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.国際  投稿日:2017/11/2

マルコス一族復権の兆し?


   

大塚智彦(Pan Asia News 記者)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

 

【まとめ】

・故マルコス大統領一族の政界中枢への復権の動きが急速に強まっている。

・ドゥテルテ大統領はマルコス一族との関係を強めている。

・人気に陰りが出てきたドゥテルテ大統領がマルコス人気にあやかろうとの思惑があるのではと憶測を呼んでいる。

 

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フィリピンのドゥテルテ大統領の政権下で故マルコス大統領一族の政界中枢への復権の動きがこのところ急速に強まっている。背景には人気にやや陰りのでてきたドゥテルテ大統領が依然として一部で根強いマルコス支持にあやかり、かつての独裁的手法を見習った権力基盤の盤石化を図りたいという狙いと、マルコス一族側の長年続いてきた元マルコス大統領への批判に終止符を打ち、再び政治権力を掌中に収めたいという野望という思惑の一致がある。

マルコス元大統領の長男、フェルディナンド・マルコス・ジュニア(愛称ボンボン・マルコス)上院議員は10月初め、副大統領就任への自信を明らかにし、波紋を広げている。これは、昨年の副大統領選でレニー・ロブレド女史に敗北したボンボン氏が「選挙結果はコンピューター集計で不正があったためであり、票の再集計を求める」との訴えを最高裁に起こしていることに関連したもの。

ロブレド副大統領とドゥテルテ比大統領

写真)レニー・ロブレド比副大統領とドゥテルテ比大統領 出典)レニー・ロブレド比副大統領HP

近くボンボン氏の訴えに対して「再集計するか否か」の判断を最高裁は下すものとみられており、ボンボン氏は最高裁が票の再集計を決めれば「不正な票が明らかになり、再集計で自分の当選が裏付けられる」と最高裁に先制パンチを繰り出したのだ。これが「司法判断に予断を与える言動」との批判を浴びているが、ボンボン議員は強気の姿勢を崩していない。

権力の側に有利な判決が下されるケースがないとは言えないフィリピンの司法制度で最高裁の決定が注目されているが、再集計でボンボン上院議員の「当選」が裏付けられた場合、1986年2月25日にピープルズ・パワーで父親のマルコス元大統領が権力の座を追われて以来、実に31年ぶりにマルコス一族の権力中枢への復活が実現することになる。

 マルコスと佐藤栄作

写真)マルコス比大統領と佐藤栄作首相 1969年 出典)National Library of the Philippines 

 

  • 議員、知事と副大統領は天地の違い

 大統領職を追われ、亡命生活を送った米ハワイでマルコス元大統領は1989年9月28日、失意のうちに死去するが、遺体は一族の「マニラの英雄墓地への埋葬」という希望が歴代政権によって容れられず、北イロコス州ラワグにある実家の霊廟に「冷凍保存」されていた。

ところがドゥテルテ大統領はマルコス元大統領の遺体をマニラ郊外の英雄墓地に移送・埋葬することを認め2016年11月18日に密かに搬入され埋葬が実現した。長年の念願が叶い、晴れて父が「英雄」と公に認められたボンボン上院議員、そして長女のアイミー北イロコス州知事、妻のイメルダ下院議員はこれを契機にドゥテルテ大統領との関係を強めていく。

マルコス北イロコス州知事

写真)アイミー・マルコス北イロコス州知事 出典)Imee Marcos HP

イメルダマルコス下院議員

写真)イメルダ・マルコス下院議員 出典)イメルダ・マルコスHP

長男は上院議員、長女は州知事とマルコス元大統領の一族は依然として政界で一定の役割を果たしている。これはいずれもマルコス大統領の熱狂的な支持者が圧倒的に優勢な北イロコス州の選出であり、イメルダ下院議員は父親の出身地であり、自らも青春時代を過ごしたレイテ島という地元の選出である。つまり、マルコス一族のこれまでの政界での位置、役割はあくまで地元選出であって、決して全国区の幅広い国民の支持を背景としたものではなかった。

