トランプ大統領が非武装地帯に行かない理由
古森義久(ジャーナリスト・麗澤大学特別教授)
「古森義久の内外透視」
【まとめ】
・トランプ米大統領は今回の訪韓で非武装地帯(DMZ)を訪問しないことが明らかになった。
・歴代米大統領はDMZを訪問していることからトランプ氏に批判の声も。
・トランプ氏の韓国訪問時の言動に注目集まる。
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アメリカのドナルド・トランプ大統領は11月5日からアジア各国の歴訪を始め、まず日本を訪れた後、7日からは韓国を訪問するが、韓国滞在中には歴代のアメリカ大統領が必ず実行してきた朝鮮半島の南北軍事境界線の訪問はしないこととなった。その理由は一体、なんなのか。
ホワイトハウス高官は10月31日、トランプ大統領の韓国訪問について記者団に説明するなかで、「大統領は今回は非武装地帯(DMZ)を訪れない」と言明した。
写真)トランプ米大統領と韓国文在寅大統領 2017年6月30日 Photo by Natig Sharifov
非武装地帯とは大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国との境界線の幅4キロに及ぶ軍事境界線を指す。この境界線の北にはもちろん北朝鮮の大部隊が配備され、境界線の南に展開する韓国軍、米軍と対峙する。
朝鮮半島ではまだ朝鮮戦争が完全に終わって当事国同士が講和条約を結ぶという状態にいたっていないため、暫定の休戦協定に基づくこの対峙はまた戦争を再発しかねない潜在的な危険を常に秘めているわけだ。
だからこそアメリカの歴代の大統領は韓国を訪問すれば、必ずこの境界線に足を運び、近くに駐在する米軍将兵を激励してきた。同時に、いざという有事には韓国の防衛にあたる決意を示して、米韓同盟の堅固さを誇示することが境界線訪問の目的でもあった。
これまでアメリカの大統領は1980年代はじめのレーガン大統領以来、クリントン、ブッシュ二代目、オバマ各大統領ともこの軍事境界線に足を運んだ。先代ブッシュ大統領だけは訪韓でも境界線には行かなかったが、副大統領時代に何度かその訪問を経験していたためだとされた。
一方、トランプ大統領は北朝鮮への軍事姿勢をも強固にし、在館米軍の役割の重大さを強調してきた。であるのにその軍事の最前線に行かないことへの批判も表明された。
オバマ前政権の国家安全保障会議でアジア上級部長を務めたエバン・メディロス氏は「アメリカ大統領は米韓同盟の証としてアメリカの強い決意を北朝鮮に対して明確に示すことが必要であり、トランプ氏がこの際、北朝鮮を実際に肉眼でみられる軍事境界線に行かないことはマイナス面が多いと思う」と語った。
写真)エバン・メディオス氏 出典)LinkedIn Evan Mediros
民主党系の安全保障学者のジェフリー・ルイス氏は10月31日のインターネット・サイトに臆病さを示すニワトリの絵文字を載せて、トランプ大統領の軍事境界線訪問の見合わせ措置を批判した。
トランプ政権の高官は今回の決定について「歴代大統領の非武装地帯訪問はもうマンネリ化しており、トランプ大統領は米韓両軍の合同指揮所のあるハンフリー基地を訪れる予定だ」と述べた。
写真)ハンフリー基地 出典)U.S. army garrison humphreys (camp humphreys)
今回のトランプ政権の決定の理由について同政権内外の複数の専門家たちの間では、まず第一にはトランプ大統領の即興での言明がときに挑発的に過ぎて、北朝鮮軍部隊を目前にしてその種の失言の危険が指摘されている。
実際にブッシュ二代目政権の国家安全保障会議でアジア部長だったマイケル・グリーン氏も「トランプ大統領のように北朝鮮への軍事攻撃の可能性をも明言しているアメリカ大統領が北朝鮮への至近距離まで行ったことはない」とも説明した。
写真)マイケル・グリーン ジョージタウン大学外交政策学部准教授 flickr: U.S. Naval War College
第二には、トランプ大統領に対する北朝鮮からの実際の軍事攻撃への懸念があるという。北朝鮮部隊が偶然にせよ、計画的にせよ、目前に登場するアメリカ大統領に対して奇習をかける危険は完全には排除できない、というわけだ。
第三には韓国の文在寅政権がトランプ大統領の軍事境界線訪問に難色を示し、その旨をアメリカ政府に伝えたという説である。この韓国側の懸念は当然だといえよう。同盟相手のアメリカ大統領が自国を訪れている間は万が一の事態の危険を最少にしたいというわけだ。
写真)夫人とともに就任式に臨む文在寅韓国大統領 2017年5月10日 flickr: Republic of Korea
こんな背景からトランプ大統領の南北軍事境界線訪問はノーの答えが出たというのだが、さて自由奔放の言動が売り物の同大統領、韓国で果たしてどんな動きをみせるのか、まだ予断は許せないだろう。
トップ画像:韓国と北朝鮮の軍事境界線(DMZ) Photo by Henrik Ishihara Globaljuggler
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この記事を書いた人
古森義久ジャーナリスト/麗澤大学特別教授
産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授。1963年慶應大学卒、ワシントン大学留学、毎日新聞社会部、政治部、ベトナム、ワシントン両特派員、米国カーネギー国際平和財団上級研究員、産経新聞中国総局長、ワシントン支局長などを歴任。ベトナム報道でボーン国際記者賞、ライシャワー核持込発言報道で日本新聞協会賞、日米関係など報道で日本記者クラブ賞、著書「ベトナム報道1300日」で講談社ノンフィクション賞をそれぞれ受賞。著書は「ODA幻想」「韓国の奈落」「米中激突と日本の針路」「新型コロナウイルスが世界を滅ぼす」など多数。