小火器の国内生産は必要か
清谷信一(軍事ジャーナリスト)
【まとめ】
・小火器国内生産は不要。高額、調達長期化で自衛隊戦力弱体化。
・国産小火器が能力的にも産業的にも発展する可能性、殆ど無し。
・国内メーカー再編統合できぬなら、小火器は輸入に切り替えを。
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ライフルや拳銃、機関銃といった小火器の国内生産は本当に必要なのだろうか。筆者は自衛隊には不要、あるいは不可能だと考えている。自衛隊にはまともに国内生産基盤を維持する能力と当事者意識が無いからだ。
例えば小銃を見てみよう。カナダ軍は80年代に米軍の採用したM-16ライフルに改良を加えてC7として国産化した。カナダ軍の兵力は当時僅か数万人に過ぎなかったが、C7の調達単価は米国製M-16A2と大差ない5万円、歩兵用の光学サイト搭載型でも11万円に過ぎず、しかも僅か数年で調達を完了している。そしてその後改良型も開発、調達されている。
▲写真 C7A1を構えるカナダ陸軍兵士 出典 LCPL RL KUGLER JR
対して豊和工業が開発、生産している我が国の89式小銃はどうだろうか。当初32万円の調達コストは世界一高い軍用ライフルと話題になったが、その後量産で28万円程度になったものの、来年度要求単価は39万円と極めて高くなっている。M16の7~8倍だ。しかもレイルマウント搭載などの近代化もなされていない。兵力が数分の一に過ぎないカナダ軍がライセンス料を払って自国で生産したのに、ライセンス料を払う必要もないのに何故我が国でできないのだろうか。
▲写真 89式小銃空挺型 ©清谷信一
問題なのは調達価格だけではなく調達期間の長期化だ。89式は1989年に採用されて以来、30年近く経っても64式小銃の更新が終わっていない。このため小銃の訓練、兵站が二重であり、その分経費も余分に掛かっている。これはまた有事の際の補給や、部隊再編でも大きな障害となる。カナダ軍よりも遥かに多い兵力を抱えている自衛隊が何故7~8倍も高い単価を払い続け、ライフルを30年近い年月を掛けてもまだ調達を完了できないのか。
しかもその間自衛隊、特にライフルを多く使用する陸自の隊員は大幅に削減されているのだ。調達の現場が有能であるとはとても言えない状態だろう。対して先述のように、カナダは高価な光学照準器を搭載しても短期間で調達を終えている。しかも近年ではレイルマウントを搭載し、光学照準器も更新され、フラッシュライトなどその他のアクセサリーも充実させている。対して89式には何ら改良が加えられていない。
このような最新型光学照準器を搭載した小銃を有した部隊と、旧式化した89式を装備した部隊のどちらが有利か言うまでもないだろう。しかも調達は長引いて戦時用の予備の備蓄も存在しない。
そもそも自衛隊の調達の完了、旧式装備との換装期間が明らかにされずに国会が予算を承認するのは異常だ。国会議員ですら10式戦車や89式小銃の調達がいつ完了するか、いくら予算が必要なのか知らない。これで初年度の予算を通すのは無責任だ。他所の民主国家ではありえない話だ。時間と総予算という概念がなく、国会はまともに予算を審議していない、ということだ。これでは文民統制がなされている民主国家とは言えない。
本年度の機関銃MNIMIも高い。来年度の防衛省予算案の資料を見ると、48丁で2億円とある。これで計算すれば調達単価は416.6万円となる。だが、これは誤りである。朝日新聞の谷田邦一記者が防衛省に問い合わせたところ、要求金額は1.56816億円で、調達単価は327万円である。車輛や航空機などに較べて単価が低い装備は、本来であれば四捨五入して1.57億円とでも記載すべきだ。高いものを安く書くよりはましだが、敢えて誤解を招く数字を出すのは如何なものか。陸幕には国産小火器の調達価格が高いという意識がなく、無頓着、鈍感ということだ。
米軍のMININI、M249はFN社が現地生産しているが、調達価格は約40万円である。陸自の調達単価327万円は約8倍である。しかも米軍のMINIMIはレールマウントなどが追加され、改良が加えられた新しいタイプだが、自衛隊のMINIMIは既に生産が終わっているMk.Iである。これを勘案すれば実質的な値段の差は更に開く。
▲写真 MINIMI ©清谷信一
しかも長年ライセンス生産してきた住友重機械工業は検査データをごまかしてきたことが発覚している。メーカーも自衛隊も不具合は直ったとしているが、本当だろうか。長年オリジナルと同じ信頼性が実現できなかった、その程度の技術力の企業が僅か半年ほどで不具合を改修できたのだろうか。
工学的な知識がある人間なら「大本営発表」と疑うのが普通だろう。逆に能力があって長年ごまかしをやっていたのであれば、同社は信用に値しない企業ということになる。同社は7.62ミリの74式機銃、12.7ミリM2機銃なども製造しているが、防衛省はこの3年これらの機銃を発注していない。防衛省は、例えば、用途廃止となった戦車や装甲車両などから取り外したものを再利用しているためと説明するが、それがここ3年でしかないのは極めて不思議だ。
