[神津多可思]【「胸突き八丁」の日本経済】〜前向きな企業活動を引き出す状況整備加速させよ〜
神津多可思(リコー経済社会研究所 主席研究員)「神津多可思の金融経済を読む」
9月の倒産件数が増加した。その原因はさらに進んだ円安による原材料高のせいだと解説されている。経済産業省も、円安が中小企業の収益を圧迫しているとの認識から、政府系金融機関による中小企業への貸付について、返済猶予や条件変更に応じる要請をしたようだ。
円安は日本経済全体としてはプラスだと言われて来た。実際、輸出企業を中心に、第二次安倍政権下の円安傾向を歓迎してきた。しかし、1ドル110円に迫る円安となると、どうも良いことばかりではないようだ。
そもそも、7~9月期には4月の消費税増税後の反動から立ち直るというのが当初の想定だった。しかし実際にはそうなっていない。景気動向を敏感に反映するとされる鉱工業生産の動きをみると、今年の1~3月期に前期比約3%増と駆け込みで伸びた後、4~6月期は反動で4%弱の減少となった。7~9月期には持ち直すと思われていたのが、企業による9月の予測指数を使って暫定的に計算すると、引き続き前期比1%弱の減少となっている。つまり、リバウンドは確認できないのである。
先般公表された日銀の9月短観をみても、企業の景況感を示す業況判断D.I.は、大企業製造業こそ3カ月前に比べ若干の改善となったが、中堅・中小の製造業と非製造業全般は悪化している。先行き12月を展望しても、ほとんどの分類で若干の改善あるいは横這いを予想するぐらいで、中小企業の非製造業に至っては引き続き若干の悪化となっている。
企業規模別および製造業・非製造業別の景況感の違いは、足元の円安がどの企業にも等しく作用しているわけではないこととも平仄(ひょうそく)が合っている。輸出市場と直接は関係していない非製造業において、企業規模に関わらず業況感が悪化している。これには消費税増税後の立ち直りが遅れる中で、これまでの円安の恩恵よりも、それに起因するコスト高が企業経営の重荷になっていることが反映されていると思われる。実際、企業倒産の原因をみてみると、原材料高を原因とする倒産件数が今年に入ってから増加傾向にある。
それではこのまま調整局面入りするのかというと、そうとも言えない。9月短観から企業の収益環境をみると、2014年度の売上高経常利益率は、3カ月前に比べ全体として上方修正されており、昨年度には及ばないものの、歴史的には引き続き高水準を維持している。その中で、今年度の設備投資計画も、企業規模別、製造業・非製造業別にみて、全分類で3カ月前よりも上方修正されており、全体としては、昨年度の+5.6%に続き今年度も+4.6%とまずますの伸びとなりそうだ。また、雇用環境も引き続きタイトになっており、9月短観ではほぼ10年ぶりに大企業、中堅企業、中小企業のいずれにおいても、雇用判断D.I.が「不足」超過となった。このことを企業収益が堅調であることと併せて考えれば、今後の賃金環境も悪くはないはずだ。
このように、現在の日本経済にはマイナス要因、プラス要因の両方が混在している。したがって現在求められるのは、マイナス要因の拡大を抑え、反対にプラス要因を大きくしていくことだ。これまでのアベノミクスの良し悪しばかりを議論していても仕方がない。円安・物価高も、そのペース次第ではマイナス面が大きくなる。設備投資や雇用の拡大を確かなものとしていくためには、積極的な企業経営をさらに促していくことが不可欠だ。胸突き八丁に差し掛かった日本経済をさらに前に進めていく上では、安定的に推移する金融環境、前向きな企業活動を引き出す状況整備の加速が重要だと思う。
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