.国際  投稿日:2017/12/17

ノーベル平和賞の虚実

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島田洋一(福井県立大学教授)

「島田洋一の国際政治力」

【まとめ】

・ノーベル平和賞はノルウェーの通常リベラル派が多数を占める国会が選考権限を持ち、同国の国益と無縁でない。

・同賞に意義が認められるのは、独裁権力と戦う人権・民主活動家に与えられた場合に限るべき。

中国・韓国が同賞を情報戦に利用する展開もありうる。政府は警戒を怠らず正確な史実の発信を。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真の説明と出典のみ記載されることがあります。その場合、http://japan-indepth.jp/?p=37404でお読みください。】

 

ノーベル平和賞は一体どこが決めているのか、という疑問の声に時々接する。以下はそれに対する回答である。

スウェーデン人アルフレッド・ノーベルの遺言と遺産によって創設されたのは、物理学、化学、生理・医学、文学、平和の5部門だが(経済学賞は、スウェーデン中央銀行が1968年に設けた全く別の賞。権威を得るためノーベルの名を冠し現在に至る)、ノーベルは平和賞のみ、選考権限をスウェーデンの関連学術団体ではなくノルウェーに与えている。具体的には、ノルウェー国会が任命する5人の委員が選考に当たると遺言された。

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▲写真 ノーベル平和賞選考が行われるノルウェー・ノーベル研究所 出典:Wikimedia

なぜノルウェーなのか。ノーベルは理由を明記していないが、当時、スウェーデンとノルウェーは連合王国を形成しており、相対的に力の弱いノルウェーの方が非軍事的手段に一段と智恵を巡らすと期待したのではとも言われる。

いずれにせよ、ノーベル平和賞は、北欧の小国ノルウェー(人口500万人強)の、通常リベラル派が多数を占める国会が選考権限を持つ賞であり、それ以上でも以下でもない。

今年(2017年)のノーベル平和賞は運動体「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)に与えられた。選考委は授賞理由で、「北朝鮮にみられるように多くの国が核開発に取り組む現実の脅威がある」と述べているが、北朝鮮のような国際規範を一顧だにしない極度に非人道的な政権に対しては、軍事的手段で脅威を取り除く以外ないのではないかといった発想は、委員らの思考回路には入ってこない。

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▲写真 ICAN ロゴマーク 出典:ICANウェブページ

なお朝鮮半島関係では過去に、太陽政策で北に多額の資金・物資を渡し「現実の脅威」を増大させた金大中韓国大統領が受賞している(2000年)。今後、仮にトランプ米大統領が軍事力で北の独裁体制を倒し、脅威を除去したとしても、ノーベル平和賞の候補にすら挙がらないだろう。

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▲写真 金大中元韓国大統領とクリントン元米大統領 出典:the Executive Office of the President of the United States

ちなみに米大統領では、過去に4人が受賞している。その内、ウッドロー・ウィルソン(1919年)、ジミー・カーター(2002年)、バラク・オバマ(2009年)の3人は民主党所属で、リベラル・インテリ好みの分かりやすい人選である。

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▲写真 ウッドロー・ウィルソン 出典:Pach Brothers, New York

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▲写真 ジミー・カーター 出典:WhiteHouse

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▲写真 バラク・オバマ 出典:photo by Pete Souza, The Obama-Biden Transition Project

カーター授賞に際しては、選考委員長が「これは現在の米政権の路線への批判と解釈されるべきである」と、「テロとの戦争」に邁進するブッシュ長男大統領(共和党)への牽制を意図したと明言してもいる。どれほど非人道的な独裁者とも話し合いで妥協点を探るべきとするカーターは、反ブッシュ・反レーガンの象徴であると同時に、選考委員会の姿勢の象徴でもあった。

唯一異色と言えるのは、セオドア・ルーズベルト大統領(共和党)への授賞である(1906年)。ルーズベルトは、米西戦争中、突撃部隊を率いた勇猛果敢な戦いで名を馳せ、生涯、尚武の精神を説いてやまなかった。「棍棒片手に優しい声で」を政治信条とした人でもある。

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▲写真 セオドア・ルーズベルト 出典:photo by   Pach Brothers

選考委は、日露戦争終結を調停した功績を授賞理由に挙げたが、実際は、当時国民投票でスウェーデンからの独立を決めたばかりで、不安定な状況にあったノルウェーが、ルーズベルト授賞によって、大西洋の対岸で台頭する新興大国との関係を強化しようとしたのではないかと言われている。

当時の選考委員長は、ノルウェー政府の外相でもあった。つまり、平和賞はノルウェーの国益と無縁ではない。それゆえ反捕鯨団体などが授賞することはないだろうと言われる。ノルウェーは、国際捕鯨委員会の決定に従わず、商業捕鯨を続けている国である。

ノーベル平和賞に意義が認められるのは、独裁権力と戦う人権・民主活動家に与えられた場合に限られると言っても過言ではない。ソ連のアンドレイ・サハロフ(1975年)、ポーランドのレフ・ワレサ(1983年)、チベットのダライ・ラマ14世(1989年)、中国の劉暁波(2010年)などがその例である。いずれも立派な決定であった。今後、受賞対象をできるだけ人権活動家に絞るよう、日本政府も外交的働きかけを行うべきではないか。

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▲写真 アンドレイ・サハロフ 出典:Vladimir Fedorenko

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▲写真 レフ・ワレサ 出典:Jarle Vines

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▲写真 ダライ・ラマとオバマ前大統領 出典:Pixabay

ちなみに、第二次世界大戦終戦の年である1945年はコーデル・ハルが受賞している。日本では過酷なハル・ノートで知られる米国の国務長官である。死を前にしたフランクリン・ルーズベルト大統領の働きかけが功を奏したと言われている。

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▲写真 コーデル・ハル 出典:Public domein

今後警戒すべきは、中国や韓国が、慰安婦に関する国連報告書で有名な(悪名高い)ラディカ・クマラスワミ(スリランカ出身の法律家)などを推してくる展開だろう。すでに何度か名前は挙がっている。

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▲写真 ラディカ・クマラスワミ氏 出典:UN News Centre

またノーベルは国家間の「友愛(fraternity)に尽くした」人を受賞条件に上げている。友愛と言えば鳩山由紀夫元首相の代名詞であり、中韓が同氏の受賞を画策してくる事態も考えられよう。冗談が現実になることもしばしばある。情報戦、歴史戦の網は広範囲に張り巡らされている。政府は警戒を怠らず、継続的に正確な史実の発信に努めていかねばならない。

トップ画像:アルフレッド・ノーベル 出典/Nobel Prize

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この記事を書いた人
島田洋一福井県立大学教授

福井県立大学教授、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)評議員・企画委員、拉致被害者を救う会全国協議会副会長。1957年大阪府生まれ。京都大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程修了。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』など多数。月刊正論に「アメリカの深層」、月刊WILLに「天下の大道」連載中。産経新聞「正論」執筆メンバー。

島田洋一

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