無料会員募集中
.政治  投稿日:2018/6/2

世界最悪規制のカジノ依存症対策


田中紀子(ギャンブル依存症問題を考える会 代表)

【まとめ】

・国会審議中のカジノ法案は依存症者大量生産工場と化す危険性有。

IR実施法に「特定金融業務」という条文が追加されたことを懸念。

IR実施法には現在上がっているギャンブル依存症対策を見直すこと等を盛り込むべき。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては写真の説明と出典のみ表示されることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttp://japan-indepth.jp/?p=40303でお読みください。】

 

現在、内閣委員会で特定複合観光施設区域整備(IR)法案、いわゆるカジノ法案が審議されている。安倍総理はさかんに「世界最高規制の日本型IR」と言っているが、ギャンブル依存症対策に関しては、ズブの素人が作ったのではないか?と思うほどずさんなものとなっている。

既に日本はギャンブル依存症の罹患率が3.6、国勢調査のデータにあてはめるとおよそ320万人と推計されるギャンブル依存症大国である。この上、新たなギャンブル産業を生み出そうとするからには、ギャンブル依存症対策の推進は不可欠であるが、現実には推進どころか、このままでは依存症者大量生産工場と化す危険性すら含んでいる。まさに「世界最悪規制のカジノ依存症対策」となっている。

 

 特定金融業務

最大の懸念は、IR実施法の中に「特定金融業務」という条文が加えられたことである。これは、平たく言えば、国内に住居を有しない外国人と、一定の金額をデポジットできる人に対しては、2か月間は無利子でカジノの資金を貸し付けできるというものである。つまり「バクチのたね銭がなくなりましたら、無利子でお貸ししますのでどうぞご遠慮なくバンバン賭けて下さい。」というものだ。

但し、2か月以内に返済できなければ、14.6%の遅延損害金をつけて請求することができ、その取り立ては外部の業者に頼んでもよいという落とし穴つきだ。そして、もちろんカジノ金融の他に、銀行、信販会社、消費者金融から借り入れすることもできる。

これは回復したギャンブル依存症者の立場から言わせてもらうと、最悪の規定である。様々なスクリーニングテストを見て頂ければわかるが、ギャンブル依存症者の特徴に「ギャンブルで負けた金は、ギャンブルで取り返す。」と考えてしまう特徴がある。無利子で貸してくれる金が目の前にぶら下がりながら、返済日が2カ月後ともなれば、「返済日までに勝てばいい!」とばかりに、ギリギリいっぱいまで借金してしまうことは容易に想像できる。

内閣委員会での答弁を聞いていると、これをギャンブル依存症対策として考えた官僚は、金利がない分問題が減るはずと考えたようだが、現実は真逆で、金利がないということで借金へのハードルが下がり自制心をそいでしまう。むしろ依存症対策というなら、金利をきっちりとかけるか、無利子で貸すのなら翌日返済など期間を短くすべきである。

 

○ 富裕層のギャンブル依存症問題

そもそも政府は「富裕層はギャンブル依存症にならない」と考えているか、もしくは「富裕層こそカジノに来て欲しいので、富裕層の依存症者がでても構わない」と考えてギャンブル依存症対策を打ち出していると思われる。

しかしギャンブル依存症は精神疾患であり、ギャンブルをやる人なら誰にでも罹患する危険性がある。実際に、元大王製紙会長の井川意高氏や、元関脇貴闘力関の事件、他にも90年代にカジノで破たんし職務を放り投げ失踪した、狛江市の石井三雄元市長なども資産家であったことを鑑みれば、財力は関係ないことがわかる。

JB180602tanaka01

▲写真 井川意高氏 出典:ニコニコインフォ

JB180602tanaka02

▲写真 貴闘力氏 出典:Instagram

実際支援の現場にいると富裕層の相談もよく受けるが、富裕層の支援は庶民の支援に比べたら、数倍もしくは数十倍も大変な労力がかかり、さらに周囲に対する悪影響もとても大きくなる。

例えば、富裕層は家族、親族もお金を持っていることが分かっているため、当事者はなかなか底をつかない。そして、家族らも問題を世間に知られるまいと必死に隠す傾向にあり、なかなか外部に支援を求めることができない。

さらに当事者がワンマン社長であったりすると、会社のお金を使いこみ始めることはもちろんのこと、場合によっては下請け会社にも無理を言って借金をし始めたり、支払いが滞るような問題が起こり、連鎖倒産の危機に見舞われる。

また私が経験した最も悲惨な事例では、長く続いた会社を守ろうと、古くからいた番頭さん的な長老社員たち数名が、自宅を担保に入れてまで数千万円ずつ用立て悪戦苦闘した結果、会社が倒産しただけでなく、社長一族から幹部社員もみな自宅まで奪われてしまったというものである。あの幹部社員達のご家族の心中を思いやると、今も胸が痛む。

更に、問題なのは富裕層にはいくらでも金を貸してしまう人がいるということである。実際私もギャンブルにハマっていた頃、海外カジノに一緒に行った小金持ちの会社経営者に、私にとっては大金だが、バカラにハマっているお金持ちにとってははした金にすぎない30万円を貸してしまったことがある。今思えば、あんなにガンガン張っている社長が当時小娘だった私の様なものに30万円借りるなど既に切羽詰まった状況だったと思うが、あの頃の私はそんなこと全く分からず、「決して取りっぱぐれるはずがない」と思って貸し、見事に取りっぱぐれた痛い経験がある。

