.国際  投稿日:2018/8/25

「兵隊は消耗品」で国滅ぶ 昭和の戦争・平成の戦争 その4

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林信吾(作家・ジャーナリスト)

林信吾の「西方見聞録」

【まとめ】

・第二次世界大戦中、旧日本軍は人員を消耗品と見なしていた。

・一方米軍では「エリートが突撃の先頭に立つ」という伝統があった。

・今の日本のエリートは“人間には日々の生活がある”ことさえ理解していない。

 

【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41682でお読み下さい。】

 

『戦争論』の著者カール・フォン・クラウゼヴィッツは言った。「戦争遂行能力とは、戦争資材(物資と人員)の量と、意志の強さの積である」嘘か本当か知らないが、戦時中、この言葉を引用して、「意志の強さという点では日本兵は世界一なのだから、資材=物量の差は十分に補える」などと、大真面目に講演した将軍がいたという。

▲写真 カール・フォン・クラウゼヴィッツ 出典:パブリックドメイン

事実は、第一次世界大戦で国家総力戦という概念が確立されて以来、燃えるような愛国心だの忠勇無双の強兵だのといった要素をいくら並べたところで、物量的な優劣の前には意味を持たなくなってしまったのであるが。

ただ、旧日本軍が人員=将兵を単なる戦闘資材と見なし、生身の人間にふさわしい扱いをしてこなかったことは、これまた事実である。いや、将兵という表現では正確さに欠けるかも知れない。「消耗品」と見なされたのは、もっぱら徴兵制度で集められた下級兵士で、天保銭(陸軍大学校の卒業生記章のこと)とか恩賜の軍刀組(陸大の成績優秀者)などと呼ばれたエリートたちは、後方の安全なところから命令を下すばかりであった。

特攻隊ですら、職業軍人からは「学生上がり」などと呼ばれた、学徒動員組の速成搭乗員や、予科練(海軍飛行予科練習生)出身の、いわゆるたたき上げの搭乗員をどんどん突っ込ませ、海軍兵学校出身のエリートは最後まで温存されていたほどである。

一方の米軍はどうであったか。第二次大戦当時の米軍においては、独立戦争を担った民兵以来の、「エリートが突撃の先頭に立つ」という伝統が守られていた。なにしろ、後に大統領となる青年士官が二人も、最前線で九死に一生を得るという体験をしている。

一人はジョン・フィッツジェラルド・ケネディ海軍中尉で、哨戒魚雷艇PT109の艇長として南太平洋で作戦行動中、日本の駆逐艦「天霧」と衝突(闇夜で出会い頭の衝突であったとも、故意の体当たり攻撃であったとも言われる)。木製のPT109は船体が二つに折れて沈没し、乗員のうち3名は即死したが、ケネディ中尉は負傷した部下を命綱で結んで6キロ泳ぎ、無人島に漂着した後、オーストラリア沿岸警備隊に救助された。

▲写真 天霧 出典:U.S. Navy

余談だが、ケネディはハーバード大学時代にアメリカン・フットボールの試合で腰を痛めていたため(相手の悪質タックル!)、海軍への入隊も一度は断念しかけた。そこにこの遭難で、戦後も長く腰痛に苦しめられたという。

▲写真 PT109に乗船するケネディ中尉 出典:U.S. Navy

もう一人はジョージ・ハーバード・ウォーカー・ブッシュ海軍中尉。息子も大統領になったので、区別のため「パパ・ブッシュ」「ブッシュ・ジュニア」と呼び分けられている。彼は母方の先祖が英国王室の外戚という名門の出だが、高校卒業と同時に海軍に志願し、アベンジャー雷撃機の搭乗員となった。

▲写真 ブッシュ海軍中尉が搭乗したアベンジャー雷撃機 出典:U.S. Navy Naval Air Station Jacksonville

そのブッシュだが、まず少尉時代の1944年6月、マリアナ沖海戦で日本艦隊への雷撃を試みた際、上空直掩の零戦の銃撃によって、中尉昇進後の同年9月には小笠原諸島・父島沖で地上からの対空砲火によって、いずれも搭乗機を撃墜されたものの、味方潜水艦によって救助されている。

