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.国際  投稿日:2018/8/5

韓国経済迷走 文政権支持率急落


朴斗鎮(コリア国際研究所所長)

【まとめ】

・文在寅大統領就任13カ月、浮動層離反で支持率7週続落。

・ポピュリズム政策で企業経営を圧迫、雇用も財政も悪化。

・進むスタグフレーション。経済成長率下方修正も、甘いとの見方。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることが出来ません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41391でお読みください。】

 

昨年3月10日、朴槿恵(パク・クネ)氏の大統領罷免で前倒し実施された大統領選で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が就任(2017年5月10日)してから13か月が過ぎた。

文大統領は、「南北宥和」と保守政権時代の「弊害」を正すという「積弊清算」の公約を掲げる一方、政権基盤強化のために「所得主導の成長政策」、すなわち「雇用実現」と「分配重視」のポピュリズム政策を推進した。そして非現実的「原発破棄」を主張することで原発建設の労働者から反発を食らい、原発輸出対象国からは「先行き不透明」として契約見直しの意向まで突きつけられた。

真っ先に進めた「積弊清算=保守勢力の壊滅」は、朴槿恵政治に対する国民の反感もあり無慈悲に進めることが出来たが、「国民統合」ではなく「国民分裂」をもたらしている。「南北宥和」も、「平昌冬季五輪」と「板門店南北首脳会談」での「ショー」を演出したものの、北朝鮮の「完全な非核化」には程遠い状態だ。

▲写真 南北首脳会談に臨む文在寅大統領と金正恩北朝鮮書記長 2018年4月27日 出典:韓国大統領府

特に深刻なのは国民の求める経済成長と雇用で失敗を重ね、所得格差を拡大させていることだ。その最大の原因は経済音痴の「運動圏」(※編集部注:自らが信じる社会正義を追求する、原理主義的な運動を行う市民や学生などの勢力)と出身者で大統領府を固めたことにある。この一年間の経済政策失敗結果は、文大統領の支持率と与党「共に民主党」の支持率の急落として現れている。

 

1、文在寅支持率7週連続下落

韓国文在寅(ムン・ジェイン)大統領の国政遂行支持率が7週連続下落している。韓国ギャラップが8月3日に公表した、7月31日から3日間、全国の成人1003人を対象に行ったアンケート調査(95%の信頼水準で標本誤差±3.1ポイント)では、文大統領の職務遂行に対する肯定的評価が前週より2ポイントさらに下落し、60%(最高時83%)と集計された。

支持政党がない浮動層の世論が背を向けたのが最大の理由だ。今回調査で浮動層の職務否定率(44%)が肯定率(32%)を初めて逆転した。地域別では釜山・蔚山・慶南(43%)と大邱・慶北(39%)で否定率が高く、ソウル(31%)も否定率が30%を超えた。それに対して、光州・全羅道(83%)と大田・世宗・忠清(71%)で肯定率が高かった。

職務遂行を肯定的に評価する理由は「北朝鮮との対話再開」(12%)、「外交が良い」(11%)、「対北・安保政策」(9%)の順で現れ、否定的に評価する理由は「経済/民生問題の解決不足」(38%)「対北朝鮮関係・親北朝鮮性向」(11%)、「最低賃金引き上げ」(6%)の順だった。

与党である「共に民主党」の支持率も前回比7ポイント急落して41%と昨年5月の大統領選挙以来最低だった。ソウルは50%から35%で、釜山・蔚山・慶南は51%から30%に落ち、下げ幅が大きかった。韓国ギャラップは、文大統領の職務肯定率下落と共に党内紛争が変数として作用したようだと分析した(月刊朝鮮ニュースルーム2018年8月3日)。

 

2、迷走する文在寅政権の経済政策

1)文政権の目玉政策の「雇用」に赤信号

文政権の「所得主導成長政策」の核心の一つは賃上げだ。しかし公約した水準には至っていない。文在寅大統領は7月16日、国民に対し「(大統領選の)公約を守れず申し訳ない」と陳謝する事態に追い込まれた。文政権は、支持基盤の労働者層への支援として、2020年に最低賃金を、日本を上回る1万ウォン(約1000円)に引き上げると約束していたが、もともと無謀な目標だったために挫折した。達成不可能なことは当初から予想されていたことだ。

▲写真 経済政策について語る文在寅大統領 2018年7月16日 出典:韓国大統領府

目標には至らなかったとは言え、それでも最低賃金の引き上げは急ピッチで進んでいる。韓国政府の最低賃金委員会は7月、19年の最低賃金を前年比10.9%増の8350ウォン(約835円)にすると決めた。18年から2年連続の2桁増で、先進国のなかでは突出して高い伸び率だ(注1)。

