無料会員募集中
.国際  投稿日:2023/2/25

中国資金提供のダム 比先住民ら反対


大塚智彦(フリージャーナリスト)

「大塚智彦の東南アジア万華鏡」

【まとめ】

・比で中国資金提供によるダム建設工事に対し先住民をが反対のデモ行進。

・ドゥテルテ前政権が建設を承認した「いわくつき」のプロジェクト。

・マルコス大統領は周辺の住民に対し説得工作の加速が求められる。

 

フィリピン・ルソン島南東部のリサール州で中国による資金提供で進むダム建設工事に対して周辺に住む先住民を中心とする住民が反対して現地からマニラ首都圏までデモ行進し、2月23日に大統領官邸前の集会で気勢を上げる事態となった。

リサール州テレサで建設が進むカリワダムは周辺の自然環境を破壊するとして地元住民らは強く反対し、建設の中止をも求めているが、このカリワダムの建設プロジェクトはドゥテルテ前政権が建設を承認したもので、当時は南シナ海での中国との領有権問題で「沈黙してことを荒立てない」ことの見返りとして中国の支援を受け入れた、と言われ「いわくつき」のプロジェクトとされていた。

2022年6月にドゥテルテ前大統領からマルコス大統領に政権が移行したこともあり、地元住民は反対運動を再度盛り上げようと現地からマニラまでの92キロを約150日かけてデモ行進したのだった。

■中国からの融資、中国企業が建設請負

高さ60メートルに及ぶカリワダム建設は中国から2億1100万ドルの融資を受け、中国能源工程公司(CEEC)が建設を請け負い、2022年12月にはダムからマニラ首都圏に用水を運ぶためのトンネル掘削工事に着手するなど建設は着々と進んでいる。

ダムは2026年前半の完工を目指し、最終的にはマニラ首都圏とその周辺地域の水不足を解消するため約6億リットルの水を供給することになるという。

しかしこのダム建設計画ではシエラマドレ山脈の一部があるルソン島南東部のリサール州ケソン州自然環境を著しく破壊し、さらに台風の盾となっている山間部の破壊で台風被害の深刻化も予想できるとして環境団体は計画当初から反対運動を展開している。

そしてドゥテルテ前政権と中国とのカリワダム契約は無効であるとして環境団体や建設地域周辺の先住民団体などが裁判所に工事中断を訴えていたが、2022年12月にフィリピン最高裁はこの訴えを「建設契約は比憲法に照らし準拠している」として棄却した経緯もある。

■先住民らの不満は先住民組織にも

またダム建設地域に住む先住民などは先住民の権利を守る組織である「先住民族に関する全国委員会(NCIP)」へも批判の矛先を向けている。

地元の報道などによるとNCIPは先住民族のコミュニティーを回って指導者や実力者に対して「ダム建設推進を説得」するばかりで先住民の反対の意思をないがしろにし、建設会社などのまるで「スポークスパーソン」の役割を担ったことが不満を強めている一因だという。

自分たちの権利擁護が十分に行われず、反対運動があるにも関わらず中国企業とフィリピンの「メトロポリタン上下水道システム会社」などによる建設の進行を中断させる手段が尽きたことがマニラの大統領官邸までのデモ行進となった。

しかし先住民や農民、漁民、活動家からなるデモ隊は大統領宮殿近くで警察の侵入阻止線に阻まれて宮殿には近づくことができず、マルコス大統領もデモ隊に反応することはなく、失望感が広がったという。

デモ行進のスポークスマンは「この抗議運動は単に私たちの為だけではなく環境と全ての人々の福祉の為の戦いである。ぜひとも支持してほしい」とメディアに語っている。

■関係各省庁にもデモ行進

デモ隊は大統領官邸に至るまでの途上でダム建設に関わる政府の各省庁などにも立ち寄り反対の声を改めてあげた。

これに対し公共事業道路局はケソン州で洪水制御プログラムに約9万ドルを当て、付近のアゴス川の浚渫工事にも着手していることをあきらかにした。

またカリワダムが完成しても周辺の先住民や住民の居住地区が水没することにはならないとNCIPは話している。

ただ環境保護運動活動家らからはカリワダムの建設工事に伴いカリワ周辺の森林保護区や国立野生生物保護区に影響や損害を与える可能性を指摘している。

マルコス大統領は1月に中国を訪問して習近平国家主席と首脳会談を行いその席で中国からの経済的支援やインフラ整備などを歓迎する姿勢を示した。

しかしその一方で南シナ海における領土問題では中国を念頭に「1インチも譲らない」と強い姿勢を打ち出していることを前提に「友好的協議で問題を適切に処理する」ことで合意した経緯がある。

しかしその後も中国によるフィリピンの排他的経済水域EEZ)内への中国海警局の船舶や民兵が乗り組んでいるとされる漁船などの侵入やフィリピンの海軍や沿岸警備隊船舶への妨害や嫌がらせが相変わらず続いている。

マルコス大統領にとって中国からの融資を受けたインフラ整備の一環でもあるマニラ首都圏などの水不足解消を目的としたカリワダムの建設はなんとしても完成させたい事業であることは間違いない。このため今後マルコス大統領は環境に最大限の配慮をしながら周辺の先住民や住民への補償などを含めた説得工作を加速することが求められてくるだろう。

トップ写真:中国大使館の外で行われる南シナ海での中国の海洋活動に対する抗議デモ(2022年7月12日、フィリピンの首都マニラ)出典:Photo by Ezra Acayan/Getty Images




この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト

1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。


 

大塚智彦

copyright2014-"ABE,Inc. 2014 All rights reserved.No reproduction or republication without written permission."