終戦記念日に想う「兵どもが夢の跡」
宮家邦彦(立命館大学 客員教授・外交政策研究所代表)
宮家邦彦の外交・安保カレンダー 2018#33 2018年8月13-19日
【まとめ】
・米で、昨年に続き白人至上主義団体の集会が開催された。
・女性・人権活動家の逮捕をめぐりサウジアラビアとカナダに確執。
・米、米国人牧師拘束をめぐりトルコに圧力。トルコ・リラ暴落。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイト https://japan-indepth.jp/?p=41542 でお読みください。】
今年も8月15日が近づいてきた。日本では終戦記念日だが、実態は敗戦73周年である。しかも、正式の戦争状態終結、すなわち休戦・停戦は1945年9月2日に署名された「降伏文書」によって最終的に確定したはずだ。どうやら今も日本では公式な法的関係確定より、ポツダム宣言受諾が発表された玉音放送の方が重要らしい。
写真)1945年8月15日、正座して玉音放送を聞く国民たち
それでは昨年ここで何を書いたか調べてみたら、昨年8月12日に起きた事件、すなわちシャーロッツビルで白人至上主義団体と反対派が衝突し、1人が死亡したことを取り上げている。 当時トランプ氏は最後まで白人至上主義の秘密結社クー・クラックス・クラン(KKK)やネオナチを名指しで批判せず、厳しく批判された経緯がある。
(参照記事「内憂外患のトランプ大統領 宮家邦彦の外交・安保カレンダー2017#33(2017年8月14–20日)」)
写真)エマンシペーションパークに殺到した群衆(2017年8月12日)
(注:エマンシペーション・パークはシャーロッツビルにある公園。リー将軍の銅像をめぐる議論により、
2017年6月従来の「リーパーク」から改名された。)
だからだろうか。今年はホワイトハウス前で白人至上主義団体が15人でミニ集会を開催した。対する反対派のデモには数千人が集まったという。白人至上主義者の指導者は「白人は偉大だ。白人は米国で少数派になってきており、大きな差別に直面している。白人にも立ち上がる権利がある」と述べたそうな。何と身勝手なことか!
シャーロッツビルでは、リー将軍の銅像に関して、長らく議論の的となっていた。リー将軍は、南北戦争で奴隷制の存続に賛成する、アメリカ連合国(南部連合)の軍司令官を務めた人物。南北戦争には敗北したが、その後バージニア州のワシントン大学の学長を務めている。馬に乗った銅像は、1924年にシャーロッツビルの公園に建てられた。
ニューヨークタイムズによると、近年は住民や市の職員等から、街にふさわしくないとして、この像の移設を唱える声が上がっていたという。
2月、市議会はこの像を公園から撤去することを可決。翌月には、その採決に異議を唱える人々が、州の法律では、市に像を移設する権限はないとして、提訴している。
6月、市は、現在像が設置されている「リーパーク(Lee Park)」の名前を、「エマンシペーション(解放)パーク(Emancipation Park)」へと改名した。」
写真)8月12日に行われる白人至上主義の集会に反対してプラカードを掲げる男性(8月11日)
(注:「Crying Nazi」とは、2017年8月シャーロッツビルの集会に参加した白人至上主義者クリストファー・キャントウェルの異名。)
出典)Photo by Elvert Barnes
今週もう一つ筆者が関心を持つのは最近のサウジアラビアとカナダの大喧嘩だ。8月2日、カナダ外務省はサウジで女性・人権活動家の逮捕が続いていることに「深い懸念」を表明し、「直ちに釈放するよう求める」とツイートした。これに対し、サウジアラビア外務省は5日、カナダが「公然と内政に干渉した」と批判し大騒ぎになったのだ。
Very alarmed to learn that Samar Badawi, Raif Badawi’s sister, has been imprisoned in Saudi Arabia. Canada stands together with the Badawi family in this difficult time, and we continue to strongly call for the release of both Raif and Samar Badawi.
