沈没船違法回収の中国に非難囂々
大塚智彦(Pan Asia News 記者)
「大塚智彦の東南アジア万華鏡」
【まとめ】
・太平洋戦争で沈没の英軍艦などを中国が屑鉄として回収の疑い。
・戦時中沈没の日本船も回収か。世界からの非難に中国側は否定。
・中国船による沈没船の違法解体・回収防止が課題。
【注:この記事には複数の写真が含まれています。サイトによっては全て見ることができません。その場合はJapan In-depthのサイトhttps://japan-indepth.jp/?p=41742でお読み下さい。】
太平洋戦争中に東南アジアで日本軍との戦いで撃沈され、海底での永久の眠りについていた英海軍の軍艦や巡洋艦などを中国が勝手に屑鉄として回収、持ち去っていた疑いがあることが分かった。沈没した軍艦の中には艦と運命を共にした将兵の遺骨が多く残されており、英軍関係者のみならず世界各国の海軍、海運関係者などから「戦死者の墓を暴くような許されない行為」との批判が沸き起こっている。
特に1941年にマレー沖海戦で日本の航空部隊による攻撃で沈んだ英海軍の戦艦「プリンスオブウェールズ」は「レパルス」と並んで当時を代表する軍艦で、戦時中、英海軍の戦死者としては最高位のトム・フィリップ提督も乗員326人と運命を共にしている。
▲写真 トム・フィリップ提督 出典:Bassano Ltd
それだけに中国籍のクレーン船による海底の戦艦回収は単なる鉄資源の無断搾取だけでなく、「沈船は乗組員の墓標である」との海の男たちの国際通念を踏みにじるものと言える。
ウィリアムソン英国防相は「戦争の遺物はそのまま残されるべきであり、艦内に残る遺体もその安らかな眠りを妨げられるべきではない」と怒りの声を挙げている。
▲写真 ウィリアムソン英国防相 出典:英国防省ホームページ
国連国際サルベージ条約では「沈没軍艦から略奪すること」は禁止されている。このため沈没軍艦周辺に潜るダイバーも軍艦に触ることが禁止されているほどだ。さらに英、インドネシア、マレーシアの国内法にも違反する行為であると中国への非難が強まっている。
■ 巨大な斧で分断して吊り上げ回収
英紙「デイリーメール」(※Web版)が8月18日に報じたところによると、中国の海運会社が屑鉄として回収した形跡がある英海軍の艦艇は1941年のマレー沖海戦や1942年のスラバヤ開戦沖などで沈没した10隻。いずれも沈没海域はマレーシアの東海岸のナツナ海、インドネシア・ジャワ島の北に広がるジャワ海などである。
「プリンスオブウェールズ」「レパルス」の他に10隻の中には1942年2月14日にシンガポールから脱出する女性や子供も乗船した英海軍艦艇「ティエン・クワン」(296人が犠牲)、パトロール船「クアラ」(200人が犠牲)など一般市民が乗船していた艦船も含まれている。マレーシアの調査機関などによると、10隻の各艦船はほぼ全てが回収の被害に遭っているという。
またインドネシア・ジャワ島北のスラバヤ沖海戦で沈没した有名な英重巡洋艦「エクセター」も被害に遭っているというから事態は深刻だ。
▲写真 エクセター 出典:Unknown sailor of Royal Navy
同紙の報道によると、中国系会社が所有するクレーン船が当該海域で船上から重さ約50トンという大きな斧型の錨を海中に投じて、海底の沈没艦船を分断、細かく解体した上でクレーンで吊り上げる方法で艦船の「鉄くず」を回収し、中国国内に運んで鉄売買の流通ルートで売られているという。
■ 中国の会社は違法行為を全面否定
同様の事例は2017年1月にマレーシア東部ボルネオ島コタキナバルの北約60キロのウスカン湾でも報告されている。同湾に突然現れた中国船籍のクレーン船が1944年に米潜水艦の魚雷攻撃で撃沈された海底に眠る日本の貨物船3隻の船体を解体してほぼ全部を持ち去ったというのだ。
ダイビングスポット、漁礁として観光、漁業資源でもあった貨物船だけに地元のダイバー組織や国立マレーシア・サバ大学(UMS)関係者などがクレーン船に激しく抗議した。しかしクレーン船の中国人船長は「UMSの依頼を受けた調査である」と虚偽の主張を繰り返して作業を続けたという。
英海軍の沈没艦船の回収を行っていたとされる中国の会社は複数のクレーン船を所有し、作業中などは無線装置、受信信号に応答するトランスポンダーなどをオフにして位置を探知されないようにするなど極めて悪質で確信犯だとマレーシアなどの調査機関は指摘している。
中国の「ハイ・ウェイ・ゴン」「フジアン・ジアダ」など関与が疑われている会社はいずれも「法律に違反するようなことは一切していない」と英海軍艦艇の解体回収との関わりを全面的に否定している。
特に「フジアン・ジアダ」はデーリーメールの取材に対し「悪意に満ちた誤報である」とした上で「我々は輸出業者であり、中国を出港した時点で仕事は終わっている。軍艦の回収は別の会社がやっているのではないか」と全面否定と責任転嫁のコメントを出している。
英政府は沿岸国であるインドネシアやマレーシア政府と協力して今後早急になんらかの手段を講じる道を模索しようとしている。さらに中国のクレーン船は主に中国国旗を掲げているが、時にはカンボジア国旗やモンゴル国旗を掲げ、船名も頻繁に変更されているため、そうした関係国との協議も必要になってくるという。
インドネシア周辺海域には現在も479隻の沈没船があり、今後中国船による違法解体・回収を防ぐことがジョコ・ウィドド政権の課題となっている。
トップ画像:プリンス・オブ・ウェールズ(1941年)出典 U.S.Navy
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この記事を書いた人
大塚智彦フリージャーナリスト
1957年東京都生まれ、国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞入社、長野支局、防衛庁担当、ジャカルタ支局長を歴任。2000年から産経新聞でシンガポール支局長、防衛省担当などを経て、現在はフリーランス記者として東南アジアをテーマに取材活動中。東洋経済新報社「アジアの中の自衛隊」、小学館学術文庫「民主国家への道−−ジャカルタ報道2000日」など。