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.国際  投稿日:2017/5/21

米ロシア疑惑 特別検察官は誤訳?


古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・トランプ政権ロシア疑惑で “special counselを任命。

・普通に訳せば「特別顧問」。司法長官管轄下の役職。

・ウォーターゲート事件時の「特別検察官」とは異なる。

 

ロシア疑惑、司法当局が捜査

「ロシア疑惑 米特別検察官が捜査へ」(読売新聞5月19日朝刊一面)というように、大手新聞各紙はこのところアメリカのトランプ政権が昨年の大統領選挙でロシア政府機関と結託して投票を不正に操作したのかどうかという疑惑を司法当局が捜査するニュースを大々的に報道し始めた。今後もこの報道は続くだろう。

 

■捜査するのは「特別検察官」?

そこで一点、日本での報道をアメリカでの現地の実態をみながら眺めていて気づいた疑問を指摘しておこう。それは「特別検察官」という日本語である。時事英語にかかわってきた人ならすぐわかることだが、この日本語から連想される英語の原語は“special prosecutor”である。

だから日本の新聞の記事から判断すれば、今回、アメリカで任命されたのは “special prosecutor” のはずである。ところが違うのだ。任命されたのは“special counsel” なのである。この英語をふつうに訳せば、「特別顧問」となる。Counsel というのは顧問とか相談役という意味だからだ。日本語でもそのまま使われるカウンセラーという同義語を連想すればよい。この言葉自体には検察官という意味はまったく含まれてはいない。

 

■“special counsel”の正しい訳

アメリカ司法省の5月17日の発表文をみよう。英語から日本語への直訳である。

「2016年の大統領選挙へのロシアの介入とその関連事項を操作するための特別顧問の任命」

「司法副長官は司法長官代行としてロバート・モラーを特別顧問に任命する。モラーはアメリカ司法省の特別顧問として昨年の大統領選に関してロシア政府とトランプ選挙陣営の個人との関係などについて捜査する権限を与えられる。同特別顧問はこの捜査の結果、連邦法に違反する犯罪があったと信ずるならば、その犯罪を刑事訴追する権限をも与えられる」

以上のように「特別顧問」は刑事事件の捜査をして、起訴をする権限も有するのだから検察官と呼んでもまちがいではないだろう。

ところが日本の大手新聞は1973年のニクソン政権時代のウォーターゲート事件のアーチボルド・コックス特別検察官と今回のモラー氏を同列において、しきりと比較している。この点には事実認定のミスがある。

コックス氏は“special prosecutor”という正式の肩書きだった。直訳は「特別検察官」である。この当時、この「特別検察官」は連邦政府の外、つまり司法省の権限の外にある連邦裁判所によって任命されていた。しかもこのタイプの「特別検察官」は最初からどの場合も刑事訴追の権限を与えられていた。 

 

■「特別顧問」は司法長官管轄下

だがこの「特別検察官」の任命を規定した法律はすでに撤廃されてしまったのだ。そのかわりに現在は連邦規制法により、今回のような独立した権限の捜査官が必要とされた際は裁判所ではなく司法省、つまり司法長官によって「特別顧問」が任命される。

しかもその「特別顧問」は必ずしも刑事訴追の権限は与えられず、捜査の結果の刑事訴追の是非を司法長官に勧告するという形になっている。ただし特別の場合は「特別顧問」にも刑事訴追の権限が司法長官から与えられる。今回のケースはその一例ということなのだ。

だから「特別顧問」はあくまで司法長官の管轄下にあり、同長官によって罷免や解任されることも理論的にはありうることとなる。司法長官の上司である大統領にも特別顧問を解任できる権限はあるわけだ。

以上の実態をみると、今回の「特別顧問」は「特別検察官」と呼ばれても、ウォーターゲート事件当時の「特別検察官」とは内容は異なることが明白である。当時は司法省からも大統領からも独立した裁判所によって任命されていたのが、今回はあくまで司法長官の任命、さらには司法省の管轄下での独立捜査官なのである。だから厳密にいえば、この訳は誤訳ともいえるだろう。

日本の大手新聞はこのへんをどこまで調査したのか。単にトランプ大統領の刑事訴追を望むだけで、「特別顧問」をあえて意図的に特別検察官と訳した、ということではないことを願う次第である。


この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授

産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。

古森義久

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