— Chrystia Freeland (@cafreeland) August 2, 2018
出典)カナダ、クリスティア・フリーランド外相 twitter
写真)カナダ、クリスティア・フリーランド外相
写真)サウジアラビアで拘束された女性人権活動家、サマル・バダウィ氏(写真中央)。2012年、当時の国務長官ヒラリー・クリントン氏(写真右)と当時のファーストレディー、ミシェル・オバマ氏(写真左)から「世界の勇気ある女性賞」を授与された。
出典)Flickr Photo by U.S. Department of State
サウジは駐サウジ・カナダ大使の追放と駐カナダ・サウジ大使の召還を発表するとともに、「直ちに釈放せよ」というカナダの物言いは受け入れ難いと激怒、新規の貿易・投資を凍結し、更なる対抗措置を取る権利を留保すると述べている。それにしてもバカバカしい。カナダも、サウジも、更に米国も、いい加減にしろと言いたいぐらいだ。
要するに皆無責任に勝手なことを言っているだけ。彼らもネオナチも「同じ穴のムジナ」ということか。ちなみに「同じ穴のムジナ」なる表現は英語で「birds of a feather」という。この表現が否定的な意味で使われたのは1876年に英国で出版された政治小説が最初らしい。今週のJapan Timesにこのテーマでコラムを書いた。ご参考まで。
話を終戦記念日に戻そう。毎年8月15日になると、いつも戦争のことを考える。松尾芭蕉が奥の細道の終点で詠んだとされる句が、「夏草や兵どもが夢の跡」だ。恐らく平泉あたりで、三代の栄華を誇った藤原が蝦夷の攻撃を受けたことを念頭に、戦いの儚さを込めたのだろう。
写真)岩手県平泉町高舘義経堂の芭蕉句碑
出典)Photo by usiwakamaru
この句の意味については、ネット上で、「優れた忠義な家来たちが高館にこもり功名を競ったが、それも一時の夢と消え、今では草が生い茂るばかりだ」などと解説されている。確かに、そうだ。争いや戦いはどんなに大義名分があろうと、時間が経てば「一時の夢」と消えるのである。
「日米戦争」然り、また「米ソ冷戦」も然りだ。されば現在進行形の対立も同様なのだろう。この点で特に気になっているのが最近のトルコ・リラの暴落である。トルコではクーデター騒ぎで米国人牧師が拘束されており、トランプ政権は「釈放しなければ経済制裁」などという荒っぽいやり方でトルコに圧力をかけている。
真)トルコ・エルドアン大統領
出典)Photo by Kremlin.ru
それにしても、エルドアン大統領は頑張っている。天下のトランプを敵に回し、圧力に屈しない指導者を演じているからだ。しかし、トルコ経済は彼が思うほど強靭ではなかった。トルコは曲がりなりにもNATO、OECD加盟国であり、基本的には自由主義体制なのだが、下手に自由な国である分、強権政治をやれば、その反動も大きい。
写真)2016年7月15日の軍クーデター未遂事件後、エルドアン大統領支持者のデモ 2016年7月22日
Photo by Mstyslav Chernov
エルドアン大統領は国民にリラ防衛の協力を求めたが、トルコ国民はその訴えを事実上無視。リラは減価が続いている。今回の事件は、ロシアであれ、イランであれ、更には中国ですら、米国と本気で対決しようものなら、それ相応の犠牲を払う必要があることを示している。所詮、これも「兵どもの夢の跡」なのだが・・・。
世界各地とも事実上お休みなのだろうか。特記事項は少ない。今週はこのくらいにしておこう。いつものとおり、この続きはキヤノングローバル戦略研究所のウェブサイトに掲載する。
トップ画像:全国戦没者追悼式(2017年8月15日)、出典:首相官邸
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この記事を書いた人
宮家邦彦立命館大学 客員教授/外交政策研究所代表
1978年東大法卒、外務省入省。カイロ、バグダッド、ワシントン、北京にて大使館勤務。本省では、外務大臣秘書官、中東第二課長、中東第一課長、日米安保条約課長、中東局参事官などを歴任。
2005年退職。株式会社エー、オー、アイ代表取締役社長に就任。同時にAOI外交政策研究所(現・株式会社外交政策研究所)を設立。
2006年立命館大学客員教授。
2006-2007年安倍内閣「公邸連絡調整官」として首相夫人を補佐。
2009年4月よりキヤノングローバル戦略研究所研究主幹(外交安保)
言語:英語、中国語、アラビア語。
特技:サックス、ベースギター。
趣味:バンド活動。
各種メディアで評論活動。