戦後、あらためてエール大学に入学し、政治家への道を歩むこととなった。

将来、国を背負って立つと見なされていたエリート達が、最前線で魚雷艇や雷撃機を駆って戦うという、いわば一番危険な仕事を引き受けていたのである。……米軍を褒め称えるのか、などと言われそうだが、あくまでも第二次世界大戦当時の話である。

時代が下ってヴェトナム戦争の頃になると、たとえばブッシュ・ジュニアのようなエリートの子弟は、テキサス州空軍あたりに志願して、形の上で「国防の任」を果たし、貧しい階級の若者が徴兵されて、ジャングルに送り込まれた。

一般に米軍と呼ばれるのは連邦軍で、米国では各州が独自の法律を持ち、軍隊も組織している。つまり、ブッシュ・ジュニアは連邦軍で軍務に服した経験がない。その後、オバマにトランプと、軍歴を持たない大統領が続いたので、指摘する人も減ってきたが、当時は歴代大統領の中では希有な例だったのである。

ヴェトナムでの戦いは、戦争目的が曖昧なまま戦いが泥沼化したことと共に、こうした差別構造があったことで、今に至るも「史上もっとも不人気な戦争」との評価が定着してしまっている。エリートが、その地位にふさわしい責任感を示さなければ、国が傾くのだ。

話を戻して、ケネディもパパ・ブッシュも「九死に一生を得た」ものの戦場から無事に戻り、大統領まで上り詰めたというのが、もうひとつ注目すべき点である。米軍の潜水艦部隊には、軍医まで乗り組んだ救難専門の艦がちゃんとあったし、地上戦でも、傷病兵の救護には特に力が入れられていた。

兵器は大量生産できるから、壊れてもすぐ新品を支給できるが、実戦で鍛えられた将兵はそう簡単に代わりはきかないということが、ちゃんと理解されていたのである。

日本の同盟国だったナチス・ドイツなど、人命尊重のイメージからはほど遠いのだが、現実には戦車の砲塔側面や車体下面に緊急脱出用のハッチを設けるなど、戦場生存率を高める工夫はちゃんとなされていた。

憲法改正論議と並んで、徴兵制度の復活も繰り返し取りざたされているが、私は、次世代の日本人が徴兵される可能性はごく低いと考えている。

理由は簡単で、今の戦争はドローンを使ってテロリストを追いかけ回すというのがもっとも一般的な戦闘の形態になっているので、兵隊の頭数を増やすことには、さして意味がない。一方では兵器のハイテク化が進んで、兵隊にも理系の学力が求められている。むしろ心配なのは、格差社会がこのまま放置されると、米国で今も言われる「経済的徴兵制」の世になるのではないか、ということだ。

数年前の「派遣切り」の際にも指摘されたが、機械は止めておけばよいけれど、人間には日々の生活がある、といった程度のことさえ、今の日本のエリート(具体的には政治家や官僚、それに大企業のエグゼクティブたち)には、理解されていない。

「歴史は繰り返す。一度目は悲劇として。二度目は茶番として」これはカール・マルクスの言葉だが、誤ったエリート主義が国を滅ぼすという歴史だけは、決して繰り返してはならない。

その3の続き)

トップ画像:PT109の乗組員ら 出典 Collections of the U.S. National Archives, downloaded from the Naval Historical Center

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この記事を書いた人
林信吾作家・ジャーナリスト

1958年東京生まれ。神奈川大学中退。1983年より10年間、英国ロンドン在住。現地発行週刊日本語新聞の編集・発行に携わる。また『地球の歩き方・ロンドン編』の企画・執筆の中心となる。帰国後はフリーで活躍を続け、著書50冊以上。ヨーロッパ事情から政治・軍事・歴史・サッカーまで、引き出しの多さで知られる。少林寺拳法5段。

林信吾

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