金に換えることのできるはずの大きな権利があると言ってみたところで、手元に現金があるとは限らないからだ。大木の事務所は大きなリスクを抱えこむことになる。弁護士やフタッフには事務所から毎月の金を払い続けなくてはならない。しかし、依頼事件が終了するまで金は入ってこない。それどころか、解決しても成功でなければ金にはならないのだ。

その代わり、成功すれば大きな成功報酬を得る。着手金もなしなのだ。依頼者にとっても願ったり叶ったりということになる。

だが、大木が成功報酬の約束を依頼者と結ぶ理由はほかにもあった。

大木は成功報酬に向かって自分を駆り立てる、その緊張感がたまらなく好きのだ。負ければ、ゼロになる。いや、負担した若い弁護士の報酬やスタッフへの給料がすべてコストとして圧し掛かってくる。

だが、成功報酬であればどれだけコストを費やすかは大木の自由だった。依頼者には迷惑をかけない。なにもかも大木とエクイティ・パートナーたちの負担なのだ。良い結果につながれば?依頼者は大いに喜ぶ。大木らも高い報酬を受け取る。

大木は、徹底的に調べて、とことん内部で議論し、鉄壁のような論理を組み立て、そこへ人情を加味し、必勝の布陣を敷く。そうした仕事のしかたがたまらなく好きなのだ。時間は気にしない。コストも気にしない。仕事の質だけが問われる。

だから、若い弁護士に口癖のように言う。

「目の前の仕事は、人類の歴史の流れが君の目の前で一つになって焦点を結んでいるんだ。

原始、人の世に不動産というものはなかった。あったのは地面だ。いや、地面という意識も、言葉もなかったのが始まりだ。聖書に、初めに言葉ありきと書いてあるとおりだ。

それが、1万年前に農業が始まって、すべてが変わった。ここは自分のものだと標をつける奴が出てきて不動産という法的概念が生まれる。やがてその権利を売買し、貸し借りし、そのうち証券化までするようになった。だから、紛争が起きたら弁護士に頼るほかなくなる。すると、紛争予防のための契約書まで弁護士に頼んでつくらなくてはならないことになる。紛争もその予防も、どちらも同じことだ。

弁護士にしか見えない世の中の切り取り方がある。反対に、そこが子どものころ幼い恋の舞台だった場所だったこと、だから或る人間にとって無限の価値がある場所だということなど、弁護士には認識できはしない。

地質学者にとっての土地と弁護士にとっての不動産は違う。同じ地面なのに、まったく別物だ。

しかし、弁護士は場合によっては地質学者の意見も聞かねばならない事件も扱うのさ。

法律は言葉と同じ。なんにでも絡みつく。

そいつが、今、君の体の正面に横たわって、君の手で触れてもらうのを待っている。勉強する奴には見えるものが、勉強しない奴には見えない。見えない弁護士は、極楽トンボの生活を送る。酔生夢死だな。おっと、最近の若い者は漢文には縁遠いのかな」

あのとき、破産した元オーナーの提案にはそれなりの理由があった。金は持っていたのだが、会社を追い出されてみれば溜まり水を抱えて、そこから汲み出す一方の生活でしかないのだ。大きな会社のトップとして一方で売り上げが立ち、他方で経費が出てゆく生活には慣れている。しかし、破産してみれば金が出てゆく一方の生活になってしまったのだった。どんなに大きな池でも、毎日汲み出せばいずれ尽きてしまうものだ。その過程が人間には辛い、耐えられない。想像するだけで不安でいてもたってもいられなくなる。管財人も狙っている。悪い結果ばかりを想像する。悲しいことに、人間は想像に縛られて行動する生き物なのだ。

だからあのとき、成功報酬にして欲しいといわれて、大木は承知した。旨くいけば、時価総額500億円の資産の会社の支配権を取り戻すのだ。どれも管財人の支配の外側にある。元オーナーと大木の間で、成功したときに取り返した会社の資産の20%を報酬として払うという約束をするのに時間はかからなかった。うまくいって会社の支配権を取り戻してしまえば、個人ではなくその取り戻した会社に大木への成功報酬を支払わせることができる思惑もあった。

