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.国際  投稿日:2018/7/25

“北”の有力カード 米兵の遺骨返還


久保田るり子(産経新聞編集局編集委員)

【まとめ】

・北朝鮮の狙いは「遺骨ビジネス」と交渉主導権。

・遺骨返還は非核化遅延の隠れ蓑。米世論の軟化狙う。

・米朝協議は“北”が仕掛ける「長期化の陥穽」に嵌まったか。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては記事説明と出典のみ記されていることがあります。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41176でお読みください。】

 

米朝がシンガポールで合意した朝鮮戦争の米軍兵士遺骨返還は、非核化問題を全く進める気のない北朝鮮側の有力な交渉カードになったようだ。

▲写真 2018年6月12日 米朝首脳会談(於:シンガポール)出典:facebook @WhiteHouse

 

■ 北朝鮮、米との遺骨交渉で主導権掌握が狙い

今週27日の朝鮮戦争休戦協定65周年に、南北軍事境界線の板門店で北朝鮮側から「50~55柱」(米軍事紙)が米軍に引き渡される方向だが、北朝鮮はこの間、不誠実な対応で米側をいら立たせている。米国が板門店に送った棺は受け取らない、遺骨協議はすっぽかす、遺骨数の約束は守らない−などで揺さぶりをかけたからだ。

シンガポールの共同宣言では「遺骨の即時返還することを含め、遺骨の収集を約束する」ことで合意した。これに従い米側は6月24日に板門店に木製の棺100個を届けた。だが北朝鮮は取りに来なかった。シンガポールで北朝鮮側は最初の遺骨返還について約200柱を約束したとされる。しかしその後はナシのつぶて。7月6,7日に訪朝した米ポンぺオ国務長官が7月12日の遺骨問題の実務協議開催を決めたが、北朝鮮側はこの協議を無断で欠席、勝手に延期した。

▲写真 北朝鮮側と会談するポンペオ米国務長官 出典 twitter:  @SecPonpeo

遺骨返還はシンガポールで唯一決まった具体的な措置である。自国民の安否に民主主義の価値を置く米国は、戦争で命を落とした戦死者の遺骨収集には最善を尽くすことで知られる。これを知る北朝鮮は、シンガポールの目玉に朝鮮戦争の米兵遺骨返還を最優先で入れた。

しかし具体的な段階に入ったとたん駆け引きに転じた。遺骨返還で主導権を握り、小出しにして長期化をはかっている

 

■ 「遺骨ビジネス」でトランプ大統領にはサービス?

米国防部資料によると、朝鮮戦争の戦死・失踪者は約7700人で、うち5300柱が北朝鮮に残っているとされる。冷戦終結後に始まった遺骨発掘で米国は1996年から約30回にわたって発掘団を北朝鮮に派遣した。2007年まで続いた発掘で443柱が米国に返還された。当時、米国は北朝鮮に1柱平均5万㌦を支払っており、北朝鮮にとって遺骨は格好の「ビジネス」になった

米側は遺族約9割のDNAを採取しており身元確認はシステム化されている。また、北朝鮮側が提供する遺骨の保存状態が極めて良好で、まとめて保存されている可能性も指摘されている。

▲写真 韓国烏山(Osan)で遺骨収集する米軍兵士と韓国軍兵士 出典 U.S.Army (Photo by Sgt. Sinthia Rosario, Eighth Army Public Affairs)

遺骨返還は米国世論を軟化させるのに好都合で、「非核化に実績なし」の隠れ蓑に使われるだろう。非核化の遅延に不機嫌になっているトランプ大統領へのサービスになる。一方、今回の返還条件は明らかになっていないが、前例にならえば200柱で1000万㌦(約11億円)、北朝鮮にとっては都合のいい荒稼ぎである。

米兵の遺骨問題は日朝関係にも影響を及ぼしたことがある。2014年、日朝には、拉致被害者や残留日本人(終戦時、朝鮮半島に在住、帰国しなかった人々)などすべての日本人について、北朝鮮が調査するとした「ストックホルム合意」が成立したが、このとき北朝鮮が応じた理由のひとつが日本人の遺骨問題だった。北朝鮮での日本人戦没者の未帰還遺骨は厚生労働省の調査で2万1800人にのぼる。「北朝鮮が米兵士の遺骨返還から、日朝でも遺骨はカネになると踏んだ」といわれた。

シンガポールの米朝首脳会談から1カ月半が経った。両国の関係改善の名のもと遺骨問題や終戦宣言ばかりが焦点となる米朝協議は、北朝鮮の仕掛けた「長期化の陥穽」にすっぽりと嵌ってしまったようにみえる。

トップ画像:59年ぶりに米国に戻った朝鮮戦争で戦死した米兵士の遺骨 2009年9月22日 出典 flickr : The U.S. Army


この記事を書いた人
久保田るり子産経新聞編集局編集委員 國學院大學客員教授

東京都出身、成蹊大学経済学部卒、産経新聞入社後、1987年韓国・延世大学留学。1995年防衛省防衛研究所一般課程修了。外信部次長、ソウル支局特派員、外信部編集委員、政治部編集委員を経て現職。2017年から國學院客員教授。著書に「金日成の秘密教示」(扶桑社)「金正日を告発する―黄長燁の語る朝鮮半島の実相」(産経新聞社)など。

久保田るり子

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