[清谷信一]自衛隊の情報源はウィキペディアや2ちゃんねる?②
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
防衛省や自衛隊は本来オープンにしていいような情報でも隠したがる。例えば陸自は96式装甲車の内部は公開しないが、米軍は96式よりも高度な情報が詰まっている同様の装甲車ストライカーは取材でも撮影し放題だ。自衛隊の基地祭で、米軍の哨戒機P-3Cは内部を公開しているのに、海自のP-3Cは公開していないとかだ。
筆者はこの20年ほど毎年欧州、中東、南アフリカを中心に一ヶ月半から二ヶ月ほど取材しているが、他国で自衛隊ほど情報に関して自閉的な軍隊は少ない。とりあえず隠しておけば、責任を回避できるという、事なかれ主義、保身によるものだろう。結果どれもこれも機密扱いになって機密情報のインフレが起こっている。このため隊員はどれが本当の機密かわからないので、安易に機密を漏洩したりする事件が多発している。
本年1月8日の夜、筆者は四谷駅のホームで電車を待っていた。列の前に立っていたい二人は話の内容からすると陸幕の航空機科の幹部(将校)らしかった。彼らは偵察ヘリ、OH-1を飛行停止する、しない、の判断は陸幕の判断だ、いや部隊の判断だなどと熱く語っていた。
これは当時公表されていなかったOH-1のローターブレードの不具合に関する話だった(筆者は知っていたが)。それを四ツ谷駅の中央線のホームの上、しかも陸自のヘリ調達に関しては最も厳しい記事を書いている筆者の目の前で行っていたのだ。彼らは電車に乗り込んだ後も延々とこの話を続けていた。筆者が乗車後も耳をそばだてていたのは言うまでもない。
三菱重工は防衛省から用途廃止になった74式戦車を寄贈され、工場に展示していたが、防衛省から情報保全に関して小姑にようにネチネチ言われるので、この戦車を返納したそうだ。74式戦車はいまだ現役だが、1974年に制式化された40年も昔の旧式であり、その後まともな近代化はされてこなかった。今日日途上国でももっとまともな戦車を運用している。世界の軍事的常識から見れば価値のある機密はない。こんなものを後生大事に機密ですと主張するならば他国の軍隊から物笑いになる。
世界の軍事的常識から見れば価値のある機密はない。こんなものを後生大事に機密ですと主張するならば他国の軍隊から物笑いになる。防衛省の装備開発の総本山である技術研究本部の2008年度の海外視察費用は僅かに92万円だった。これは筆者の年間の海外取材費よりも少ない。しかもこの金額で6名が視察に行っている。これは費用のかからない、費用向こう持ちのご招待があるときだけに行っているということだ。
2008年、筆者の取材したパリで開催された軍事見本市、ユーロサトリをフランス国防省の招待で視察した技本の陸上装備担当の開発官、川合正俊陸将は帰国後一ヶ月ほどで防衛とは縁もゆかりもない、一般企業に再就職している。つまり海外視察は情報収集ではなく、偉い人のご褒美の「卒業旅行」であるかのように認識しているのだ。カネを出して情報収集する気が全く感じられない。視察は情報収集ではなく、エンタテイメント、役得としか考えていない。
これが世界有有数の経済大国であり、世界有数の軍事費を使っている防衛省の、1700億円の予算を持つ技術開発の中枢機関の姿だ。品性卑しい乞食根性も甚だしい。こんなことでまともな装備が開発できるわけがあるまい。
筆者がこのことを暴露して以来、技本の海外視察予算は増えているようだ。筆者が技本の人間に会うと「おかげさまで海外出張費が増えました」と言われることもある。これらは自衛隊の情報や機密に対する認識の一端である。防衛省、自衛隊の情報や機密に対する意識は事大主義が行き過ぎて病的ですらある。石破茂氏はかつて自衛隊の体質を指し、「自閉隊」と揶揄し、これが差別的だと批判されたが、まさしく自衛隊の体質は自閉隊と呼んで差し支えない。
ウィキペディアなんぞを元にでっち上げた胡乱なレポートすら公開しない組織が、特定機密保護法という「武器」を手に入れたら、ただでさえ民主国家としては異常な情報公開のレベルを更に悪化させる可能性は極めて強い。
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