では、それまでまだ使える機銃を廃棄してきたのだろうか。発注を再開できないなにか複雑な理由があると思われても仕方あるまい。今後も74式や12.7ミリ機銃の調達が停止したままでは、同社の防衛部門の存続を支える売上を維持するのは不可能だろう。そうであればMINIMIも含めて、輸入に切り替えるべきではないか。
事実、海幕は国産MINIMIの価格高騰に嫌気がさして、機銃を輸入に切り替えることを検討しているという。海自や空自が輸入に切り替え、陸自の調達だけとなれば、調達単価は更に高騰する。それを税金で支える意義があるのだろうか。
国産開発の短機関銃である機関拳銃の調達単価は約44万円であり、ほぼ同じランクのミニUZIの10倍以上だ。しかもストックがなく命中精度が極端に悪い、ヤクザの出入りぐらいでしか使い道の無い駄作であり、メーカーは勿論、指導した陸自装備部の能力が欠如していたとしか言いようがない。費用対効果を考えれば、価格差は20倍を超えるだろう。
▲写真 9mm機関拳銃 出典 flickr: JGSDF
機関拳銃の用途は、単に89式をカービン化すれば済んだ話だ。それをミネベアに仕事を振るためにわざわざ発注したわけで、企業ビジネスの維持のために自衛隊の戦力を弱体化したことになる。9ミリ拳銃はSIG2220をミネベアがライセンス生産したものが、これまたオリジナルの3倍も調達単価が高い。9ミリ拳銃は最近の拳銃の半分程度の装弾数しかなく、レイルマウントも装備されておらず完全に時代遅れだ。更にホルスターに至っては第2次大戦レベルで、とても現代戦には適していない。
▲写真 自衛隊の9ミリ拳銃 ©清谷信一
国産擁護をする人たちの主張は概ね有事における増産、一定の稼働率の確保、開発・生産基盤を持たないと海外と交渉できない、などを理由にする。筆者も適正な価格と能力が維持できるであれば、国産を否定するつもりはない。だが現状、とてもそれが実現できていないどころか、まともとは言えないレベルの惨状である。
そもそも有事に増産は殆ど不可能だ。毎年の調達数が極めて少ないために、熟練工が少なく、ラインを下請けレベルまで含めて僅かな期間で数倍に拡大するのは不可能だ。また、設計担当者も精々一生に1回設計する機会があれば良い方であり、これでまともな製品設計をするのは不可能だ。更に毎年の売上が少ないために、設備投資や研究開発費に投資ができない。
対して、外国の新興メーカー、例えばUAE(アラブ首長国連邦)のカラカル社はオーストリアなどから「お雇い外人」をスカウトし、最新鋭の生産機材を導入している。このため製品の質は決して低くない。しかもUAEでは同社のピストル、カラカルをサービスピストルとして軍だけではなく、法執行機関でも採用して、生産コストを下げている。また、同社は輸出も行っており、例えばドイツのニュルンベルクで行われているIWAのような民間向けのハンティングや火器の見本市などにも出展して販路を拡大している。
ところが我が国ではこのような真摯な取り組みは行われていないし、やる意思もない。輸出できないから価格が7倍、8倍は当たり前だと開き直っている。だが、それでも拳銃にしても自衛隊、警察、海保で同一のものを採用してコストを下げることは可能だ。また本来軍民の民間市場への販売も可能だ。特に拳銃ならば尚更だ。そのような努力をする発想すらない。このため我が国の小火器が将来的に能力的にも産業としても発展する可能性は殆どない。
これを、国際価格を遥かに超えるコストを掛けて税金で支える必要性は極めて低い。世界に小火器メーカーは溢れており、圧倒的に買い手市場だ。我が国が開発・生産基盤を持たないと海外と交渉できないということはない。有事に備えるのであれば、定数に一定の比率で予備の銃やパーツをストックしておけばよい。またメーカーとの契約に整備工場の確保と稼働率を保証させれば稼働率も保証される。
国内基盤を維持するために諸外国の8倍の値段の小銃を30年近くかかっても更新できず、更新がいつ完了するかわからない国産調達の方が大問題で、メリットよりも弊害の方が遥かに大きい。その間訓練・兵站は二重となり効率が悪い上に修理などの効率も悪く、コストが高くなる。それだけではない。調達の途中で有事が起きたらどうなるのだろうか。
むしろ外国製の小銃を導入した方が遥かによい。例えば89式調達が30年で終わると仮定し、その代わりにM-16を導入したとしよう。同じ調達予算を使うならば4年もあれば調達は完了する。その後2年同じ予算を使って小銃、或いは大量の予備部品を調達して定数の1.5倍が調達でき、戦略予備の備蓄としては十分だろう。それは6年で完了する。後の24年分の予算は丸々浮くことになって、他の予算に振り向けられる。
