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.国際  投稿日:2018/5/10

マレーシア初の政権交代 マハティール氏首相に返り咲き


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・マレーシア総選挙、野党連合が歴史的勝利、初の政権交代実現。

92歳のマハティール元首相が世界最高齢での首相就任。

・国民はマハティール氏の手腕に大きな期待感。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て表示されず、写真説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=39977でお読み下さい。】

 

5月9日に投票が行われたマレーシアの連邦下院選挙は即日開票され、10日未明に野党連合「希望連盟」が定数222議席の過半数となる113議席を確保、与党連合「国民戦線(BN)」の79議席を大きく上回り、歴史的な勝利をおさめた。

この結果1957年のマレーシア独立以来、政治史上初めての政権交代が実現するとともに、希望連盟を率いてきたマハティール元首相が92歳という世界最高齢での首相就任を果たすことになった。

 

 マハティール元首相は笑顔で勝利宣言

10日未明に会見に臨んだマハティール元首相はまず両手を小さく挙げて喜びを表し、満面の笑顔で内外から殺到した報道陣に丁寧に英語で応答した。選挙結果を受けてナジブ首相への対応を問われると「私たちは報復を求めない。ただ法の秩序を求めるだけだ」と応え、会場から拍手と歓声が上がった。

さらに「勝利時の公約」通り11日、12日を休日にすると表明した。組閣などの今後の予定に関する矢継ぎ早の質問に対しても「少し待ってほしい。私は92歳なんだから」と語りベテラン政治家らしく会場の笑いを誘う余裕をみせた。

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▲写真 会見するマハティール氏 出典:PPBMLangkawi Facebook

近く首相就任式に臨むマハティール元首相は副首相候補として「人民正義党」指導者で服役中のアンワル・イブラヒム氏の妻でもあるワン・アジザ代表を指名。さらに同性愛罪で服役中のアンワル氏についても「6月にも釈放される予定だが、釈放後速やかに選挙の洗礼を受けて国会議員に返り咲き、いずれは首相を譲りたい」との考えを改めて示した。

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▲写真 ワン・アジザ氏 出典:@drwawi

アンワル氏はマハティール政権で副首相兼財務相を務めたがマハティール元首相と関係が悪化、政治生命を絶たれた経緯がある。しかし、ナジブ政権打倒を掲げて歴史的和解を果たし、選挙では支持者同士が共同戦線を張ってきた。

 

 ナジブ首相は政権に未練の敗北宣言

これに対し「国民戦線」を率いた現職のナジブ首相は、9日に予定していた会見を延期、クアラルンプールの自宅に閣僚やBN幹部を集めて緊急会議を開催、予想外の敗北に動揺していることを内外に印象付けた。

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▲写真 ナジブ首相 出典:Firdaus Latif

10日午前11時(日本時間同正午)から記者会見したナジブ首相は「今回の選挙結果は民主主義の結果であり、国民の決定を受け入れる」との姿勢を示した。しかし「BNの支持者、BN指導者に感謝する。我々は国民生活の向上に努め、多くの雇用を創生し、ハイレベルの経済成長を実現させた。しかし、これまでやってきたことは国民にとって魅力ではなかった」と過去の実績を列挙するなど政権維持に未練が残っていることをにじませた。

勝利した希望連盟やマハティール元首相らへの「お祝い」の言葉は一切なかったところに今回の総選挙での与野党の構図、マハティール首相と同政権で国防相などの主要閣僚を務めたナジブ首相という「師弟対決」の醜さをみせつける会見となった。

■ 大方の予想を裏切った「変革」への思い

政権与党の利点を最大限に活かしたナジブ首相のBNが選挙戦を有利に展開していたとして日本の多くのメディアなどは「与党連合有利」との見方を選挙戦終盤で相次いで伝えた。

しかし、選挙結果を見る限り野党の支持者が多い都市部だけでなく、与党の支持基盤である地方・農村部でも希望連盟候補者が票を伸ばした。さらに、伝統的にマレー人が与党を、少数派の中国系、インド系のマレーシア人が野党を支持するというこれまでの支持基盤の構図が変化したことが初の政権交代に繋がったといえる。

これは与党による「長すぎた政権運営」の結果、国民の生活費は増える一方で賃金は伸びずに生活が年々苦しくなるという国民感覚を与党が置き去りにしてきたことと無関係ではない。さらに選挙戦になってマニフェストなどで「低所得者向けの補助金の拡充」や「26歳以下の所得税撤廃」といったバラマキ政策をぶち上げたものの、「国民はもはやそんな政策には関心がない」(マハティール元首相)と指摘したように、有権者の心を取り戻すことはできなかった。

 

 最大の敗因は金権・汚職体質への失望

そして何よりナジブ首相が支持を失ったのは政府系ファンド「ワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)」を巡る不正資金流用の疑惑などの金権体質にあり、野党側の「ナジブ政権批判」の中心もその指摘だった。

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▲写真 ナジブ首相(中央) 出典:BN MANIFEST

今回のマレーシア国民の選択は、同時に行われた地方議会選挙でも12の州議会のうち9州でBNが敗北するなど、多くのこれまでのBN支持者を含めて「マレーシア政治に変革」と「金権・汚職体質からの脱却」を選び、それをマハティール元首相に託した結果といえる。

選挙結果を受けてマレーシア通貨のリンギットはオフショア取引で下落するなど「新政権の経済政策の不透明」が市場の不安感となって表れている。

しかしマレーシア国民は「史上初の政権交代」が実現したことで、新政権の政治手腕に大きな期待を寄せていることも事実。シンガポールの「チャンネル・ニュースアジア」などのインタビューに応えるマレーシア国民は揃って「マハティール元首相なら何かをやってくれる」と、マハティール元首相の1981年から2003年までの実に22年間に渡る政権運営という実績に「変化」の期待を託した形となった。

トップ画像:マハティール氏(中央)出典 マハティール氏 Facebook

 

【訂正】2018年5月10日

本記事(初掲載日2018年5月10日)の本文中、「子弟対決」とあったのは「師弟対決」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。本文では既に訂正してあります。

誤:勝利した希望連盟やマハティール元首相らへの「お祝い」の言葉は一切なかったところに今回の総選挙での与野党の構図、マハティール首相と同政権で国防相などの主要閣僚を務めたナジブ首相という「子弟対決」の醜さをみせつける会見となった。

正:勝利した希望連盟やマハティール元首相らへの「お祝い」の言葉は一切なかったところに今回の総選挙での与野党の構図、マハティール首相と同政権で国防相などの主要閣僚を務めたナジブ首相という「師弟対決」の醜さをみせつける会見となった。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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