日産、三菱自を買収す その5
遠藤功治(アドバンストリサーチジャパン マネージングディレクター)
「遠藤功治のオートモーティブ・フォーカス」
5. 次はトヨタ超え、候補はスズキとPSAか
これを書き終える寸前、何と今度はスズキが不正を行っていたことが判明。データの改ざんはないが、法令で決められた測定方法とは違う方法を取っていた、というもの。今回も株価は大暴落。まさかここで、再度日産が出てきて、スズキを買収する、などということはないだろうが、客観的に見てスズキと日産も良いコンビなのである。
スズキは国内軽自動車の勇、インドでも断トツ1位だが、それ以外の地域では鳴かず飛ばず、そして日産はインドでダットサンを始めたものの全くの不振である。スズキのグローバル生産台数は303万台、日産+ルノー+三菱自+スズキ=1,262万台と、トヨタを200万台上回って世界1位となる。ついでに二輪車も入ってくる(赤字なのでゴーン社長が欲しいかどうかは別だが)。
これ以外での候補はPSAであろう。以前より、フランスに2つの自動車会社はいらない、ルノーと合併させて“フランスモーター”1社で良い、という議論である。PSAの世界生産台数もスズキ並みの294万台、日産・ルノー・三菱自と合わせると1,253万台で、やはりトヨタを大きく抜く。
PSAの議論はフランス大同団結論で、あまり補完的な話ではないが、数の追求という点では説得力はある。ただ単に数合わせをして、世界一位に台数ベースでなってどのような意味があるのか、1,000万台前後になると却って経営に不安が出る、トヨタしかり(米国大量リコール問題)、GMしかり(倒産)、VWしかり(排ガス不正問題)。しかし、ゴーン社長の優先順位は今も昔も変わらない、“規模の追求によるコストダウン”である。“スケールメリットを追求し、生産台数を上げ、部品を共通化してコストを下げ、利益を上げる”、これにつきるのである。別にトヨタ越えとか、VW越えとかが目標ではない。
うがった見方をすると、ゴーン社長が退任する(かもしれない)数年後、勇退会見の場で、“俺は20年で販売台数を世界一にした男”と、言いたいのかもしれない。
勿論、販売台数の拡大にはこの他にも重要な理由が多くある。それは永遠に続く開発競争である。激化することはあっても収まることを知らない競争である。競争の分野とその水準が、従前とは著しく変化しているのである。即ち、環境・安全・電子・IoT・AIなど、今まで自動車メーカーが専門的には足を踏み入れなかったところにまで多岐に渡る。
その競争相手も、トヨタやGMやVWだけではなく、GoogleでありAmazonでありUberになると。また、部品メーカーや電機・化学・素材メーカーなどの領域にまで拡大する。その開発コスト、必要人員数、設備投資額など、天文学的に膨れ上がるのである。このような環境になると、やはり1社で全てを網羅するのが大変難しくなる。
燃料電池車の開発で、トヨタはBMWと、ホンダはGMと、日産はFordやDaimlerと共同開発を行っているのはいい例である。これらは必ずしも出資関係を伴った合従連衡ではないが、開発の先の生産・販売に発展した時には、より深い関係になっているかもしれない。中堅メーカーにとって、研究開発からの見地だけを見ても、単独での生き残りはもう、至難の業なのである。
企業の価値を占める時価総額で見ると、世界最大の自動車会社はトヨタで約18兆円である。VWやDaimlerが7~8兆円程度、ホンダ・BMW・GM・Fordが5~6兆円、その下が日産でやっと4.5兆円規模である。三菱自を傘下にした日産は、現段階で950万台規模とトヨタの背中が見えた位置まで来たわけだが、時価総額では僅か25%、相当なる周回遅れなのである。
ゴーン社長が盛んにコストメリットを追求して利益率を上げようとしているが、昨年度のトヨタの営業利益は2兆8,500億円、日産は7,900億円、トヨタの27%である。台数で匹敵しても、会社の価値も利益水準もほぼトヨタの4分の一というのが、現在の日産の現実である。
否、20年後、AIが人間の知識を超えるSingularityと呼ばれる時代、Level4の完全自動運転車が世界を席巻している(かもしれない)時代、日産の、そしてゴーン社長の評価はどうなっているのか。完全自動運転を目指すGoogle、その時価総額は既に約50兆円、トヨタの2.7倍なのである。
(了。全5話。その1、その2、その3、その4も合わせてお読み下さい)
あわせて読みたい
この記事を書いた人
遠藤功治株式会社SBI証券 投資調査部 専任部長兼シニアリサーチフェロー
1984年に野村證券入社、以来、SGウォーバーグ、リーマンブラザーズ、シュローダー、クレディスイスと、欧米系の外資系投資銀行にて活躍、証券アナリスト歴は通算32年に上る。うち、約27年間が、自動車・自動車部品業界、3年間が電機・電子部品業界の業界・企業分析に携わる。 その間、日経アナリストランキングやInstitutional Investors ランキングでは、常に上位に位置(2000年日経アナリストランキング自動車部門第1位)。その豊富な業界知識と語学力を生かし、金融業界のみならず、テレビや新聞・雑誌を中心に、数々のマスコミ・報道番組にも登場、主に自動車業界の現状分析につき、解説を披露している。また、“トップアナリストの業界分析”(日本経済新聞社、共著)など、出版本も多数。日系の主要な自動車会社・部品会社に招かれてのセミナーや勉強会等、講義の機会も多数に上る。最近では、日本経団連や外国特派員協会での講演(東京他)、国連・ILOでの講演(ジュネーブ)や、ダボス夏季会議での基調講演などがあり、海外の自動車・自動車部品メーカー、また、大学・研究機関・国連関係の知己も多い。2016年7月より、株式会社SBI証券に移籍、引き続き自動車・自動車部品関係を担当すると供に、新素材、自動運転(ADAS)、人口知能(AI)、ロボット分野のリサーチにも注力している。
東京出身、58歳