独立志向で四面楚歌に陥った台湾
文谷数重(軍事専門誌ライター)
【まとめ】
・台湾蔡英文総統が就任して1年経過。
・独立施策のせいで台湾の政治・経済・軍事的独立性が低下。
・蔡英文総統により台湾独立性は損われた。
蔡英文総統就任から1年が経過した。女性初めての台湾指導者として知られている人物であり、昨年1月の選挙で国民党の朱立倫候補を破って昨年5月に台湾の総統となった。
だがその独立志向は実を結んでいない。独立志向の強い泛緑陣営の政治家であり、中国との関係を見直す立場でありながら、独立に向けた成果は挙げられていない。
それはなぜか?
独立施策そのものが独立を阻害する構造があるからだ。台湾は独立志向を表明することによりその独立性は損なわれるためだ。台湾が独立施策を進めることにより、台湾の政治的現状への支持は減少し、経済的余裕は失われ、軍事力強化は進まなくなる。それにより「事実上の独立」が損なわれるジレンマである。
■ 政治的独立性の低下
台湾の独立性低下は、政治的局面では外交立場の悪化として出現している。
蔡英文政権以降、台湾地区としての外交的自由度は低下した。これは国際機関での拒否にあらわれている。その対中強硬的立場や独立志向から蔡英文総統は世界保健機関(WHO)や国際民間航空機関(ICAO)への出席が拒否された。
これは明らかな後退である。前総統の馬英九時代に達成したICAO出席やWHO招聘を無為にしたものだからだ。馬総統時代にはアジア太平洋経済協力(APEC)参加の寸前まで進んでいた。そこからすればその国際的地位の低落は大である。
中国との対話も悪化した。やはり馬総統時代に直接会談まで進めた関係が覆されたためだ。台湾海峡を挟んだ両岸関係とし大陸側指導者、台湾側指導者としていわゆる敵礼(対等立場の儀礼)関係まで進んでいた。だが、今の蔡政権は中国と本格交渉できるチャンネルもない。
さらに米国との関係も冷淡となったままだ。米中関係において台湾問題が独立を言い出すことは許されない仕組みである。台湾地区が独立を主張、あるいは自然独といわれる既に独立していると言い出すことは米国にとっても許せないことだ。そして、これはトランプ政権でも変化はない。
■ 経済的自立性の低下
また、蔡政権登場により経済的自立性も損なわれている。
外交的立場の悪化から経済的協力システムへの加入が不可能だからだ。例えば現政権下では環太平洋パートナーシップ(TPP:瀕死状態)やアジアインフラ投資銀行(AIIB)、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)への加入ができない。
蔡政権はいずれの協議からも拒否される。その加入認可は中国外交への敵対となるからだ。世界大国の中国との政治・経済関係を考慮すれば台湾地区の加入は問題外だ。
つまり経済協力の利益を享受できなくなったのだ。TPPやRCEPで実現する高度な自由貿易や、AIIB加入で得られる新市場への参画が果たせないのである。
同時に台湾資本の中国本土や香港・マカオへのアクセスにも不安を抱えることとなった。シンガポール軍装甲車の件はそれを示唆するものだ。演習地を借用している台湾への移動中、香港で留置されたニュースがそれだ。
もちろん中国は現段階で台湾住民の活動を制約してない。台湾省の住民も保護すべき中国国民であり、同時に台湾地区回収のためにはいい顔をしなければならないからだ。
だが台湾政権の態度次第ではどうなるかわからない。仮に台湾資本の活動が制約されれば、大陸依存の台湾経済は危機に瀕することとなる。
■ 軍事力低下
最後が軍事面での自立性低下である。事実上の独立は軍事力によって担保されるが、蔡英文政権の登場により更新が停滞している。
独立派政権は武器を購入できない。台湾に武器を売却できるのは米国だけだ。その米国にしても対中関係は台湾関係よりも優先する。そのため独立性の高い台湾政権には武器売却を躊躇う。
これは陳水扁政権と馬政権を比較すれば明らかだ。独立志向の前者では武器売却はまとまらず、引き渡しも意図的に遅らされた。それが大陸協調派の後者ではスムースとなった。ちなみに、先月アメリカからペリー級が到着したが、その売却承認は馬英九政権下できまったものだ。
その例からすれば、蔡政権下では台湾軍事力強化は見込めない。
戦闘機の入手は絶望的だ。台湾のミラージュ2000の退役は近い。多湿による劣化といわれているが、可動率は大幅低下している。
アメリカは蔡政権下に売却しない。防諜体制がザルなせいでもあるが米国はF-16のアップグレードにも消極的だ。当局が夢想するF-35整備どころかF-16最新型の購入も無理だということだ。
実用潜水艦の整備も厳しい。乗り物としての潜水艦は国産可能だ。例えば台湾プラスチックは高圧に耐える化学プラントを製造できる。それからすれば耐圧船殻やバルブは製造できる。エンジンや電池は民生用を転用すればよい。
だが肝腎の器材が揃わない。ソーナーと潜望鏡がその筆頭だが、魚雷と魚雷発射管も絶望的だ。手持ちのドイツ製魚雷はあまり使いものにならない。魚雷発射管もノウハウからまともにつくれない。
■ 独立施策による独立阻害
つまり、蔡英文総統により台湾独立性を損われたのである。これは皮肉なものだ。蔡総統が独立志向であり、その支持層も独立派であるからだ。
むしろ独立性を高めたのは馬英九路線だった。独立派が親中的として排した馬総統だが、現実には政治的・経済的・軍事的自立性を高めていた。これも皮肉だ。
中国としても真の厄介は馬英九総統だった。一つの中国を堅持する態度を示していたため、その立場を評価しなければならず、それにより政治・経済・軍事面での自立性強化を達成されてしまった形だ。
なにより、中国の傀儡となりえない強敵だった。
馬英九総統はあくまでも国民党の政治家であり、共産党がコントロールできる相手ではなかったからだ。その芯の強さは中国共産党の譲れない権威「砥柱中流」(抗日戦の中心)を放置せず、協調路線に反しながらも公然非難したことでも明らかである。葦のように風になびきながらも折れない強敵であった。
* 独立主張により独立から遠ざかるジレンマについては筆者記事、文谷数重「中国ばかりか米国も望まない台湾独立」『軍事研究』(2016年5月号)を参考にして頂けるとありがたい
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この記事を書いた人
文谷数重軍事専門誌ライター
1973年埼玉県生まれ 1997年3月早大卒、海自一般幹部候補生として入隊。施設幹部として総監部、施設庁、統幕、C4SC等で周辺対策、NBC防護等に従事。2012年3月早大大学院修了(修士)、同4月退職。 現役当時から同人活動として海事系の評論を行う隅田金属を主催。退職後、軍事専門誌でライターとして活動。特に記事は新中国で評価され、TV等でも取り上げられているが、筆者に直接発注がないのが残念。