7月1日からは労働時間の上限を残業時間を含め週52時間に短縮することを柱とした改正勤労基準法も施行された。従業員300人以上の企業などに適用され、2021年までに中小企業にも順次拡大される。最低賃金の引き上げと労働時間の週52時間制で零細企業と自営業者らの経営は委縮破綻し、むしろ雇用の縮小を招いている。雇用指標は、就業者の月平均増加数の見通しが18万人と、14万人も下方修正された。

※注1 日本での最低賃金は、東京(985円)、大阪(936円)、名古屋(898円)、京都(882円)、横浜(870円)など一部大都市圏を除くと最低賃金絶対額の側面でも日本のほとんどの地域を圧倒する。47都道府県のうち15位の水準だ。福岡県(814円)、奈良県(811円)、福井県(803円)、沖縄県(760円)など日本の中堅都市と観光中心地の水準を大きく上回る。

 

2)沈下する経済活動

韓国統計庁が7月31日に発表した6月の産業活動動向によると、設備投資が前月比5.9%ダウンし、4カ月連続で減少した。2000年9-12月以来18年ぶりだ。前年同期に比べると13.88%も減少している。また産業生産は前月を0.6%下回り、3カ月ぶりに減少に転じた。自動車と化学製品の生産が低調で、製造業生産が前月比0.88%減少した影響が大きかった。

実体指標だけでなく、企業の心理も急速に冷え込んでいる。韓国銀行が同日発表した7月の企業の景況感指数(BSI)は全体で75となり、前月に比べ5ポイント悪化した。これは2015年6月の中東呼吸器症候群(MERS)流行当時以降最大の落ち込みで1年5カ月ぶりの低水準となった。

元国策シンクタンク院長は「最低賃金引き上げと週52時間制導入の影響以外に説明しにくい数値だ」と指摘した(朝鮮日報2018年7月31日)。

 

3)財政にも赤信号

それでもポピュリズム政策に突き進む文政権は、最低賃金の引き上げだけでなく、低所得者世帯に税金還付方式で給付を行う「勤労奨励税制(EITC)」の対象と支給額を現在の2倍に拡大するほか、基礎年金の引き上げ計画を前倒しで実施する、としている。

この所得支援策は、勤労奨励の拡充だけで3兆8000億ウォン(約3800億円)の財源が必要で、個別消費税の一時引き下げなど他の関連措置を含めると財政支出は10兆ウォン(約1兆円)に達するとの見方も出ている。財政悪化につながるのは必定だ。

韓国経済の諸指標が不況を色濃く示しているにも関わらず、物価は引き続き上昇している。韓国ではいま不況の中の物価高(スタグフレーション)という危険な状況が進んでいるということだ。

農産物、外食費、ガソリン代などの価格が全般的に上昇を続けている。猛暑や原油価格の上昇に加え、最低賃金引き上げが複合的に作用した結果だ。利益が増えても物価が急騰すれば実質所得の底上げを図ることは難しい。韓国政府の悩みは深まるばかりだ。

韓国農水産食品流通公社によると、猛署によりホウレンソウは1カ月前と比較して98%、高冷地ハクサイは80%それぞれ価格が上昇した。原油価格の上昇も物価を引き上げている。年初に1バレル当たり60ドル台前半だった国際原油価格(ドバイ原油基準)は、5月に74ドルまで上昇し、6月以降も70ドル台前後の高い水準保っている。この影響で、ソウルのガソリン平均価格は、7月29日現在は1リットル当たり1697ウォン(約169円)で1700ウォン目前まで迫った。全国平均価格も1612ウォンで、2015年以降最高値となった。

 

4)韓国政府、成長率を下方修正

▲写真 明洞の街並み 2014年 Photo by ProjectManhattan

経済指標が軒並み悪化する中、韓国政府は経済関係閣僚会議で「下期以降の経済状況および政策方向」を発表し、18年の実質国内総生産(GDP)の前年比増加率を、昨年末時点の3.0%増の見通しから2.9%と、0.1ポイント引き下げた。しかし専門家は甘い見方と批判している。いまソウル明洞(ミョンドン)をはじめとした主要商圏では昨年と比べて閉店する店が急増している。

トップ画像:光化門で市民と対話する文在寅大統領 2018年7月26日 出典 韓国大統領府


この記事を書いた人
朴斗鎮コリア国際研究所 所長

1941年大阪市生まれ。1966年朝鮮大学校政治経済学部卒業。朝鮮問題研究所所員を経て1968年より1975年まで朝鮮大学校政治経済学部教員。その後(株)ソフトバンクを経て、経営コンサルタントとなり、2006年から現職。デイリーNK顧問。朝鮮半島問題、在日朝鮮人問題を研究。テレビ、新聞、雑誌で言論活動。著書に『揺れる北朝鮮 金正恩のゆくえ』(花伝社)、「金正恩ー恐怖と不条理の統治構造ー」(新潮社)など。

朴斗鎮

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