そして仮に1999年に我が国に対する大規模な侵攻が起こったとしよう。89式は10年かけても、三分の一も調達が完了しておらず、多くの部隊では89式と64式が混ざった状態で戦闘することを強要される。しかも予備の銃は存在せず、豊和工業がラインを増強するにして半年はかかるだろう。つまり数年も戦闘が続くのでない限り、増産は殆どあてにならない。また緒戦では増産は不可能だ。
自衛隊の部隊が戦闘で損耗して、再編成するとその状態は益々悪くなるだろう。各部隊には89式と64式の両方の銃と、両方の異なった弾薬の補充が必要である。対してM-16であれば米軍から供与を受けることも可能だ。果たしてM16を輸入で短期調達した場合とどちらがより実戦で役に立つだろうか。これでも国産が有利だろうか。
どうしても国内生産を維持したいのであれば、少なくとも諸外国の2倍程度以下に調達コストを下げ、調達期間を5~7年程度まで短縮すべきだ。殆どの国はそうしている。それができない原因の一つはメーカーが多すぎることだ。拳銃、サブマシンガンはミネベア、小銃、迫撃砲などは豊和工業、機関銃は住友重機、機関砲や大砲は日本製鋼所と役割分担が別れており、それぞれに一定の仕事を振り分ける必要がある。
むしろ小火器調達の目的は、これらの会社に税金をばら撒くこと、調達自体が目的化しているといっても過言ではない。火器メーカーを再編統合し、生産を効率化すべきだ。それができないのであれば、一旦小火器の調達は外国製に切り替えるべきだ。
トップ画像:陸自空挺隊員がもつ89式小銃 ©清谷信一
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この記事を書いた人
清谷信一防衛ジャーナリスト
防衛ジャーナリスト、作家。1962年生。東海大学工学部卒。軍事関係の専門誌を中心に、総合誌や経済誌、新聞、テレビなどにも寄稿、出演、コメントを行う。08年まで英防衛専門誌ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー(Jane’s Defence Weekly) 日本特派員。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center 」上級顧問。執筆記事はコチラ。
・日本ペンクラブ会員
・東京防衛航空宇宙時評 発行人(Tokyo Defence & Aerospace Review)http://www.tokyo-dar.com/
・European Securty Defence 日本特派員
<著作>
●国防の死角(PHP)
●専守防衛 日本を支配する幻想(祥伝社新書)
●防衛破綻「ガラパゴス化」する自衛隊装備(中公新書ラクレ)
●ル・オタク フランスおたく物語(講談社文庫)
●自衛隊、そして日本の非常識(河出書房新社)
●弱者のための喧嘩術(幻冬舎、アウトロー文庫)
●こんな自衛隊に誰がした!―戦えない「軍隊」を徹底解剖(廣済堂)
●不思議の国の自衛隊―誰がための自衛隊なのか!?(KKベストセラーズ)
●Le OTAKU―フランスおたく(KKベストセラーズ)
など、多数。
<共著>
●軍事を知らずして平和を語るな・石破 茂(KKベストセラーズ)
●すぐわかる国防学 ・林 信吾(角川書店)
●アメリカの落日―「戦争と正義」の正体・日下 公人(廣済堂)
●ポスト団塊世代の日本再建計画・林 信吾(中央公論)
●世界の戦闘機・攻撃機カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●現代戦車のテクノロジー ・日本兵器研究会 (三修社)
●間違いだらけの自衛隊兵器カタログ・日本兵器研究会(三修社)
●達人のロンドン案内 ・林 信吾、宮原 克美、友成 純一(徳間書店)
●真・大東亜戦争(全17巻)・林信吾(KKベストセラーズ)
●熱砂の旭日旗―パレスチナ挺身作戦(全2巻)・林信吾(経済界)
その他多数。
<監訳>
●ボーイングvsエアバス―旅客機メーカーの栄光と挫折・マシュー・リーン(三修社)
●SASセキュリティ・ハンドブック・アンドルー ケイン、ネイル ハンソン(原書房)
●太平洋大戦争―開戦16年前に書かれた驚異の架空戦記・H.C. バイウォーター(コスミックインターナショナル)
- ゲーム・シナリオ -
●現代大戦略2001〜海外派兵への道〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2002〜有事法発動の時〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2003〜テロ国家を制圧せよ〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2004〜日中国境紛争勃発!〜(システムソフト・アルファー)
●現代大戦略2005〜護国の盾・イージス艦隊〜(システムソフト・アルファー)