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.社会  投稿日:2019/12/29

拡大する感染症に予防接種を【2020年を占う・医療】


上昌広医療ガバナンス研究所 理事長)

【まとめ】

・地球温暖化とグローバル化の影響で感染症が拡大している。

2020年の東京五輪でどんな病気が流行するかは予想もつかない。

・がん経験者など免疫力の低い人を優先的に予防接種を打つべき。

 

2020年の医療でもっとも注意すべき問題は感染症である。地球温暖化とグローバル化で感染症が拡大しているからだ。本稿では、この問題について解説したい。

米国では麻疹が流行している。ニューヨーク市は2019年4月9日、公衆衛生の非常事態を宣言した。対象地域に住み、感染する可能性がある人には予防接種を義務付け、従わなければ罰金を科すこととした。

欧州も同様だ。世界保健機関(WHO)によると、2019年年1〜6月に報告された麻疹患者は8万9,994人。前年の2倍以上のペースだ。WHOは、英国など4カ国を「麻疹排除国とみなせなくなった」との見解を表明した。

流行しているのは麻疹だけではない。世界では様々な感染症が流行している。例えば、日本脳炎だ。インドネシアのバリ島では2014~16年の間に408人の患者が確認されているし、インドのアッサム州では2010年に154人だった患者が、2014年には744人に増加した。

日本脳炎ウイルスを媒介する多くの蚊は塩分に対する耐性があるため、温暖化やそれに伴う海面上昇により、生息域を広めている。2006年以降、それまで報告されていなかった標高3,000メートル以上のヒマラヤ高原からも患者が報告されている。

ジカ熱の感染も拡大している。2019年11月にはフランスでジカ熱に感染した患者が報告された。この患者はフランス国外に渡航していないため、欧州で初めての国内感染と判断した。

海外との交流が加速すると感染症のリスクは高まる。既に日本にも、その影響がでている。それは2019年のインフルエンザ感染だ。

2019年は9月初旬からインフルエンザの流行が始まった。9月2日~8日の間の感染者数は、定点医療機関あたり0.77人で、前週から倍増した。大流行した2009年に次ぐ勢いだった。9月2日には東京都東村山市の中学校がインフルエンザで学級閉鎖となっている。

インフルエンザの流行は、世界中を「循環」している。日本の冬場に北半球、夏場に南半球で流行する。つまり、一年をかけて、北半球から南半球を「往復」する。

日本の夏場に、南半球ではインフルエンザが流行している。夏休みと言えば海外旅行だ。日本と南半球の国の交流は加速している。日本政府観光局によれば、2019年7~8月にオーストラリアから6万1,900人が入国している。対前年比7.4%の増加だ。

さらに2019年はラグビーワールドカップが開催された。南アフリカ、オーストラリア、ニュージーランドなど、多くの強豪国が南半球に存在する。このような国から訪れた人の中にインフルエンザに感染していた人がいてもおかしくない。

今年のインフルエンザの流行は、過去10年で二番目に早く始まり、現在も続いている。もっとも早かった2009年は新型インフルエンザが流行した年だ。通常のインフルエンザでは最速ということになる。

2020年は東京五輪が開催される。ラグビーワールドカップとは規模が違う。世界各地から膨大な数の外国人がやってくる。どんな病気が入ってきて、どの程度、流行るかは予想もつかない

▲写真 スポーツの世界大会が行われるときの様子 出典:Kohei Tamaki

どうすればいいのだろう。ワクチンを打つしかない。インフルエンザは勿論、麻疹・風疹などのワクチンも接種すべきだ。

接種を優先すべきは免疫力が落ちた人だ。最優先はがんを患い、治癒した子どもたちだ。がん治療、特に抗がん剤を投与された患者は、予防接種を打っていても、免疫がリセットされてしまうからだ。ところが、この問題はほとんど議論されていない。

がん経験者の免疫については、日本人を対象とした研究は少ないが、海外からは多くの研究が報告されている。ドイツの医師は、27%、19%、17%のがん経験者で麻疹、風疹、水痘の免疫がなかったという。

問題は、これだけではない。サウジアラビアの研究者は、47%、62%、17%のがん経験者がジフテリア、破傷風、ポリオの免疫がなかったと報告している。

大量の抗がん剤を用いる自家骨髄移植を受けた患者に限定すれば、87%の患者で百日咳の免疫を持たなかったという報告もある。

問題は深刻だ。ところが、わが国では、このようながんサバイバーにワクチンを再接種しようという動きはない。

この状況は米国とは対照的だ。移民による感染症の流入に悩まされてきた米国の対策は徹底している。

ワクチンの再接種は、小児がん患者に限った話ではない。幼少期に接種したワクチンの効果は歳をとると低下するという基本思想にたち、成人に対しても積極的にワクチンの再接種を勧めている。もちろん、この中には成人のがん患者も含まれる。

米疾病予防管理センター(CDC)は、成人向けに12種類の病原体に対して、9つのワクチンを推奨している。インフルエンザワクチンは毎年、破傷風・ジフテリア・百日咳ワクチンは、三種混合で1回、10年ごとに百日咳・ジフテリアを追加、帯状疱疹ワクチンは医師と相談してという感じだ。

米国は国民皆保険制度がなく、命は金次第という印象をお持ちの方が多いだろうが、予防接種に限っては全く違う。接種費用は公費で賄われるか、加入する保険会社が全額負担することが法律で義務付けられている。日本では、このような議論は全くない。

東京五輪を控え、感染症対策は喫緊の課題だ。早急に免疫力が低下した人、特に小児がんサバイバーに対してワクチンを打つべきだ。

ただ、これまでの厚労省の動きをみていると、大きな期待は持てそうにない。現在、がんを経験したお子さんをもつ方、あるいは持病を抱える高齢者の方々は、厚労省の動きを待たない方がいい。是非、身近にいる医師と相談して、必要度が高いものからでいいので、ワクチンを打って欲しい。

トップ画像:予防接種のイメージ画像 出典:pixaboy


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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