[赤井三尋]<ビル・ゲイツの資産>宝くじ一等・前後賞7億円を1万1000回当てないと達しない
赤井三尋(江戸川乱歩賞作家)
◆ビル・ゲイツの資産には、7億円の宝くじ一等・前後賞を1万1000回当てないと達しない
最近、二つの巨大な数を目にして戸惑った。
一つは米経済誌「フォーブス」恒例の世界長者番付で、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏が5年ぶりに世界一の大富豪に返り咲いたというニュースだ。760億ドル、日本円にして7兆7000億円。
数字があまりにも巨大すぎてピンとこない。たとえば、平成26年度の一般会計予算の約96兆円の8%に相当すると言ってもまだ実感がわかない。巨大数を巨大数で比較してもあまり意味がない。
もっと下世話に宝くじで比較してみよう。去年の年末ジャンボ宝くじは1等と前後賞合わせて7億円という史上最高の賞金額ということで話題を集めたが、ビル・ゲイツ氏の資産を得ようと思えば、何とその宝くじ一等・前後賞を1万1000回当てないと達しないのである。これは確率がどうのこうのというよりも、物理的に不可能である。
経済心理学という学問分野がある。たとえば、無条件に10億円が与えられるとする(宝くじ以上に夢のような話だが)。ただしオプションがある。サイコロを一回だけ振って、1の目が出れば10倍の100億円が与えられる。それ以外だと10億円は没収されるというものだ。
まあ、たいていの人はそのオプションに挑戦しないだろう。失うものが大きすぎるし、資産10億円の生活と100億円の生活の違いがなかなか想像できないからだ。だが、確率で考えると振る方が「得」なのである。6分の1の確率だから、60億円でイーブン、100億円ならば1.666……で期待値を上回る。
逆に10円と100円で同じことをすれば、大多数の人は、鼻先で笑いながらサイコロを振る。ビル・ゲイツ氏の話に戻れば、おそらく彼は10億円であっても、鼻先で笑いながらサイコロを振るだろう。彼にとってみればそんなものは「はした金」で、実際、この一年のマイクロソフト株の上昇で90億ドル、9000億円以上の資産を増やしているのだから。
◆宇宙は一瞬でDNAサイズが銀河系サイズにまで膨張した
最近読んだ本に「宇宙はなぜこのような宇宙なのか」(青木薫 講談社現代新書)がある。その中でインフレーション・モデルの宇宙論のことが書かれてあったが、その膨張の速度に驚愕した。宇宙誕生の0.000……1秒(小数点以下0が35個)から0.000……1秒(小数点以下0が34個)という一瞬に、空間が10の30乗倍に膨張したのだという。
それはDNAサイズの分子が銀河系ほどの大きさに広がるのと同じ膨張率なのだという。「日常の経験に根ざしたわれわれの想像力をはるかに超えている」とは著者の言である。
インフレーションは経済用語でなじみが深い。たとえば有名な第一次世界大戦後のドイツのハイパーインフレは100兆マルク紙幣が発行されたり、トランク一杯の紙幣でコーヒーを飲むつもりが、コーヒーハウスを出るときには、トランク二杯分になっていたなどのエピソードが今も残されているが、こちらの方は、かろうじて想像可能である、というか史実である。インフレーションと名付けたこの宇宙論は、経済用語と比較して、少々謙虚だという気がしないでもない。
さて、巨大な数字に対する想像力をどう働かせればいいのか、考えてみた。たとえば、1億という数をどう想像すればいいのか。1cm立方のサイコロをまず想像する。まあ、普通のサイコロの大きさだろう。そして、それを隙間なく1万個並べる。すると100mになる。それを平方にする。つまり100m四方の敷地にびっしりとサイコロを並べると、それが1億個である。
都会の小学校の校庭ほどの広さだろうか。日本の人口は1億2700万人ほどだから、学校の校庭に隙間なくサイコロを並べた個数が日本の人口にほぼ見合うことになる。その中のサイコロの1個が、自分自身だと考えると、たとえようのない無力感に……。
【プロフィール】
赤井三尋(あかい・みひろ) 1955年、大阪生まれ。早稲田大学政経学部卒業。ニッポン放送在職中の2003年に『翳りゆく夏』で江戸川乱歩賞受賞。のちフジテレビに転籍。ほかに「月と詐欺師」「花曇り」などの作品がある。
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