また闇金も、庶民にはリスクが大きいので少額しか貸さないが、身元のしっかりした富裕層には数千万単位で貸し付けを行う。「毎日、黒い車で見張られ、怖くて仕方がない。」というご家族の依頼を受け、介入した経験もあるが、その時は闇金の借入が5千万円もあり、それを週に1割の利息を返済し続けてきたと聞き驚いた。しかも、現在の借入の他に、アパート2棟分、闇金の支払いに充てたというのである。

IR法案では、もちろんカジノそのものに暴力団などが入りこむ隙はないであろうが、こういった反社会的な問題も起こりうることを考慮し、バクチの種銭を煽るような真似は絶対にやってはいけないのである。

このように、実は富裕層向けにこそ、ギャンブル依存症対策はしっかりやらなくてはならないのに、IR実施法で議論されているギャンブル依存症対策は、まさにカジノのターゲット層である富裕層向けの依存症対策があまりにずさんである。

 

○ 「入場料6000円」「入場回数月10回」迄は依存症対策として有効か?

2018年6月1日の衆議院内閣委員会の立憲民主党の初鹿明博議員の質問に対する答えで、これら入場制限はギャンブル依存症対策ではなく、安易な入場を抑止する予防策であることがわかった。では実際には入場料6000円はどれほどの抑止力になるのか?基本的にカジノというのはフリードリンクフリーフードである。朝昼晩の三食飲食タダとなれば、1日中いて元をとってやろうと考え、むしろ長居をする可能性がある。また数十万、数百万、数千万の勝負をしに来るカジノの顧客が6000円を気にするのか?はなはだ疑問である。

さらに入場回数10回という制限は、あって無きがごとしで、そもそも月に10回もカジノに行くようであれば既に依存症が疑われる状況と思われるし、例え入場制限がかけられても、海外カジノなどいくらでも安く行けるし、オンラインカジノや闇カジノだって国内には蔓延している。

 

○ 「しっかりやる!」は中味のない口約束

IR実施法の依存症対策を語る上で、一番問題となることは、実施法を検討した推進会議のメンバーに、ギャンブル依存症の有識者が一人もいないどころか、長年「ド」がつくくらいカジノを推進されてきたメンバーしか入っていないことにある。

ギャンブル等依存症対策基本法は、最後の最後で自由民主党中谷元先生を始めとする、与野党の先生方の頑張りで、当事者・家族らを含む関係者会議を入れることができたが、そもそも日本の官僚は、自分たちの都合のよいように法案を作りたがり、多様な声に耳を傾ける姿勢にない。

また、諸外国に比べて30年も遅れてしまったと言われる、日本のギャンブル依存症対策は、ギャンブル産業側に対する応益負担を強いていない。ギャンブル産業は利益をむさぼっても、ギャンブルの負の側面に対する社会コストは負担せず、税金による負担を強いてきた。財政難と言われる日本で、これでは対策など進むはずがない。

現に、IR推進法が通過し、ギャンブル依存症対策を「しっかりやる!」「しっかりやる!」の大合唱の中にあって、立憲民主党の高井崇志先生の質問主意書に対する答弁書により、本年度、アルコール・薬物をのぞいたギャンブルだけの厚労省依存症対策予算は、わずか19427千円であったことが判明した。言っておくが、依存症対策に失敗していると言われる、韓国ですら対策費はおよそ22億円である。

マスコミも議員もこぞって視察に行き韓国の様子をとりあげ、「カジノの周りに質屋ができている」だとか、「夜逃げや自殺が多数出ている」などと騒いでいるが、日本は一極集中していないだけで、とっくにその状況が全国で起きている。海外に視察に行くよりも、まず日本の現状から逃げずに検討すべきである。1千万円強の予算で「しっかりやる!」ことなど到底できない。今こそギャンブル産業からの応益負担を決定すべき時である。

内閣委員会では、ギャンブル依存症対策費の事業者負担は他の現行法を鑑み難しいとの回答であったが、カジノにおけるバクチの種銭貸しは「カジノ事業者が、免許受けて行う特定金融業務については、銀行法の適用はしないものとすること。」の一文だけでまかり通ってしまうのである。現行法との兼ね合いなど、本気で「しっかりやる!」気があればいくらでも可能になるはずである。

また、今後推進派ばかりの「カジノ管理員会」では、一体いつ都合よく現行法すらないがしろにされてしまうか不安でならない。IR実施法を通すなら、

1)現在あがっているギャンブル依存症対策を見直すこと

2)既存ギャンブル及びカジノ事業者にギャンブル依存症対策費の応益負担を課すこと 

3)カジノ管理委員会にギャンブル依存症支援に携わってきた関係者を入れることを明記すること

この3つが譲れない線だと考えている。

「しっかりやる!」の口約束を国民が信じられるほど、現政権は信頼に足るものではないことは、ご自身たちが一番良くお分かりではないだろうか。

相談窓口:公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」

JB180602tanaka03

▲図 ギャンブル依存症を考えるポスター 提供:公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」

トップ画像/ルーレット(イメージ画像)出典:Max Pixel


この記事を書いた人
田中紀子ギャンブル依存症問題を考える会 代表

1964年東京都中野区生まれ。 祖父、父、夫がギャンブル依存症者という三代目ギャンブラーの妻であり、自身もギャンブル依存症と買い物依存症から回復した経験を持つ。 2014年2月 一般社団法人 ギャンブル依存症問題を考える会 代表理事就任。 著書に「三代目ギャン妻の物語(高文研)」「ギャンブル依存症(角川新書)」がある。

 

田中紀子

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."