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.国際  投稿日:2017/5/27

ミンダナオ島内戦に突入、ISの影


大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・ミンダナオ島でイスラム系テロ組織が蜂起。内戦状態で戒厳令敷かれる。

・イスラム過激派「アブサヤフ」と「マウテグループ」が一部市内占拠。

・内憂外患ドゥテルテ大統領の対応注視。

 

■内戦状態のミンダナオ島

フィリピン南部のミンダナオ島周辺地域に対し5月23日にドゥテルテ大統領が戒厳令を布告イスラムテロ組織と国軍の間で戦闘が激化しているが、現地から伝えられる状況ではもはやテロ組織との戦闘というレベルではなく「内戦状態」という深刻な事態に陥っている。

テロ組織には複数の外国人メンバーの参加も明らかになっており、イラクやシリアでテロ攻撃を続けるイスラムテロ組織「イスラム国(IS)」が本格的な東南アジアの拠点作りにミンダナオ島で乗り出したとの見方が強まる中、ドゥテルテ政権は国内治安対策だけでなく、国際テロ問題への難しい対応に直面している。

 

■2つのテロ組織vs国軍

ミンダナオ島西部にある南ラナオ州の州都マラウィで同島を拠点とするISともつながりのあるイスラム過激派「アブサヤフ」イスニロン・ハピロン幹部の捕獲作戦を23日午後に国軍が開始した。激しい銃撃戦になったところへ現地で勢力を急速に拡大していた「マウテグループ」と呼ばれる別の組織が参戦、二つのテロ組織と国軍で本格的な戦闘に発展した。

両組織は合同してマラウィ市の主要拠点を次々と確保、国軍は一時劣勢に追い込まれた。この状況を国軍首脳から訪問中のロシアで受けたドゥテルテ大統領は国軍の進言を受け入れて23日夜にただちにミンダナオ島と周辺地域に「戒厳令」を布告した。

戒厳令は地方行政の諸権利が治安部隊に統制されるとともに夜間外出禁止、令状なしの身柄拘束、家宅捜索、抵抗者への発砲・殺害が可能となるもので60日間継続される。フィリピンでは1972年のマルコス大統領、2009年のアロヨ大統領に次いで第2次世界大戦後、ドゥテルテ大統領による今回が3回目となる。

 

■テロ組織、市内の75%を占領

戒厳令布告を受けて国軍は現地に部隊を増派し、攻撃ヘリコプターや戦闘車両、特殊部隊を投入して掃討作戦を本格的に開始したものの、アブサヤフとマウテグループの激しい抵抗に苦戦を強いられている。

現地からの報道によると、テロ組織側は学校、警察署、病院、教会などを次々と占拠、市内の75%を支配下におき、建物への放火、銀行を襲撃して現金を強奪、刑務所襲撃で囚人の解放、キリスト教司祭、教会関係者ら市民を人質にとり、スナイパーを配置して各所で待ち伏せ攻撃するなどして国軍の進撃を阻止しているという。

人口約20万人のマラウィ市民の約2万人がこれまで市外に避難したものの多数が市内に取り残されている。このため国軍はピンポイントの爆撃や砲撃しかできず、「人質処刑」の情報も流れる中、膠着状態に陥っている模様だ。

電力施設が攻撃されて市内は停電しており、取り残された市民、避難した市民への人道支援物資の供給も新たな課題として浮上するなどドゥテルテ政権は対応に追われている。

 

■ISとの関係が浮き彫りに

国軍によると、26日までの戦闘でテロ組織側31人、国軍兵士11人、警察官2人が死亡、負傷者多数がでている。

殺害されたテロ組織側のメンバーにはマレーシア人、インドネシア人、シンガポール人が含まれていることを国軍が確認。ミンダナオ島ダバオで会見したカリダ司法局長は「イラクやシリアに渡航できなかった東南アジアのイスラム教徒、テロ組織のメンバーがフィリピンに密かに渡航して現地の組織に加わっている可能性が高い」とした上で「今ミンダナオで起きていることはフィリピン人による反乱、反政府行動というレベルをはるかに超えた外国人テロリスト、外国テロ組織も加わったフィリピンへの侵略、内戦状態といってもいいものだ」と述べ、深刻な現状を明らかにした。

 

■大統領、テロ組織殲滅指示

ドゥテルテ大統領も予定を繰り上げてモスクワから帰国、議会に戒厳令布告の報告書を提出するとともに「私の軍への命令は武器を持って抵抗するものは直ちに殺害せよというものだ。殺害して排除しない限りテロリストは将来再び問題を起こす、彼らの息の根を止めなければならない」と強硬姿勢を示して事態の収拾を指示した。

フィリピンではこれまでドゥテルテ大統領による「和平停戦」の呼びかけに「アブサヤフ」は応じることなく、外国人誘拐、殺害、身代金要求、銃撃戦を続け国内治安問題の最大の「脅威」となっていた。その掃討作戦中に乗じる形で登場してきたのが「マウテグループ」と呼ばれる組織。

治安当局によると「マウテグループ」は元警察官で麻薬組織を率いるアブドラ、オマール・マウテ兄弟が組織したといわれ、2016年の調査ではメンバーは263人だった。その後麻薬組織メンバーや地元犯罪者などが加入し、麻薬を資金源として大量の武器も取得、ISとの関係を深めてミンダナオ地方にISの東南アジアの拠点を構築することで「アブサヤフ」とも思惑が一致、今回の共同作戦になったとみられている。

 

■内憂外患のドゥテルテ大統領の対応注視

戦後3回目の戒厳令が南部に布告されたフィリピンでは今回の治安悪化を受けて、ドゥテルテ政権との和平交渉が暗礁に乗り上げていた共産党系武装組織「新人民軍」が各地で国軍との戦闘状態の準備に入るよう指示がでた、との情報が流れている。

ドゥテルテ大統領はロシアから帰国後の会見で「今後治安状況の悪化が拡大すれば戒厳令の期間延長あるいは全土への布告も排除しない」との姿勢を示している。このためミンダナオでの「内戦状況」が長期化したり拡大したりする事態になり、さらに別の反政府組織が活動を活発化する事態にもなれば、より深刻な状況に陥る可能性がでてきた。

ドゥテルテ政権は麻薬犯罪容疑者への超法規的殺人という強硬姿勢で国際社会から「深刻な人権問題」を指摘され、一方南シナ海領有権問題ではフィリピンによる同海域での資源開発に対し中国から「(そんなことをすれば)戦争になる」と“恫喝”されるなど厳しい状況にある。そこへ「内戦状態」の勃発でまさに「内憂外患」に追い込まれたものともいえ、この難しい局面を強面のドゥテルテ大統領がどう切り抜けるのか、ことが東南アジア地域のテロ問題に直結するだけに、周辺国は固唾を飲んで成り行きを注視している。


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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