重篤な「無責任病」こそ諸悪の根源 サッカー日本代表のカルテ その1
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・このタイミングでのハリル監督解任は異常。
・解任の理由についての説明が曖昧で協会は説明責任を果たしていない。
・すべての責任を現場が負わされ、上層部は誰も責任を取ろうとしない。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合は、Japan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39571でお読みください。】
(よいことではないが、仕方ないのかな)……サッカー日本代表のヴァヒド・ハリルホジッチ監督(以下、ハリル)が突如として解任された(4月9日)というニュースに接した時の、私の率直な感想がこれであった。
▲写真 ヴァヒド・ハリルホジッチ監督 出典 photo by Clément Bucco-Lechat
多くの人がすでに知る通り、ワールドカップ・ロシア大会の開幕まで、残り2ヶ月足らず。このタイミングでの解任は他国でも例がなく(ワールドカップ出場決定後の指揮官交代ならば、いくつか例がある)、異常だとしか言いようがない。
理由は、日本サッカー協会(以下、協会)の説明によれば、「選手とのコミュニケーションや信頼関係がやや薄れてきた」ということであるらしい。
まず、一人の社会人として言わせてもらうと、こんな曖昧な説明だけでクビを切られて、はいそうですかと納得できる人が、どこの世界にいるだろうか。
ハリルは4月21日に来日し、協会と最終的な話し合いの後、記者会見する予定であるが、「円満退社」になる見込みはなさそうだ。しかし一方、彼に落ち度がなかったとも言い難いのが、サッカー好きとしては辛いところなのである。
私に限らず、多くのサッカー好きにとって、代表のサッカーとは観るものではなく「一緒に闘う」ものなのであり、心は常に選手とともにある。その観点からハリルという人は、複数の選手がマスコミに漏らしたように、
「長いミーティングを毎度やる割には、どうやって相手に競り勝つのかとか、具体的なことを教えてくれない」という欠点があった。
この点は、複数のサッカー・ジャーナリストも証言していて、「2、3の質問に対して、30分以上も自説を得々と語ることがザラであった」
として評判がよくなかった。常に「上から目線」で話が長い割には、具体性の乏しい指示しか出せないーーこんな上司では部下の士気も上がらず、結果も期待できまい。解任そのものは仕方ないのかな、と私が考えたことについて、ご理解いただけたであろうか。
これと対照的なのが、Jリーグ設立後、最初の代表監督(1992〜93年)をつとめたハンス・オフトである。彼は、イラストのような分かりやすい作戦図を示しながら、「トライアングル=常に三方を意識し、三角形のパスコースを確保しつつ動け」、「スモール・フィールド=前線(FW)、中盤(MF)、最終ライン(DF)の距離を空けず、コンパクトな陣形を保て」、「コーチング=試合中、常に声を掛け合い、味方を見失わぬようにしろ」、「アイ・コンタクト=決定的な場面では、目と目だけで意志を通わせ、敵にこちらの狙いを悟られるな」「ディシプリン=規律なくして戦術なし」といった耳に残る言葉で、選手にパス・サッカーの基礎とその面白さを伝えた。
▲写真 ハンス・オフト氏 出典 International School Network
当時のヨーロッパでは、そして今やわが国でも、子供のサッカー教室で教えているような戦術の基礎なのだが、実際問題として当時の日本代表は、ここから教え込まねばならないレベルだったのだ。
彼は、あと一歩のところでワールドカップ米国大会出場を逃してしまった「ドーハの悲劇(1993年10月28日。アジア最終予選の対イラク戦で、ロスタイムに失点し引き分けに終わった)」によって辞任したが、今もって彼のことを、歴代最高の代表監督だと考えている人は少なくない。
就任当初、代表の中心選手で「闘将」と呼ばれたラモス瑠偉との確執が伝えられたが、後にラモスは、「野良犬みたいな俺を、代表で使い続けてくれた。あの監督を男にしたい」と言うほど心服するまでになった。
▲写真 ラモス瑠偉氏 出典 photo by Norio NAKAYAMA from saitama, japan
主将をつとめた柱谷哲二は、それまで「韓国と当たったらおしまい」と思い込んでいたものが、オフトの教えを実践した途端に、「あれ、ちゃんとサッカーの試合になってる」と感じた、などと語っている。使いにくい選手でも戦力として貴重なら重用し、結果も残す。こういう上司なら、部下もついてくるものだ。
では、ハリル解任のなにがそれほど「よいことでない」のか。まず、前述のように解任の理由についての説明が曖昧で、なぜこのタイミングなのか、という疑問に対する答えになっていない。言い換えれば、協会は説明責任をまったく果たしていない。
そもそも、監督が解任されるというのであれば、協会は任命責任を問われるはずである。ところが、解任に続いて発表された後任監督は、強化部長の西野朗であった。強化部長とは読んで字のごとく、ワールドカップで好成績を残せるような代表を育てるために、監督をバックアップして行かねばならない立場である。
▲写真 西野朗氏 出典 photo by TAKA@P.P.R.S
なおかつ、ハリル解任の直接的な理由とされた、3月のヨーロッパ遠征での成績不振だが、当の西野は3月28日に「監督は続投」と明言していたではないか。それが掌を返して自身が監督就任とは……プロジェクトの結果が出ず、士気も下がったような場合、すべての責任を現場が負わされ、上層部は誰も責任を取ろうとしない。
日本の企業社会では、いくらでも耳にすると言うか、掃いて捨てるほどある話だ。しかし、サッカーの日本代表は、いつかワールドカップを制する日を夢見て、これからも長く苦しい戦いを続けねばならぬ集団なのである。こんなことで、よいはずがない。
(文中敬称略。サッカー関係者の皆様には、非礼をお詫び申し上げますー筆者)
トップ画像:ヴァヒド・ハリルホジッチ氏 出典 ヴァヒド・ハリルホジッチオフィシャルウェブサイト
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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト
1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。