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.国際  投稿日:2016/9/25

オバマ大統領最後の国連演説 世界は前に進むか後退するか


植木安弘(上智大学総合グローバル学部教授)

「植木安弘のグローバルイシュー考察」

国連総会での「一般討論」最初の日、バラク・オバマ米大統領は最後の国連演説を行った。就任して以来の8年間を振り返り、2008年の金融危機からの脱出、国際経済の成長、対テロ行動、イランの核開発問題への外交的対処、キューバとの関係改善、コロンビアの和平達成など、米国の貢献を謳歌しながらも、グローバリゼーションがもたらした負の遺産、特に、国内外の富める者と貧しい者との格差の拡大や、中東における秩序の崩壊、難民や移民の急増による社会の混乱や反発、テロの拡大や権威主義国家による情報操作や反体制派弾圧など、今日、世界が直面しているパラドックスを指摘している。

その中で、我々は、前に進み、協力と統合を目指す社会を建設するか、後退して分裂し、長年続く国家や民族、人種、宗教間の対立へとつながる世界へと進むか、問いかけている。オバマ大統領の答えは明らかに前に進むことだが、そこに立ちはばかる幾多の問題についても、この演説では議論を深めている。

グローバリゼーションが進む中、その恩恵を謳歌する人たちは、国内や国家間の格差拡大だけでなく、民族や宗教的アイデンティティーの強さを無視しているとし、逆に、宗教的原理主義や民族政治、ナショナリズムの高揚、大衆迎合主義(ポピュリズム)がそのアピールを強めている。そして、この流れはかなり強いものであり、国民の現体制に対する不満を表している、と警告している。

現在の米国の大統領選で、国民の不満をうまく操り、ポピュリズムで台頭してきた共和党の大統領候補ドナルド・トランプ氏を念頭に入れながら、「壁で囲まれた国家は、自らを牢屋に閉じ込めるようなものだ」と述べている。

オバマ大統領は、世界のインバランスの原因となっている資本主義の行き過ぎについても、これを是正しなければならず、人を中心とした、人的資源に投資するアプローチが必要であり、労働者の権利を守るための組合作りや労働者のスキルの向上、教育への投資、社会的セーフティー・ネットの強化、新しいビジネス・アイデアへの支援などの必要性を強調している。また、先進国に対しても、先進国と途上国のギャップを埋めるための一層の努力を促している。

国内統治のあり方については、権威主義と自由主義の間で大きな綱引きが行われており、選挙や代議制に基づいた政府だけではなく、人権や市民社会を尊重し、司法の独立と法治社会に基づいた自由主義的政治秩序が求められているとし、権威主義的な国々を批判している。

中国やロシアなどを念頭に入れながら、自由市場の力を利用しながら、自由社会のモデルを拒否している国々があることを指摘し、経済の成長が継続していくためには、情報へのアクセスや権力の横暴をチェックする独立メディアが必要で、人々の期待が満たされなければ、やがて圧制や停滞が続き、国内を圧迫するか、外に敵を見つけるかして、危険な状況が出てくると警告している。

もう一点興味ある指摘は、冷戦後、米国は唯一の超大国としてみなされてきたが、権力は必ずしも一極集中ではない、と述べていることである。オバマ大統領は、米国の軍事力の限界については2013年の演説で認めているが、国際社会が直面している諸々の課題については、米国一国だけで対処できるものではなく、国際社会が一致団結しなければならないことを訴えている。そして、世界大戦を防ぎ、国際協調を促進し、国際社会の発展に寄与するために、国連をもっと強化しないといけないとしている。

演説を通して感じられるのが、オバマ大統領の政治哲学、倫理観である。米国の経験を反映したものと断りながらも、米国社会の基盤にある国民主体の民主主義、自由主義、基本的人権、法治社会、開かれた貿易などが今世紀における人類の進歩の基礎であり、政府は国民に奉仕するために存在するのであって、人間の尊厳と個人の自由を尊重するべきであると強く訴えている。

混迷する世界情勢の中で、将来の選択について一つの光を当ててくれる演説であった。


この記事を書いた人
植木安弘上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授

国連広報官、イラク国連大量破壊兵器査察団バグダッド報道官、東ティモール国連派遣団政務官兼副報道官などを歴任。主な著書に「国際連合ーその役割と機能」(日本評論社 2018年)など。

植木安弘

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