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.社会  投稿日:2017/8/4

福島県相馬地方、苦難の透析患者


上昌広(医療ガバナンス研究所 理事長)

「上昌広と福島県浜通り便り」

【まとめ】

・福島県相馬地方、医師や看護師の絶対数不足で人工透析患者、一部県外通院。

・いわき市ときわ会が相馬市に看護師・技師派遣。地域内連携始まる。

・南相馬市大町病院内科医8月末退職。新たな医師探し、急務。

 

■深刻な相馬地方の医師・看護士不足

7月29日から31日にかけて、福島県で相馬野馬追いが盛大に開催された。昨年、原発事故による避難指示が解除された南相馬市小高区からも、7年ぶりに約70騎が参加した。

筆者にとっては、2011年以来、7年連続7回目の「観戦」となる。年を経るごとに、確実に相馬地方が復興していることを感じる。ところが、私の専門である医療では苦戦が続いている。この地域の医師や看護師の絶対数が不足しているからだ。

最近、問題になったのが人工透析だ。人工透析とは慢性腎不全の治療である。血液を体外に循環させ、4~5時間かけて余分な水分や老廃物を取り除く。通常、週3回のペースで定期的に行う。2014年末現在、全国で約32万人が受けている。

人工透析は患者に大きな身体的負担を与える。ある患者は「人工透析をやる前は元気でも、終わったらぐったりします。何もする気がなくなります」と言う。

慢性腎不全の根治療法は腎臓移植である。しかしながら、我が国は深刻なドナー不足で、現実的には人工透析を続けるしかない。人工透析を止めれば、尿毒症で亡くなってしまう。

 

■相馬の透析患者、県外通院も

現在、相馬地方では約220人の患者が人工透析を受けている。相馬市、南相馬市いずれも約110人程度だ。高齢化が進むこの地域では、益々、透析患者は増えるだろう。

ところが、現在、相馬市の公立相馬病院、相馬中央病院、南相馬市の小野田病院、大町病院が透析を実施しているが、専門スタッフが不足しており、全ての患者を治療できていない。この結果、25人が宮城県の岩沼市などの透析施設に通院している。

岩沼市と南相馬市の距離は約60キロ。車で片道1時間だ。人工透析を終えて、疲れた患者が運転する距離ではない。都内なら自宅から透析クリニックまで車で数十分の場合が殆どで、患者サービスとしてクリニックが送迎することも珍しくない。あまりにも相馬地方と違う。

相馬中央病院に勤務する森田知宏医師は「(相馬市の患者が通院している)宮城県の透析施設には送迎サービスがなく、患者さんは自分で車を運転して戻るのが普通です。いつ事故を起こしても不思議ではない」という。

事態が動いたのは、今年5月だ。相馬地方の透析患者約10人が通院している宮城県内の病院が、新規患者をこれ以上受け付けることは出来ないと伝えてきた。

さらに8月末には、南相馬市の大町病院の内科医が退職することとなった。東日本大震災以後、ずっと頑張ってこられたが、「気力・体力の限界(大町病院関係者)」らしい。この病院の常勤内科医は1名。この医師が退職すれば、現在、人工透析を担当している医師が、その穴を埋めなければならなくなる。

従来のペースで人工透析を継続するのは難しくなる。大町病院では約30人の透析患者を治療しているが、転院せざるを得なくなる患者が出てくる。

南相馬市内のもう一つの透析病院である小野田病院は、実質的に院長が1人で約60人の透析患者を診ている。大町病院の患者を引き受ける余裕はない。

 

■動くいわき市「ときわ会」

7月16日の福島民友の記事によれば、急遽、福島県が補助金を出し、南相馬市立総合病院に透析器機8台を導入し、人工透析を始めるそうだ。記事では「より多くの患者を受け入れられるよう国、県、福島医大に、専門医の派遣など人的支援を要請する方針」と書かれているが、心許ない。

それは、人工透析を安全に実施するには、専門医だけでなく、経験豊富な看護師や技師が欠かせないからだ。さらに、人工透析の実施主体は民間医療機関であり、福島医大にはノウハウが蓄積されていない。

苦境を見かねて動いたのが、いわき市内のときわ会だ。泌尿器科・人工透析が強いグループで、常磐病院を中核とした5つの施設で約1,000人の患者に人工透析を実施している。看護師約110人、臨床工学技士約30名を抱える日本屈指の透析グループだ。

最近、相馬市内の相馬中央病院に看護師と技師を派遣した。相馬中央病院には医師はいる。足りないのは看護師・専門家、そしてノウハウだった。同院の吉野光一事務長は「ときわ会の応援は有り難かった」という。

この結果、相馬市内から宮城県に通院していた約10名の患者が地元で人工透析を受けられるようになった。相馬市内の透析問題は一息ついた。常磐病院の新村浩明院長(泌尿器科)は、「今後も相馬地方のためには協力は惜しみません」という。

 

■地元医療機関同士の連携に道

これまで、福島県内の医療支援は福島医大から地域の病院に医師を派遣するという、福島県立医大中心のスタイルだった。地元の医療機関同士でスタッフを「融通」することはほとんどなかった。私には、福島県立医大の許可を取らずに動くことで、福島県立医大の怒りを買うのを怖れているように映っていた。今回のケースは、この点で興味深い。

東日本大震災から6年が過ぎ、地元で有機的なネットワークが構築されつつある。今年4月、福島県立医大の理事長に就任した竹之下誠一氏も、このようなスタンスを応援している。同大学の関係者は「(竹之下理事長は)福島医大の面子にこだわらず、柔軟に対応する」という。東日本大震災以降、強い批判を浴び続けてきた福島県立医大も変わりつつある。

 

■大町病院の内科医退職問題

話を戻そう。ときわ会の応援は相馬地方の透析医療に大きな貢献をした。ただ、これだけで問題は解決しない。なぜなら、8月末で大町病院の内科医がいなくなってしまうからだ。前述した南相馬市立総合病院で人工透析を立ち上げるというのは、現実的な話ではない。

人工透析のノウハウがなく、専門の看護師や臨床工学技士がいないからだ。この話が持ち上がった背景には、市民病院なので、行政が補助金をつけやすく、「来年1月に控える南相馬市の市長選挙のためのバラマキ(南相馬市民)」という面があるのだろう。

実効性のある改善策は、大町病院で働いてくれる内科医を探すことだ。前出の常磐病院には内科医を出す余裕はない。7月末現在、福島県立医大から派遣されるという話もない。タイムリミットが迫っている。我こそはという医師がおられたら、是非、大町病院にお越し頂きたい。

*トップ画像)人工透析を受ける患者/Photo by Anna Frodesiak


この記事を書いた人
上昌広医療ガバナンス研究所 理事長

1968年生まれ。兵庫県出身。灘中学校・高等学校を経て、1993年(平成5年)東京大学医学部医学科卒業。東京大学医学部附属病院で内科研修の後、1995年(平成7年)から東京都立駒込病院血液内科医員。1999年(平成11年)、東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。専門は血液・腫瘍内科学、真菌感染症学、メディカルネットワーク論、医療ガバナンス論。東京大学医科学研究所特任教授、帝京大学医療情報システム研究センター客員教授。2016年3月東京大学医科学研究所退任、医療ガバナンス研究所設立、理事長就任。

上昌広

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