トランプアジア歴訪 本命は対中政策
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2017#45(2017年11月6日-11月12日)
【まとめ】(本記事は2017年11月6日に出稿されたものです)
・トランプ大統領訪日、対日貿易赤字削減に言及したものの雰囲気は険悪ではなかった。
・トランプ氏、対中政策では相互主義的貿易を求めるだろう。
・習近平氏は対北朝鮮政策で劇的政策変更は断行できない。
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今週は日本でトランプ旋風が吹き荒れるかと思ったら、意外にも(と言っては失礼だが)、共同記者会見でトランプ氏は原稿を読み、日米同盟の絆に言及し、オバマ時代の戦略的忍耐政策の終焉を宣言するなど、安全運転に徹していた。
写真)ドナルド・トランプ大統領 (平成29年11月6日 日米共同記者会見)出典)内閣広報室
これに対し、安倍首相は、日米で今後取るべき方策、対北朝鮮圧力を最大限高めること、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた協力を強化することでも一致したと述べた。ここまではまあまあ順調である。
写真)安倍晋三首相(平成29年11月6日 日米共同記者会見)出典)内閣広報室
一方、貿易問題に関する発言が注目されたが、トランプ氏は日本との経済関係の改善、公平で自由、相互的な貿易関係の構築、慢性的貿易不均衡の是正、対日貿易赤字の削減に言及したものの、雰囲気は決して険悪ではなかった。
今回の首脳会談の成功はある程度予測できた。11月2日のNSC補佐官による記者会見で、今回のアジア歴訪の目的は、①北朝鮮の非核化、②自由で開かれたインド太平洋地域、③公平で相互的貿易であると表明。名指しこそないが、全てに関連するのは中国だった。今回の影の主要テーマは対中政策である。
これまでトランプ氏の東アジアに関する発言は二転三転したが、今回の公式発表を読む限り、内容的には同盟国を重視する米国の伝統的外交政策専門家の考えを主としつつ、そこにトランプ氏のアメリカ第一が加味されている気がする。日本にとっては基本的に想定内だろう。まずは、めでたし、めでたしか。
ちなみに、北朝鮮に対する米軍の攻撃という場合には、一定の注釈が必要だ。対北朝鮮攻撃は3つある。公式には①自衛反撃(もし北側が攻撃すれば)だが、更には、②先制攻撃(攻撃が差し迫っている場合)と、③予防攻撃(核開発を阻止する攻撃)もあり得る。但し、③については、ホワイトハウスの一部はともかく、少なくとも国防省や国務省は考えていないようだ。
〇欧州・ロシア
先週はカタロニアの独立宣言騒動でスペインが大いに揺れたが、実はこうした問題は他の国にもある。深刻なのは、例えば北部イタリアの独立志向、ベルギー北部のオランダ語地域、英国のスコットランドや北アイルランドなどだが、いずれも解決の見通しは立っていない。これでEUは大丈夫なのか、大いに気になるところだ。
〇東アジア・大洋州
やっぱり韓国は伝統的バランス外交を続けている。中国が、終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の追加配備中止、ミサイル防衛(MD)への不参加、韓米日3カ国軍事同盟に発展させない、という「三不」を韓国が約束したと表現した。これで日米の信頼を失うのは必至だが、韓国はあまり気にならないらしい。
今週後半にトランプ氏は初訪中するが、米国は日本以上に、対中政策では相互主義的貿易を求めるだろうから、中国との交渉は厳しいだろう。これに対し、中国側は南シナ海、貿易政策で譲歩する姿勢は示さないと思われる。案の定、今回の訪中では米中首脳による共同声明の発表もないそうだ。
対中政策について、米国では昔のようなG2論が影を潜め、今は同盟国重視か、アメリカ第一かのせめぎ合いが続いている。このところ、中国は米国との対話に苦慮しているようだ。クシュナーとイヴァンカだけではダメなのだ。
写真)イヴァンカ・トランプ米大統領補佐官と夫のクシュナー大統領上級顧問 2017年2月17日 flickr: North Charleston (photo by Ryan Johnson)
党大会後に習総書記は権力集中を進めたようだが、毛や鄧とは違い、習氏に対北朝鮮政策で劇的な政策変更を断行できるほどのカリスマはない。中国は当分、対米譲歩など考えないのではなかろうか。
〇南北アメリカ
先週起訴されたトランプ陣営のPマナフォード元選対本部長ら2人は今も保釈が認められず、事実上の自宅監禁が続いているようだ。気の長い話だが、今後もロシアゲート問題がメディアの視界から消えることはないだろう。
〇中東・アフリカ
サウジアラビアで著名な王子や実業家が相次いで汚職等の容疑で摘発されている。若い皇太子への権力集中ばかりが注目されているが、こうした動きはサウジ国内の急進的改革運動の側面もあるだけに、要注意だ。昨日は抵抗勢力の国外逃亡を阻止すべく空港が閉鎖されたという。サウジがこのような異常事態にどこまで耐えられるのか、ちょっと心配だ。
〇インド亜大陸
特記事項なし。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトのウェブサイトに掲載する。
トップ画像:握手を交わす日米両首脳 平成29年11月6日 出典)首相官邸
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。