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.政治  投稿日:2016/5/10

陸自装備の兵器調達センスは80年遅れ その2


清谷信一(軍事ジャーナリスト)

陸自の「機関拳銃」の問題はそれだけではない。設計上致命的な問題がある。銃床がないことだ。銃床があれば射手は反動をかなり吸収できるが、銃床が無いために命中精度が悪い。

恐らく有効射程距離は20メートル以下だろう。「機関拳銃」の想定ユーザーである指揮官や対戦車火器要員の主たる「商売」は短機関銃を撃つことではない。部隊の指揮であり、対戦車火器の操作・運用だ。「機関拳銃」の射撃練習に避ける時間は少ない。そうであれば尚更命中は期待できない。

銃床がない短機関銃も存在するが、それは室内戦などの近接戦闘に特化したものであり、野戦用ではない。恐らくは陸自は空挺部隊用にミニマイズしたためだと言いはるだろうが、他国が戦後開発した短機関銃で、空挺部隊などでも使用されているもの、例えばイスラエルのUZIなど多くの短機関銃は折りたたみ式銃床を採用している。

この種の銃床のない小型のサブマシンガンは、軍隊では特殊部隊以外は使用しない。最大のユーザーはギャングやヤクザ、テロリストなどだろう。それ以外では、ハリウッド映画の中で見るくらいだろう。この手のサブマシンガンを撃ちまくって100メートル先の敵をバタバタ倒せるのは、アクション俳優のチャック・ノリスやシュワルツネッガーぐらいだ。

90年台において短機関銃、しかも銃床がないものを空挺部隊というエリート部隊に導入するというのは相当センスがずれている。火器に関して全くの素人、ハリウッドのアクション映画の見過ぎと言われてもしょうがない。どうしても短機関銃が良かったというのであれば、MP-5あたりを輸入すればよかっただけの話だ。

しかも「機関拳銃」の調達単価は約44万円と高価である。M-16の約8倍と高価である89式小銃でも30万円程度だ。それよりも高い。この手の他国のオープンボルト方式の短機関銃の10~15倍ほどの値段だ。随分と陸自は景気がいいものだ。コストの原因の一つは製造方法にある。通常オープンボルトの短機関銃は量産効果を上げるためにプレス加工が多用されるが、「機関拳銃」は調達数が少なく、量産ができないためにコストの掛かる削り出し方式を採用している。工業製品とはいえない工芸品レベルの調達数と、この削り出し方式によってコストが跳ね上がっている。

陸自が調達した「機関拳銃」は僅か300丁にも満たない。「機関拳銃」は本来機甲の戦車クルーなどが使用してきた米軍のお古のM3グリーズガンの後継にも使用されるはずだったが流石に陸幕にも良心のかけらが残っていたせいか、これは取りやめとなって、代わりに空挺用の折りたたみ銃床の89式小銃が使用されている。

その他愚かにも海空自も「機関拳銃」を基地警備用など調達している。弾がどこに飛んでいくかわからない「機関拳銃」を、一機100億円の戦闘機や500億円以上するAWACS(空中早期警戒管制機)の近くで撃てるのだろうか?わざわざ高価で低性能な火器を調達しようとして努力したとしか思えない。

ベルギーのFN社のP90やドイツのH&K社のMP-7など、小銃より一回り小さいが貫通力が高く、ヘルメットや防弾チョッキを打ち抜けるパーソナル・ディフェンス・ウェポンと称される小火器を使用するケースも増えている。これは専用の弾丸が必要だが、威力高く、命中精度も高い。このような火器を候補にいれても良かっただろう。

その3に続く。その1もお読みください。全3話)

トップ画像:陸自空挺隊員がもつ89式小銃


この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト

防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ


・日本ペンクラブ会員

・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/

・European Securty Defence 日本特派員


<著作>

●国防の死角(PHP)

●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)

●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)

●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)

●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)

●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)

●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)

●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)

●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)

など、多数。


<共著>

●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)

●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)

●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)

●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)

●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)

●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)

●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)

●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)

●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)

その他多数。


<監訳>

●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)

●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)

●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)


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清谷信一

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