大木の腹のなかには、3億はかけて徹底的にやってやろうという意気込みがあった。

3億を時間単価が3万円の弁護士で逆算すれば、約1万時間になる。5人のチームで年に一人が2000時間費やすとすれば、ちょうど1年分だった。事件は1年では終わらない。しかし、最初にコストがかかっても、その後は巡航速度に落ち着くものだということも、経験で知っていた。

そうしたやり方が、大木に並の弁護士を遥かに上回る収入を与えてくれた。大木の事務所にいる弁護士もそれにあずかってきた。しかし、あくまで事件の見通しをつけるのは大木なのだ。

世間並みの弁護士では負ける、しかし大木がチームで取り組めば勝てる事件。そうした勝つことの困難な事件が大木の心を揺さぶるのだ。依頼者にしてみれば、頼みたくても時間制では到底不可能な事件。そうした依頼者との出逢いが大木の魂を磨き上げる。勝率を誇る弁護士などは軽蔑している。難しい事件をやらなければ、勝てる事件だけをやれば、勝率は上がるものだ。18歳になって中学校の入試問題だけを解いているような奴らだ。

勝てば、大きなお金になった。勝てなければ?報酬はない。だが、勉強は無駄にならない。事務所の弁護士にとってみれば、法律を学ぶ者としては途方もなく高い給料をもらいながら、毎日勉強し続けることができるというわけだ。その果実は、それぞれの頭や体に蓄積されずにはおかない。必ず次が来る。そのときに高い発射台から飛び立つことができるのだ。

客観的に言えば、成功報酬にするということは大木が訴訟のフィナンシャルなリスクを引き受けるということだった。ただの弁護士はそんなことをしない。自分はリスクを引き受けない。だから自由で中立の立場から公正な助言ができる。世の多くの弁護士はそう考えている。大木もその考えは分かる。そうかもしれないとも思う。

それでも、大木は自分のプロジェクトが欲しくなることがあったのだ。

破産会社のオーナーを紹介してくれたのが高野だった。だから高野は、結局その事件で大木が成功し、大きな収入を得たことを知っていた。具体的な金額は知らなくとも、大木が、金を稼ぐことができたことを喜んでいる以上に、自分の事件についての見通しが正しかったことが証明されたことや、その証明が他のなによりも大木の事務所の弁護士たちやスタッフの努力によって達成されたことを喜んでいることを高野は理解していた。大木はそういう人間なのだ。

仕事では破天荒でいて、趣味は自宅マンションのテラスでの園芸。司法修習生時代に弁護士事務所の先生に盆栽を見に連れていかれたのがきっかけだという。弁護士になるころには斑入りの万(お)年(も)青(と)を好む青年に育っていた。

「あの事件でオマエは歴史を創った。

だから、今度は俺といっしょにそいつをやってくれ。」

高野はテーブルに両手をそろえて、その間に丁寧に頭を埋めた。ゆっくりとした動作だった。

「高野、こんどは俺独りで決めるわけには行かない。事務所はそれほどに大きい。組織は組織としての意志がある。会社と同じだ。

エクイティ・パートナーに話をしてみる。説得できると思うが、決めるのは俺じゃない」

大木の自制した、しかし自信に満ちた声だった。

(9章「価格決定のための非訟事件」に続く。最初から読みたい方はこちら

 


この記事を書いた人
牛島信弁護士

1949年:宮崎県生まれ東京大学法学部卒業後、検事(東京地方検察庁他)を経て 弁護士(都内渉外法律事務所にて外資関係を中心とするビジネス・ロー業務に従事) 1985年~:牛島法律事務所開設 2002年9月:牛島総合法律事務所に名称変更、現在、同事務所代表弁護士、弁護士・外国弁護士56名(内2名が外国弁護士)


〈専門分野〉企業合併・買収、親子上場の解消、少数株主(非上場会社を含む)一般企業法務、会社・代表訴訟、ガバナンス(企業統治)、コンプライアンス、保険、知的財産関係等。


牛島総合法律事務所 URL: https://www.ushijima-law.gr.jp/


「少数株主」 https://www.gentosha.co.jp/book/b12134.html



 

牛島信

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