[青柳有紀]<優れた医者が育つ条件>下手な料理人は客を失うだけだが、臨床医は患者の命を失わせる
青柳有紀(米国内科専門医・米国感染症専門医)
先日、6ヶ月間にわたって指導した内科レジデント(研修医)たちが、無事にローテーションを終え、次の教育病院に異動していった。ルワンダにおける内科医養成のための研修プログラムは4年間で、レジデントたちは、6ヶ月ごとに国内にある4つの教育病院を異動し、様々な症例に触れながら知識と技術を習得していく。
臨床医が一人前に成長するためには、上級医の指導のもと、実際に患者の診療を繰り返し行うプロセスが必要になる。その中で、若い医師たちは様々な疾患の多様な表現に触れ、それらを理解し、適切な対処法を学ぶ。また、診断を下すことが困難な症例に遭遇した際に、どうすれば正しい診断に辿り着くことができるか、といった問題解決能力も修得しなくてはならない。
研修医一人一人の能力や適性にはもともと大きな差があり、一様な指導を繰り返すだけでは一定の質を備えた臨床医を継続的に育成することはできない。決して大げさな表現をするつもりはないが、臨床医の能力の差には料理人のそれと同じくらいの大きな隔たりがあると思っていい。
知識や技術に乏しく、それらを向上させる意欲もない、不味い料理しか作れない料理人がいる一方で、学ぶことに貪欲で、より優れた料理を作ろうと日々努力を怠らない職人もいる。臨床医も全く同様だ。だが、それがもたらす帰結と影響は大きく異なる。不味い料理しか作れない料理人は客を失うだけだが、能力に欠ける臨床医は患者の命を失わせることがあるからだ。
では、優れた臨床医が育つための条件とは何だろうか。言うまでもなく、そのためには一定の質が担保された人材を生み出せる、優れた教育システムと指導者が必要になる。ルワンダ政府が、7年間にわたり120億円以上をかけて、米国のトップ・メディカルスクールから教員を招聘し、臨床医学教育の充実を図ろうとしている理由がそこにある。
私はルワンダの若い医師たちに明るい未来を見ている。なぜなら(意外なことに)、日本こそ、かつてアメリカ式の臨床医学教育システムを導入し、成功を収めた歴史があるからだ。現在も臨床研修病院として高い評価を受けている沖縄県立中部病院では、1972年に沖縄が返還されるまで、アメリカ人医師たちによる臨床教育が行われていた。
私の恩師で、日本の臨床感染症学を大きく発展させた青木眞医師(現・サクラ精機株式会社学術顧問)は、アメリカで内科医および感染症医としてのトレーニングを受ける以前に、この病院でアメリカ式の教育を受けている。また青木医師を指導していたのは、日本人で最初に米国感染症専門医となった喜捨場朝和医師である。沖縄県立中部病院は、内科に限らず多くの優れた臨床医および指導医を現在も輩出しつづけている。
優れた臨床医になるために国籍は無関係であり、必要なのは優れた教育だ。ルワンダにおける私たちの試みも、この持続的な営みの中で、必ず成果を上げることだろう。
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