マルコス大統領時代の戒厳令下で行われた反政府活動家、学生などへの拷問、虐殺という深刻な人権侵害を理由にマルコス一族への「拒否感、嫌悪感」はいまだに多くのフィリピン国民の間に残っていることは事実である。

ところが、副大統領となると議員や知事とは異なり権力の中枢の一端を掌中にすることであり、それはレベルがワンランクアップしたマルコス一族の本格的な復権への大きなステップになるのは確実とみられている。

 

  • 相次ぐマルコス不正蓄財を巡る動き

こうしたドゥテルテ大統領のマルコス一族への「理解ある動き」に呼応するかのようにマルコス一族も最近、政権への接近を強めている。今年9月3日、ドゥテルテ大統領はマルコス元大統領の長女アイミー州知事から「一族の不正蓄財を返還したいとの申し出があった」ことを明らかにした。ドゥテルテ大統領によれば返還の具体的な金額についてはまだ協議していないという。

今年5月には政府がすでに没収しているマルコス一族の宝石約2.37億ペソ相当(約5億円)をオークションにかける方針も示している。

こうした一連の動きの中でドゥテルテ大統領は10月初め、マルコス元大統領時代の不正蓄財や人権侵害に関し「ボンボンはまだ当時7歳くらいの子供だった。マルコスが悪いからといってどうしてボンボンやアイミーが悪いというのだ」と発言した。これはマルコス元大統領への批判を当時未成年だった子供たちに向けるのは「不当である」との考えを表明して、その責任追及に釘を刺す狙いがあるものとみられる。

マルコス一族への歩み寄りに見えるこうした動き、ドゥテルテ大統領のマルコス一族への「寛恕(かんじょ)」に対してはフィリピンのマスコミは厳しい論調で批判している。

「もしマルコス一族が不正蓄財を返還するつもりならすでにそうしていたはずだ。現在マルコス資産はスイスの銀行口座も合わせて100億ドル以上という。6千万ドル以上の利息は不当財産としてスイス当局からフィリピン政府に引き渡されたがその口座の所有者が罰せられないのはおかしい。多少の金塊を国にプレゼントすることで巨額の不正蓄財の罪から逃れられるのならば、マルコス元大統領も英雄墓地で笑っていることだろう」(9月31日付スター紙)

「ボンボンはパナマの銀行で発見された(マルコス元大統領の)不正蓄財のフィリピンへの返還をあらゆる手段を使って妨害するなどその末裔は両親の犯した残虐な統治について認知も謝罪もしていない。むしろ歴史を塗り替えて再びマルコス政治を復活させようとしている。国民はこの恐るべき時代の真実を心に刻む必要がある」(10月3日付インクワイラー紙)

最近の世論調査では昨年6月の就任以来80%を超える高い数字を得ていたドゥテルテ大統領への国民の支持にやや陰りが出てきたとの報道もあり、ドゥテルテ大統領としては根強いマルコス人気を加えて政権基盤を固めようとしているようにもみえる。

こうした動きの背後では「ドゥテルテ大統領は一部とは言えマルコス元大統領の不正蓄財の存在を認めたことになり、一方でマルコス一族は何かの見返りを得ているのではないか、という疑問から目を逸らすことはできない」(スター紙)との鋭い指摘にあるように、ドゥテルテ大統領とマルコス一族の間でなんらかの「政治的取引」があったとの見方もでている。

それがボンボン議員の副大統領就任なのか、はたまた将来の後継大統領候補としてボンボン議員かアイミー州知事を指名することなのか、ドゥテルテ大統領の心中を推し測ることは難しい。

ただ、よくもわるくも「マルコス元大統領」のフィリピン政治に残る影響力がいまだに計り知れないことだけは間違いなさそうだ。

 

トップ画像:ボンボン・マルコス上院議員 2017年7月 flickr:Bongbong Marcos

 


この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

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